第五話 復讐の檻に迷い入る(1)

 銀河系の住人たちは皆、そのルーツである《原始の民》に祈りを捧げるために、毎年の祖霊祭を欠かさない。ジェスター院の場合は四回生たちの卒業式と時期が重なることもあって、在校生が卒業生を送別するための、年に一度の特別なイベントだ。


 ジノたちを快く送り出すために、モートンやカナリーもこの日のために様々な準備を進めている。準備のさなか、去年の祖霊祭では大活躍だったシャレイドの不在をふたりとも痛感していたが、その件についてはお互いに示し合わせたように触れようとはしなかった。


 シャレイドがジャランデールに向かったことをモートンから打ち明けられたとき、最初カナリーはひとりで彼に会いに行ったモートンを責めた。そして「元気でいろ」という一言しか残さなかったシャレイドを詰った。散々当たり散らしたのは、彼女自身がシャレイドの決断を納得するための、儀式のようなものだったのだろう。やがて真っ赤に泣きはらした顔で、なおえずきながら、カナリーはモートンに尋ねた。


「シャレイドはきっと、無事にジャランデールに帰れるよね?」


 彼女の問いに、確答など出来るはずもない。だがモートンは自信を持って言い切った。


「当たり前だろう、あのシャレイドだぞ。保安庁の目を盗んで逃げ切るのも、わけないさ」


 半泣きの顔に無理矢理笑顔を浮かべるカナリーに、モートンが穏やかに頷き返す。モートンの言葉にはなんの根拠もない。だがシャレイドだからというそれだけの理由で、シャレイドの無事を確信出来る。ふたりにとってはそれで十分だった。


 その日から、カナリーがシャレイドの不在について口にすることはない。モートンもあえて話題にしようとはせず、やがて卒業式兼祖霊祭の準備に追われるようになると、それどころではなくなっていく。


 そして卒業式まで残り三日という日に、その事件は起きた。


 院内の祖霊祭に先駆けて、ミッダルトの市街地や祖霊祭会堂の周りでは既にお祭り騒ぎが繰り広げられていた。昨今の不穏な世情を反映して、街中には警備用のドローンが頻繁に飛び交い、また規模そのものも例年に比べれば縮小されていたが、それでも祭に浮かれて街に繰り出す人々は多い。その日、ジェスター院生御用達の店もある大通りは、様々に装われた山車が連なるパレードの会場として、大勢の人混みに埋め尽くされていた。

 パレードにはミッダルトの政府首脳が観覧のために出席するのも、例年の習わしだ。元首以下数名の要人たちがまとまって座る観覧席の前を、華やかな山車が一台、また一台と通り過ぎていく。そして七台目の、特に背の高い尖塔を模した山車が通りかかった瞬間、山車の中から爆発するような轟音が鳴り響いた。

 あっと思う間もなく、巨大な山車は観覧席に向かって、地響きのような音と共に倒れ込む。


 周囲の客たちが悲鳴を上げながら、ある者は立ちすくみ、ある者は逃げ惑う。その中には、山車の下敷きになった人々の名を叫びながら、必死で助け出そうとする者の姿もあった。


 ミッダルトで最も華やかであるはずのパレードは、一転して阿鼻叫喚の惨状となってしまった。


「今年の卒業式及び祖霊祭は、中止になった」


 事件の翌日、卒業式兼祖霊祭の運営委員を務めていたモートンは、準備を進めてきた仲間たちの前で、沈痛な面持ちのままそう告げた。

 抗議の声は上がらなかった。誰もが残念がると同時に、状況を受け入れざるを得ないという諦めの表情を浮かべている。


「仕方ねえよ。昨日、あんな事件があったばかりだしな」

「しかも犯人が、ねえ」

「うちの院生が関わってたんじゃ、さすがに世間も許してくれないよね……」


 パレードの山車の倒壊は事故ではなく事件であることが、直後の捜査によって判明している。山車の中に巧妙に仕掛けられた爆弾を遠隔操作することで、観覧していた要人たちを狙ったものだ。だが山車は犯人たちの狙い通りには倒壊せず、観覧席の隣に集まっていた一般の観客たちの上に倒れ込んでしまった。十名の重軽傷者に、幼い子を含む三名の死者を出したこの事件の犯人は、既に捜査当局によってその何名かが逮捕されている。


 その中に、ジェスター院の一回生が一名、含まれていたのである。


「なんてことしてくれたんだよ、外縁星系人コースターの奴!」


 イベントの中止に対する不満は、外縁星系人コースターに対する罵声となって噴出した。逮捕されたジェスター院生は外縁星系コーストの出身だったのだ。


「やっぱり移動新法は正しいんだ。こんなことしでかす奴らがノーチェックであちこち行き来出来るなんて、犯罪者を野放しにするのと変わらないからな」


 仲間のひとりが口にしたのは先日の連邦評議会で採択された、連邦域内の移動に関する新法案のことだ。保安庁に危険人物としてリストアップされた人々の移動を制限するという、一見当然に見える法案だったが、多少なりとも目端の利く者ならその真意を見抜くことは容易かった。


