第三章 開花【第二部最終章】

第一話 銀河連邦の樹立(1)

 スタージア博物院長による劇的な表明によって一気に市民権を得た銀河連邦構想だが、同時に反対の声も公然と上がるようになった。その代表格はエルトランザ、バララト、サカの旧来の複星系国家たちである。

 彼らが反対するのはむしろ当然のことであった。なぜなら銀河連邦構想は、「独立惑星国家による共同体」を大義名分として掲げていたからだ。


「連邦加盟国は互いに平等な立場であることが求められます。独立惑星国家であることが加盟条件となるのは、むしろ必然でしょう」


 発足したばかりの銀河連邦準備委員会で、推されるままに委員長に就任したグレートルーデ・ヴューラーは、並み居る面々を前にして高らかにそう宣言した。彼女の言葉は列席者たちの惜しみない拍手と賛辞によって報われる。


 ヴューラーがこれほど強気に宣言出来たのには、無論わけがあった。


 銀河連邦への加盟を表明した国は、最終的に三十八カ国に上る。実に独立惑星国家の三分の二が手を挙げ、さらにローベンダール、スレヴィア、イシタナ、タラベルソらローベンダール惑星同盟の構成国が、個別の独立惑星国家として加わっていた。

 彼らが惑星同盟としてではなく、個々に銀河連邦への加盟を表明したという事実が、そのほかの複星系国家への反証となった。銀河連邦への加盟を望むなら、既存の複星系国家体制の解体が条件である。そう言ってヴューラーはエルトランザたちの抗議を撥ねつけた。


「独立惑星国家による共同体」という名分は実のところ、ローベンダール惑星同盟だけを銀河連邦に取り込むために考え出された思想である。惑星同盟の脅威に抗するのではなく、その軍事力を丸ごと手に入れることは、ディーゴが提唱した当初からの銀河連邦構想の目的でもあった。


「『銀河連邦』という大きな餌を鼻先にぶら下げることで、『惑星同盟』という家からまんまとおびき出す。ここまでは目論見通りだった」


 旧ディーゴ邸――今はイェッタとタンドラが住まう高層マンションの最上階フラットで、荒々しくソファに腰掛けたロカが発した言葉は、苦渋に満ちていた。


「だがその先はどうだ。奴らは『銀河連邦』という餌を、思うままに食い荒らしている」

「落ち着いて、ロカ」

「これが落ち着いていられるか」


 イェッタの宥めすかすかのような言葉が、かえってロカを苛立たせた。膝の上に両肘を乗せたまま、ロカの眉間に深い皺が刻まれている。


「先日の準備委員会で採択されたはなんだ? ローベンダール惑星同盟加盟国は、向こう十年の負担金を大幅に軽減される、だと。そこまで奴らに譲歩しなければならないのか?」

「連中が保有する軍事力を銀河連邦軍に差し出させるには、それぐらいは仕方ないんじゃないかい」

「同盟軍という看板を、連邦軍に差し替えるだけの話だ。むしろ労せずして軍の中枢を握れるのだから、奴らにしてみれば大歓迎だろう」


 ローベンダール惑星同盟を丸ごと手中に収める――その策の負の部分が、まさに表面化していた。


 三十八の加盟国候補の代表が集う準備委員会では、ローベンダール惑星同盟加盟諸国が将来銀河連邦で主導権を握るべく、それぞれに派閥を広げようと暗躍している。中でもブリュッテル率いるローベンダール派とアントネエフ率いるスレヴィア派の両派は着実に勢力を伸ばし、ところどころで対立の気配を見せていた。そのくせローベンダール惑星同盟加盟国全体の立場を守る際には団結するのだから、性質たちが悪い。

 テネヴェはスタージアという後押しを得つつ準備委員会の委員長の座に推されたこともあって、両派のいずれからも距離を取る立場を保っている。だがそれは裏を返せば、どちらにも属さない弱小勢力であるとも言えた。テネヴェを神輿に担ぎつつ、その裏で実権を握るという目的は、ローベンダール派もスレヴィア派も一致しているようだ。


「エルトランザが銀河連邦構想について出したこの前のコメント、知っているだろう」

「銀河連邦とは詰まるところ、ローベンダール惑星同盟の拡大に過ぎないっていう、あれ?」


 モトチェアを揺らしながら答えるタンドラに、ロカが自嘲混じりの目を向ける。


「準備委員会からして、既に奴らが幅を効かせているんだ。言い得て妙だと、思わず感心してしまったよ」

「彼らにしてみればそうでしょうね」


 テーブルを挟んで向かいの席に腰掛けていたイェッタは、頷きつつ長い脚を組み替えた。


「あながち間違っているわけじゃない。実際のところ、単なる惑星同盟の拡大と考えている輩が大半じゃないかしら。そしてこのごたごたに乗じて己の勢力を伸ばしてやろう、ともね」

