第二話 遼遠の戦火(1)
人類の“始まりの星”こと惑星スタージアが在るスタージア星系は、意外なことに星系全体の調査が行き届いているとは言い難い。
スタージアで初の開拓計画が立ち上げられて、最初に手をつけられたのは星系内の
やがてエルトランザを切り拓いた人々が、その後の初期開拓時代の主役となった。バララトやサカ、ミッダルトと言った初期開拓時代に見出された植民惑星は、全てエルトランザの人々やその子孫が見つけ出したものである。
その間、スタージアはエルトランザへの支援は惜しまなかったものの、開拓そのものについてはそれ以上能動的な動きは見せなかった。ミッダルト方面やネヤクヌヴ方面を繋ぐ
従ってスタージア星系には連邦航宙局も把握し切れていない、未知の宙域が多く存在する。特に銀河系人類社会の反対側――《原始の民》の来し方と伝わる《星の彼方》方面は、未だ手つかずのままであった。
「一両日中には、スタージア星系に到着します」
副官からの報告を受けて、ホスクローヴはいかめしい顔のまま無言で頷いた。彼の左右には複数の幕僚が居並び、共に目の前の球形映像に視線を注いでいる。
「想定より五日ほど前倒しで到着出来ましたね」
「ただ、補給艦などの足の遅い艦艇はこぞって脱落している。合流出来るのは一戦交えたあとになるかと」
「仕方ありません。ここまでほとんど最大戦速の強行軍ですから」
「スタージア星系での行動限界は、最大限に見積もって二百時間が精々です」
敵の本拠であるジャランデールを目の前にしての命令に歯噛みする幕僚は多かったが、ホスクローヴは一言も感想を口にすることなく命令に従った。実際、士官クラスはともかく、末端の兵士の中にはスタージアの危機を知って動揺する者も少なくない。連邦評議会がスタージア救援を優先させるのも、わからないではなかった。
「今回スタージアに迫るという敵は、残存する
そう言って周囲を見回すホスクローヴに対して、幕僚たちは思い思いに頷いた。彼の言う通り、トゥーラン星系で打ち漏らした
幕僚たちの表情を確かめてから、ホスクローヴは目の前の球形映像に手をかざした。スタージア星系には連邦軍より一足先に、
「スタージア守備軍から入った情報によりますと、ネヤクヌヴ方面から侵入した敵は、スタージア恒星系を大きく迂回しながら進んでいます」
球形映像の中心に映し出された、惑星スタージアを含むスタージア恒星系の外縁を時計回りにたどるようにして、
「《星の彼方》方面で待ち受ける、ということか」
幕僚の誰かが呟いた通り、
「そもそも連中は、我々とまともにやり合うつもりがあるのだろうか」
ひとりが発した疑問を、別のひとりが打ち消した。
「あるはずだ。というよりも我々をジャランデールの目の前から引き剥がして、ここまでおびき出した格好だろう」
「スタージアに危険が迫れば評議会が浮き足立つことを見越されて、思惑通りに動かされているのが癪だな」
「当然、なんらかの用意もあると見るべきだ」
「だとしてもトゥーランのときとは違います。今回はこちらの戦力は向こうの三倍以上、多少の小細工など押し潰せる戦力差がある」
「しかも強行軍が功を奏して、予想された日程を大幅に短縮出来た」
「奴らにわざわざ策を弄する時間を与えることはない。このまま速度を落とさずに補足すれば、一戦で粉砕も可能だ」
意気軒昂と湧き上がる幕僚たちに向かって、ホスクローヴは冷徹な声で釘を刺した。
「行動限界があるのを忘れるな。むしろ一戦で決着をつけなければ、我々の優勢が覆されるものと考えろ」
アンゼロ・ソルナレスがオープン回線で発表した声明は、ホスクローヴたちの耳にも届いている。あの偶像めいた容貌の博物院長の言外の意思を、ホスクローヴは彼なりに汲み取っているつもりだった。つまりスタージア星系での戦闘をもって、この戦いを終結せよというメッセージであると受け止めている。
行動限界を置いても、今回の戦闘を最後とする。そのためには、打てる手は尽くさなければならない。
「スタージア星系に到着し次第、艦隊を二分する」
ホスクローヴが示した方針に幕僚のひとり、まだ若い士官が不思議そうに首を傾げた。ホスクローヴが指揮する艦隊では、提督の示した方針に幕僚たちが疑問をぶつける形で作戦立案を進めることが多い。
「戦力差を考えれば全軍で当たるべきかと思いますが、あえて二分する意図はなんでしょう?」
「私が
「我々よりはるかに少数なのに、あえて二分しているということですか」
「だからこそだ。正面からぶつかっても勝算の少ない相手に挑むには、伏兵による奇襲が最も効果的だ」
球形映像に表示される、
「《星の彼方》方面は、未知の宙域も多い。敵が潜伏出来るような小惑星地帯やデブリ群などが存在している可能性もありますか」
年かさの幕僚の補足を受けて、ホスクローヴが小さく頷く。
「二分した戦力の内の一方――主力部隊はそのまま《星の彼方》方面に向かう敵戦力に当たる。そしてもう一方となる別働隊は」
そこで老提督は骨張った指を球形映像に向け、連邦軍のスタージア星系侵入地点から恒星系をぐるりと遠回りするルートを示した。彼の指先の動きにつられるようにして、球形映像の中に
「高速巡航艦を中心に編成し、ネヤクヌヴ方面の
伏兵を察知して撃滅出来ればそれでよし。そうでなくとも戦闘中の敵を背後から突いて、前後から挟撃するという目論見である。余裕のある兵力を十分に活用した作戦だが、それ以上の意図があることは幕僚たちも見抜いていた。
「今度こそ
トゥーラン星系での戦いでまんまと逃げおおせられてしまった二の舞は繰り返さないという上司の意図を、代わりに副官が口にする。
「しかしこれだけ迂回して、しかも索敵しながらとなると、高速巡航艦といえども七十時間は要します。合流後の戦闘も考慮すると、行動限界ぎりぎりになりませんか」
若い士官の疑問は当然であった。だが老提督は彼の発言を咎めることなく、むしろよく気づいたというように彼の顔を見返した。
「君の言う通りだ。それだけに失敗は許されない。ここで敵主力を全滅させる、それぐらいの心づもりで臨んでくれ」
提督は、若い士官が指摘するリスクも承知の上で、今回の作戦を提示している。彼の腹づもりを理解した幕僚たちは、それ以上異を唱えようとはしなかった。ホスクローヴが立案した作戦は、やがて連邦軍の隅々まで行き渡る。
この戦闘で
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