第二話 裂傷(1)
人間大のカプセルを縦に半分割ったような形状のベッドに身を横たえながら、タンドラは辛うじて自由の効く眼球を動かして、周囲の様子を改めて観察した。
彼女が
コントロールボールに触れたタンドラは、ベッドの上体だけを起こす形で、周りの様子を視野に入れるだけの姿勢を確保した。
普段は据え置きのベッドが置かれているであろうスペースに彼女のモトベッドが鎮座し、その足元には一人掛けのソファが二脚と、間に簡素な卓がある。モトベッドの右手に見える大きな窓には、
本来、タンドラは外出が許されるような状態ではなかったのだが、医師資格を持つイェッタが付き添うことを条件に、この医療用ロボットを伴うことで特別に許可を得ていた。
イェッタがキューサックとロカに全ての事情――タンドラとイェッタが惑星クロージアの探査から帰還後も意識を共有していたこと、帰還後も他者の感情や意識を読み取ることが出来たこと、そしてイェッタとの性交によってディーゴとも意識が共有されてしまったことを告白してしまっても、タンドラには責めることは出来なかった。むしろディーゴを喪失して残るふたりも想定外の危機的状況に陥り、キューサックたちに助けを求めるためには、タンドラも同じ行動を選択しただろう。
あの日、不信感に満ちたキューサックとロカを前にイェッタが訥々と告げた内容を、タンドラは我がことのように振り返ることが出来る。
♦
「ディーゴが超空間航行に入った瞬間、私たちが感じたのは猛烈な恐怖でした」
今のタンドラと同じように上体を起こした格好のベッドの上で、そう口にするイェッタの顔は、ほとんど死人のように青ざめていた。
「どんな恐怖にも勝る恐ろしさでした。ひとりの人間で例えるなら、突然手足がもぎ取られる、という感覚でしょうか。喪失感と言い換えることも出来るかもしれませんが、それだけではとても足りない」
イェッタの、微かに震える唇から語られる言葉を、キューサックもロカもただ黙って聞き入っている。
「それでも私たちは多分、まだましでした。私とタンドラのふたりがいる側が、言ってみれば心臓がある側、生き残る側だということを、本能的に察していました。でも失われる側だったディーゴの恐怖は、どれほどだったか……」
そこで口をつぐんだイェッタは、切れ長の目から大粒の涙を溢れさせた。彼女の言葉を聞いて、キューサックの憮然とした顔はほとんど黒ずみ、ロカが両手で顔を覆う。ディーゴの死が、想像を絶する恐怖によってもたらされたものであるという事実は、ふたりの苦悩をいや増すだけだっただろう。
つまるところ、三人を結びつけていた《繋がり》の有効範囲は、通常の直接通信と同じく一星系が限界だった。ディーゴがその限界を超えて飛び出そうとすることは、無理矢理に《繋がり》を断ち切ろうとするに等しかったのだ。その代償として、彼は命を落とすほどの精神的ショックに見舞われることになった。
「タンドラ・シュレスとは、何者だ」
重苦しい沈黙を打ち破ったのは、キューサックによる新たな問いかけだった。あるいはこれ以上、ディーゴの最期がつまびらかになることについて耐えきれなかったのかもしれない。
「タンドラは航宙管制官と宇宙船操縦士の資格を持つ、宇宙船運用のプロフェッショナルです。その経歴を買われて調査隊に抜擢され、調査船の操縦からメンテナンス、運行スケジュール管理まで一手に引き受けていました」
タンドラのプロフィールを事細かに説明されても、キューサックは納得しない。だが次に彼女が発した言葉は、彼を刮目させるのに十分だった。
「彼女の父はジャンマール・シュレス、そして母はヴィニ・デキシング」
「……なんだと」
「タンドラはあの、ハモルド・デキシングの姪に当たります。デキシング氏の存在がタンドラに少なからず影響を与えたのは事実です。彼女自身、調査隊員というキャリアを経て、将来的には航宙行政に携わることを望んでいました」
自身が師とも仰ぐ人物の血を引くと知って、キューサックは初めて腑に落ちた顔を見せた。同時に呟かれた声には、どこか敗北感の混じった響きが込められていた。
「つまり、銀河連邦構想を発案したのは、そのタンドラ・シュレスというわけか」
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