「そんな暢気なことを言ってられるのか」


 イェッタにもタンドラにも、特に焦った様子は見受けられない。ロカは思わずソファから立ち上がり、理解に苦しむといった顔でふたりを見下ろした。


「私は、このままでは銀河連邦は奴らに乗っ取られてしまう、と言っているんだ。ヴューラー市長は単なるお飾りに成り下がり、テネヴェは結局奴らの風下に立つことになる」


 ロカの切実な叫びは、だが相変わらずふたりの心には響かないようだった。むしろ苦笑すら浮かべて、イェッタが再び宥めるような口調で声を掛ける。


「いいのよ、ロカ。ローベンダール惑星同盟に半ば牛耳られるのは想定内。市長だってキューサック御大だって言ってたでしょう? 準備段階から結束を乱すよりは、ある程度連中の好きなようにやらせる方が余程だって。まずは銀河連邦を立ち上げるのが先決よ」

「それにしたって限度があるだろう。奴らがああして派閥争いに興じるのを、いつまでも放っておけというのか」

「その代わり連中さえ納得させられれば、準備委員会での話も早い。現にローベンダール派とスレヴィア派には事前に了承を得ていたお陰で、連邦の基本体制案もすんなり通ったでしょう?」


 イェッタの言う通り、準備委員会の中で勢力争いが激しさを増す一方で、来たるべき銀河連邦の体制は着々と整備されつつある。


 最高議決機関としては各国の代表から成る銀河連邦評議会を設け、一方で執行部門として航宙・通商・安全保障に加えて財務の四局を設置する。四局の上には執行部門を統括する常任委員会が設けられる。常任委員会は前述の四局長に無任所の常任委員長を加えた五名で構成され、委員長・四局長も含めて、連邦評議会議員の中から投票によって選出される。ただし発足当初に限り、常任委員は準備委員会の構成メンバーの中から選ぶことになった。

 これらの体制案そのものについては事前の根回しが功を奏して、特に異議を唱えられることもなくそのまま準備委員会で採択された。むしろ各派閥とも、事実上銀河連邦を取り仕切ることになる常任委員会のポストを巡る方向に力を注いでいる。常任委員長の座については準備委員長を務めるヴューラーを引き続き選出することで、加盟各国間では暗黙の了解がある。だが銀河連邦の各部門の長にして常任委員というポストは、各派閥とも喉から手が出るほど欲するところであった。


「四局長のひとつでも、せめて中立派が占めることは出来ないか」


 テネヴェ派に、とまではロカも言い出せなかった。そもそもテネヴェと表だって与するような星が、準備委員会には存在しない。あえて言うならスタージアだが、あの星の代表が積極的に四局長の座を窺うとはとても思えなかった。


「無理だろうね。まあ、やりたい奴にやってもらえればいいよ」


 タンドラの言い方はぞんざい過ぎて、ロカはほとんど絶望的な表情を浮かべた。

 彼の懸念はイェッタもタンドラも承知していたが、同時にどうしようもないし、どうするつもりもなかった。タンドラの言葉はことさら突き放した言い回しというわけではなく、本音をそのまま口にしたに過ぎない。


「ただしひとつだけ、連中に譲れないものがある」


 それまで投げ遣りにすら思えたタンドラが、心持ち表情を引き締めてそう切り出した。だがロカは既にソファへと力なく長身を埋めて、意気消沈した目つきを寄越す。


「なんだ。奴らに譲っていないものが、まだ残っていたか」

「銀河連邦の本部所在地よ。本拠地はここ、テネヴェでなくてはならないわ」


 今度はイェッタが、身を乗り出しながらタンドラに同調する。このふたりが一心同体の身であることはわかっているが、それにしても揃って畳みかけるような物言いに、ロカは首を傾げた。


「本拠地か。確かに発起人である我々には主張する権利があると思うが、果たして今の準備委員会が聞き入れるかどうか。地理的にはローベンダール辺りが推されそうなもんだが」

「駄目よ。本拠地はテネヴェ、これだけは譲れない」


 思った以上に頑なに主張されて、ロカはソファに腰掛けながら我知らず後退っていた。テーブルの上に両手をついてまで強調するイェッタとは対照的に、タンドラはモトチェアの向きをゆっくりとロカに向けながら冷静に告げる。


「テネヴェを本拠地とする前提で、私もイェッタも準備を進めている。もしほかの星になったとしたら、銀河連邦があるべき姿に到達するまで十年は遅れてしまう。ロカも、これについては絶対条件のつもりで、忘れないでおくれ」


 タンドラの言葉は淡々としているが、言葉の裏にこもる熱はイェッタと大差ない。ふたりから有無を言わさぬ圧力を感じて、ロカはその理由もわからないままに頷かされた。

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