第一話 魍魎跋扈(2)

「ンゼマの代理を名乗るなら、外縁星系人コースターは恥知らずにも、本気でスタージアを政治利用するつもりですな」


 銀河系人類の“始まりの星”であるスタージアには、連邦の内外を問わず絶大な影響力がある。その力を政治勢力が利用することは、長年の間禁忌タブーとされてきた。これまでにその禁忌タブーを打ち破ったのはただひとり、銀河連邦の創設者にして初代常任委員長のグレートルーデ・ヴューラーだけだ。逆に言えば、連邦創設という偉大な業績があって、ようやく認められるほどの行為なのである。


 高官が忌々しげに語るのは、ヴューラーにしか認められなかった行為を真似しようとする、外縁星系人コースターの形振り構わぬ動向への苛立ちと侮蔑がある。

 外縁星系人コースターの動向に呻くのは、本部長も同様であった。


「それと同時に、ジャランデールの守備を放棄してスタージアに戦力を向けたということのも、また事実ということだ。正気とは思えん」

極小質量宙域ヴォイドに小細工しただけで、ジャランデールが守り通せるとは思ってないでしょうが」

「スタージアの発言力を利用して、連邦内のみならずエルトランザやサカの支持を取りつける目論見でしょう。実際、エルトランザが今まで沈黙を保っているのは、我々と外縁星系人コースターのどちらにつくか、見極めているものと思われます」


 内戦状態に突入した連邦に対して、サカや旧バララト系諸国からはしきりに内情を問うだけでなく、隙あらば介入しようという接触が何度もある。だが複星系国家一番の雄国であるエルトランザは、外縁星系コースト一斉蜂起以後もなんの反応も示していない。


 女性士官の分析はほぼ間違いないと思われたが、列席者にはひとつの懸念があった。


「エルトランザの内偵からは、ラハーンディを見たという報告が入っている。奴らはいつ介入してきてもおかしくないというのに、ジャランデールに乗り込む見通しはまだ立たないのか」


 本部長が口にした内容は、その場にいる全員が既に共有している情報である。剛胆に見える容貌に相違して神経質そうに爪を噛む本部長の、苛立たしげに吐き出された言葉に対して、明快な回答を持つ者はいなかった。


 会議室に漂う重苦しい沈黙を打ち破ったのは、末席に座るモートンの声であった。


「残念ながら、そうもいかなくなりました」


 それまで無言を貫いていたモートンの発言に、列席者の視線が集中する。モートンは末席にありながら、特別対策本部の作戦立案のほとんどに携わっている。若輩とはいえ、彼の言葉は無視出来るものではなかった。


「先ほど評議会で、スタージア救援の動議が全会一致で可決されました。連邦軍が総出でトゥーランの極小質量宙域ヴォイド掃除に精を出す前に、人類の始まりの星を救う方が先決である、だそうですよ」


 通信端末イヤーカフに指を当てながらモートンがそう告げると、会議室の面々が一様に苦々しげな表情を浮かべた。


 スタージアからの救援要請を受けてパニックに陥った評議会の様子を鑑みれば、予想された結果ではあった。だがここでジャランデール攻略を後回しにせざるを得ないのは、明らかに戦略的な後退である。


(ジノ・カプリは安全保障局の暴走を危惧していたものだが)

(いやはや、実際に暴走したのは評議会の方だったね)

(といってもスタージアの危機を見逃せば、連邦そのものへの信頼が揺らぎかねないのも確かだ)

(《スタージアン》ならば、きっと評議会議員全員の精神に干渉して、捻じ曲げてしまうのだろうな)

我々クロージアンには無理な話だ。力に差がありすぎる)


 これまでも何度も評議会の議員たちの精神に干渉してきた《クロージアン》だが、そのいずれもごく一部の議員の、選択に迷う精神をどちらか一方に軽く後押しする程度であった。評議会の全員が一定の方向性を――それも相当の熱狂を持って向いているところを強引に転向させるには、万を超える《クロージアン》と銀河連邦随一にまで高度情報化された惑星テネヴェの計算資源をもってしても、まだ不足であった。