外縁星系人コースターなんて全員危険人物みたいなもんなんだから、外縁星系コーストに閉じ込められていればいいんだよ」


 まさにそれこそがこの新法の狙いだろう。制限対象となるのは犯罪者ではなく“保安庁が危険と見做した人物”なのだ。そして保安庁が危険と見做す相手が外縁星系人コースターであることは、もはや誰の目にも明らかであった。


「うちの院も、いい加減に外縁星系人コースターの入学を断ればいいのに」

「いずれ外縁星系コースト外にいる外縁星系人コースターは、みんな本国に送還されるようになるんじゃない。あの犯人の一回生だって、それを恐れてあんな事件を起こしたんだろうから」


 ミッダルト代表の連邦評議会議員は、新法の採択に向けて積極的に賛同したと報じられている。つまりミッダルト政府も法案に賛成だったと考えて差し支えない。仲間たちの噂話はあながち的を外してはいないだろう。


 彼らが外縁星系人コースターへの非難に夢中になる中、モートンは無表情のまま、何も言わずにその場を立ち去った。


「待ってよ、モートン」


 早足で院の敷地内を歩くモートンを、カナリーが小走りで追いかける。だが彼女の声が聞こえていないのか、モートンの足は止まろうとしない。モートンの背中がずんずんと先を行くのを見てカナリーは頬を膨らまし、今度は全速力で駆け出した。


「待ってって言ってるでしょう!」


 結構な衝撃を背後に受けて、モートンが長身をよろめかせる。前につんのめりそうになったモートンは、上着の背中をぐっと掴まれてなんとか踏みとどまった。


「何するんだ!」


 モートンはそう言って振り返り、それ以上何も言えなくなってしまった。彼の上着の端を両手で掴むカナリーは、まるで泣き出しそうな顔で彼を見上げている。


「ひどいよ。私だけ置いてけぼりにして、ひとりで行っちゃうなんて」


 カナリーは片手で目尻を拭いながら、残る片手がなおもモートンを離そうとしない。シャレイドが消息を絶って以来、陽気が取り柄だったはずのカナリーが、モートンの前では涙を見せることが多くなっている。


「あんな話題で盛り上がっているところに取り残されても、私どうすればいいの」

「……俺が悪かったよ。だから泣くな」


 モートンの大きな手が栗毛の頭の上にぽんと置かれて、カナリーが小さく頷く。

 ふたりはそのまま肩を並べて、どこへ行くともなく再び歩き出した。


「みんな、シャレイドのことはもう忘れちゃったのかな」


 カナリーの呟きに、モートンは「どうなんだろうな」という答えにもならない返事をすることしか出来なかった。仲間たちはふたりがシャレイドと親しかったことを承知しているはずなのに、もはや彼らの前でも憚らずに外縁星系人コースターを罵るようになっている。


 ふたりの周囲だけではない。


 ミッダルトに限らず、外縁星系人コースターを敵視する声は既に銀河連邦中に広まっている。その原因は、ジャランデールの暴動が鎮圧されて以降かえって激しさを増した、外縁星系人コースターの抗議活動にあった。彼らの活動は外縁星系コースト各地から外縁星系コースト外まで飛び火し、昨日のパレードのように暴力的な事件を引き起こす場合も少なくない。


 外縁星系人コースターと第一世代の対立は、既に引き返せないところまで来ている。


「昨日の事件の犯人なんだけどさ」


 モートンは切れ長の目に暗い表情を浮かべて、おもむろに口を開いた。


「俺、そいつの顔知ってるんだ」


 カナリーが驚いた顔で、モートンの顔を見返す。


「知ってるの? 誰?」

「名前は知らない。でも、覚えているか? 俺がアッカビーと揉めて、お前が仲裁に入ったの」

「そういえばそんなことあったね」

「あのときアッカビーたちは、一回生の女の子を寄ってたかって脅していたんだ」


 モートンがそこまで言って、カナリーは細い眉をひそめた。


「それって……」

「ニュースで流れてた犯人の顔、その子だった」


 モートンの顔は、まるで彼自身がどうしようもない業を背負わされたかのように、苦渋に満ちていた。その場で彼の足が止まり、カナリーもまた歩みを止める。


「俺はいったい、何をやっているんだろう」


 大きな手で顔を覆いながら、モートンは苦しげに呻いた。


「どいつもこいつも、相手の息の根が止まるまでお互いに殴り合わないと気が済まないんじゃないか、行き着くところまで行かないと、この状況はどうしようもないんじゃないか。そんなことばかり考えてしまう」

「モートン」


 わずかに震えているように見えるモートンの背中に、カナリーがそっと右手を添える。だが彼女の温もりが彼の全身に行き渡るには、その掌は余りにも小さすぎた。


「カナリー、俺はもうどうすればいいのか、わからないよ」


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