第一話 魍魎跋扈(3)

 外縁星系コースト諸国の代表は一斉蜂起からこちら、ジャランデールに集結していたが、各々が思惑を抱えつつも未だとどまり続けている。


 トゥーラン星系での戦いで敗北し、トゥーランを制圧した連邦軍が極小質量宙域ヴォイドの向こうにまで迫りつつあるとわかったとき、本国に逃げ帰ろうとした輩がいなかったわけではない。

 だが動揺する彼らに向かって、この星を代表する評議会議員ジェネバ・ンゼマは、こう説いたのだ。


「トゥーランは我々を守る盾となったのです!」


 ジャランデール行政府の建物内の一室で、青ざめる列席者たちの顔を見比べながら、ジェネバはよく通る声で、だが努めて冷静に語りかけた。


「ここで我々が散り散りになってしまっては、彼らの貴い犠牲が無駄になる。今こそ団結して、トゥーランの再びの解放を目指すべきです」


 席から立ち上がった彼女は真っ直ぐに背を伸ばし、ゆったりとした身振り手振りを加えながら居並ぶ面々のひとりひとりに視線を送る。彼女の大きな黒い瞳が放つ熱のこもった眼光は、相手を落ち着かせるだけの効果があった。


「ジンバシー長官」


 ジェネバは列席者の中でも、ひときわ顔面蒼白な中背の男に声をかけた。おそるおそる細い目を彼女の顔に向けた彼は、陥落したトゥーランを代表する、かの国の高官である。


「長官の心中お察しします。連邦軍がトゥーランを無慈悲に蹂躙したという事実を、我々も忘れることはありません」

「……お気遣いありがとうございます」


 ジンバシーは喉の奥から振り絞るようにして言葉を紡ぎ出しながら、重たげな一重瞼に隠れそうな小さい瞳には、隠しきれない激情が宿っていた。


「ですがンゼマ議員の仰る通り、ここで外縁星系人コースターの結束が乱れるようでは、我が国の住人が舐める辛酸も報われません。願わくばどうか皆様のお力に縋らせてもらうことを、お許し頂きたい」


 震える声を辛うじて抑え込みながらの訴えに、ジェネバは力強く頷いた。


「もちろんです! むしろ長官にはトゥーランの解放のため、お力をお借りしたい」


 そう言うとジェネバは、大仰な仕草で席に着く全員の顔を見回した。当然といった顔で彼女に視線で同意を求められて、この場で拒否出来る者はいないだろう。

 室内の誰からも異論が無いことを確かめてから、ジェネバは高らかに宣言した。


「既にラハーンディがスタージアの助力を取りつけ、連邦軍を彼の地におびき出すことに成功しました。我が軍は準備万端でこれを待ち受け、必ずや勝利を掴むでしょう。トゥーランが連邦軍の支配から解放される日、そして外縁星系人コースターがこの手で自由を勝ち取る日は、そう遠いことではありません」


 トゥーランとジャランデールを結びつける極小質量宙域ヴォイドのうち、トゥーラン側にばらまかれた艦船を撤去するべく殺到していた連邦軍の大軍は、その大半が姿を消したという情報は既に届いている。シャレイドとスタージア博物院長との交渉が実り、その結果として連邦軍を誘い出すことに成功したのは明らかだった。

 ここまではシャレイドから事前に聞いていた目論見通りである。ジャランデールに連邦軍が押し寄せる可能性が遠のいた今、ジェネバにはその時間を使って外縁星系コースト諸国の結束を引き締める役目が課されていた。


 そして今のところ、彼女はその務めを十分に果たしていると言える。


 会議を終えて行政府内の自らの執務室に戻ったジェネバは、デスクチェアに腰掛けるや乱暴に両脚をデスクの上に投げ出した。深々と背凭れに身体からだを預けながら、褐色の肌には疲労が色濃く滲んでいる。


 ジンバシーが心を折ることなく持ちこたえてくれたのは、ジェネバにとって幸運であった。元々見かけによらず胆力に優れた男だが、故郷の陥落の報を受けてなお正気を保っていられるか、彼に声をかけたのはジェネバにとって半ば賭けだったのである。結果は思った以上の言葉を引き出すことが出来て、彼にああ言われて当面は各国の離反もないだろう。少なくともスタージアでの両軍の衝突の結果が出るまでは、このままの状態を維持出来るはずである。


 それにしても必ず勝利するなど、我ながら口から出任せもいいところだ。シャレイドの口八丁をいよいよ馬鹿に出来ない。先ほどの会議での自分の言葉を振り返って、ジェネバは肉厚な唇を自嘲気味に歪めた。


 トゥーランの戦いで外縁星系コースト連合軍が敗退したのは、予定通りである。だが数は集めたものの、所詮は寄せ集めに過ぎないという事実は覆せなかった。予定では全軍が揃って退却するはずが、実際にはばらばらに逃げ惑い、ジャランデール方面に帰還出来たのはその半分あまりに過ぎない。


 つまりスタージア星系に向かう外縁星系コースト連合軍も、想定の半数ということである。そんな状態で、果たして連邦軍を迎え撃つことが出来るのか。


 あとはスタージアにいるシャレイドに託すしかない。


 銀河系人類社会の果ての星にいるはずの、人を食った表情が似合う顔を思い浮かべながら、ジェネバは執務室の窓越しに晴れ渡った空へと目を向けた。彼女の視線はどこまでも遠くを見つめたまま、照りつける日差しに抗うかの如く、しばらく動くことはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る