 かつてイェッタ・レンテンベリの目の前で披露された、《スタージアン》の少女オーディールの歌声のような強力な精神感応力を振るうには、果たしてどれだけのヒトと機械が必要なのか。《スタージアン》はどこからその能力の源泉を得ているのか。


 銀河連邦の創設以来、《クロージアン》にとって《スタージアン》とは、外縁星系人コースター以上に警戒すべき潜在的な脅威なのである。


「やむを得ません。トゥーラン星系にはジャランデール攻略のための最低限の戦力を残しつつ、ホスクローヴ提督には動員可能な最大戦力でスタージアの救援に向かってもらいます」

「……そうだな。評議会の決定とあらば、従うしかない」


 そう呟いた本部長の声には、やり切れなさと同時に微かな安堵が滲む。

 実際のところ、それ以外に選択肢はないことは、この場の全員が理解している。モートンが真っ先に口にしてくれたおかげで、皆が内心の葛藤を抑え込むことが出来たのだ。


「ホスクローヴ提督には至急スタージアに向かうよう、連絡船通信を放ちます」

「うむ」


 本部長が渋い顔のまま頷くのを見て、モートンはさらにもうひとつ、さりげない口調で提案した。


「同時に博物院長には、外縁星系人コースターに対して連邦の平和と秩序をむやみに乱すなと声明を出すように呼び掛けましょう」


 思わぬ提案を受けて、本部長のみならず全員の顔色が変わる。


「スタージアの発言力を外縁星系人コースターにばかり利用させる手はありません」

「しかしそれでは我々まで、外縁星系人コースターと同じになってしまう」


 保安庁高官が非難めいた言葉を上げる。しかし彼を見返すモートンのダークブラウンの瞳は、あくまで無機質だった。


「“呼び掛ける”だけです。博物院長も現状を憂いているだろうことは間違いありません。連邦加盟国でもあるスタージアに対して平和と秩序の回復を訴えるよう促すのは、我々の義務でもあります」


 モートンの強い口調に気圧されて、保安庁高官が思わず口ごもる。そしてその瞬間、本部長の内心もまた揺らいだのを、彼は見逃さなかった。

 すかさず本部長の精神に干渉し、スタージアへの“呼び掛け”を許可する方向へと後押しする。すると本部長は何度か目をしばたたかせた後、憮然とした顔つきのままおもむろに口を開いた。


「……ヂョウ主任の言う通りだ」


 本部長の発言が、結局その後の会議の方向を決定づけた。


 特別対策本部はさらに小一時間をかけて“呼び掛け”の具体的な内容を詰めると、間もなく解散となった。列席者が次々と退室し、最後に席を立ったモートンが脳裏に思い浮かべる敵は、もはや外縁星系人コースターだけではなかった。


(スタージアが声明を出したところで、外縁星系人コースターがすんなり鎮まるとも思えないが)

(だがエルトランザは介入しにくくなるだろう)

(ホスクローヴ提督には、いっそスタージアを制圧させるべきかもしれない)

(そもそも傍観者に徹するはずの《スタージアン》が救援要請なんて、不自然なのよ)

(既に外縁星系人コースターは《スタージアン》と接触している可能性もあるな)

(《スタージアン》が外縁星系人コースターと手を組んだとしたら、迂闊に手は出せないぞ)

(彼らの精神感応力も及ばないだけの、大人数を用意する必要があるね)

(だからこそ、最大戦力を動員するんだろう)

(スタージアに向かう戦力は、おそらく人数にして百万人は超える)

(さすがに《スタージアン》も、全員に干渉することは出来ないでしょう)

「案ずるな」


 老若男女を問わない大小様々な声が、モートンの脳内でざわめき続ける。いつ果てるとも尽きない会話を黙らせるかのように、モートンは口に出してぴしゃりと言い放った。


立方棋クビカを指すつもりで臨めばいい」


 モートンは会議室を後にしながら、《クロージアン》の思念たちというよりも、むしろ自分自身に言い聞かせるように、低く呟いた。


「シャレイドに勝つには、間断なく物量で圧倒すること。それが定石だ」


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