第七話 オーグ(2)【第一部最終話】
「ご存知のことをさも知らない振りして尋ねるのは、意地が悪いんでしょう? あなたから聞いたのよ」
当てつけがましい言葉をぶつけられて、シンタックはむしろ愉快そうに笑みを浮かべた。
「だが、言動を伴わない限り思考には大きな振れ幅がある、とも言ったよ。君がスタージア星系を訪れた瞬間から、君の精神まで観察していることは認めよう。しかし君の口から聞き出さないことには、我々が観察しているつもりの君の頭の中も、結局不明瞭なままであることには違いない」
「今、あなたが知りたいのは私の思考ではなく、リュイとヨサンに関する私の記憶でしょう。思考ほどの振れ幅なんてあるわけがない。あなたが既に観察した通りよ」
「記憶だって記憶者自身の思考に大きく左右されるよ。僕は君が、君自身の記憶についてどのような言葉を使って語ってくれるのか、それを聞きたい」
あくまで丁寧な口調で語りかけるシンタックに対して、ドリーは椅子ごと
「今さら何を聞きたいというのかしら」
ドリーの言葉は素っ気なかったが、シンタックと目を合わせようとしないその態度が、彼女の抑えようのない感情を物語っていた。
「今はふたりとも、夫婦揃って仲良くやってるわ。リュイは自分の現像工房を立ち上げたし、ヨサンは怪我して船から降りたけど、お陰で工房を手伝えるって張り切ってる。それにオシエン――上の子はリュイの実家を継ぐつもりで培養家の修行中だし、下の子のリーレは今度、中等院の四年生になるの」
「四年生か、懐かしいな。僕たちが出会った年だ」
「あなたが私たちを置いて、《スタージアン》になることを選んだ年よ」
少しの沈黙の後、ドリーはシンタックに対してわずかに顔を向けた。
「あなたがいなくなったとき、特にリュイは酷くショックを受けていた。ヨサンがいなかったらどうなってたか、わからないぐらい」
「君も支えてくれたんだろう? 中等院を卒業するまでの半年、君とリュイは本当に仲良くしてたからね」
「当然でしょう。私にとっては初めて出来た、大切な友人なのよ」
「君とリュイやヨサンの仲を取り持ったのは、やはり正解だった」
シンタックが感慨深げに呟く。その言葉を耳にした途端、ドリーの顔は見る見る強張っていった。
「やっぱりそうなのね」
シンタックが首を傾げる。
「なんのことかな」
「さっきの台詞で確信できたわ」
若干の怒気すらこもった目で、ドリーはシンタックを睨みつけた。
「あなたは自分が《スタージアン》になるために、私を身代わりに選んだのね」
シンタックの顔に突き刺さりそうな眼差しを向けたまま、ドリーは言葉を続ける。
「あの頃、ひとりぼっちで拗ねてた私を憐れんで声をかけたというのなら、それでも全然構わなかった。お陰でリュイともヨサンとも親しくなれたわけだし、感謝こそすれ恨みなんてない」
この部屋に足を踏み入れてから、わざとらしいほどの刺々しさをまとうことで保たれていた冷静さが、少しずつ剥がれ落ちていく。徐々に感情が剥き出しになっていくことがわかっていても、ドリーには最早止められない。
「でも、それが全て博物院入りするためだったのだとしたら。自分がいなくなっても、代わりにこのドリー・ジェスターを置いてくから我慢してねって、そういうことでしょう?」
「ドリー」
「巡礼研修で四人で遊びに出掛けたあの日、初めて友人らしい友人が出来て、本当に嬉しかった。ミッダルトに戻ってからもたくさん遊んだわよね。リュイの実家に泊まりに行ったり、四人でキャンプに出掛けた夜はリュイからあなたのこと色々聞かされたし、私は私でヨサンが気になっていた頃で、ふたりで盛り上がってたのよ。そして中等院を卒業するとき、皆と離れ離れになるのを嫌って、私は博物院入りを断った。あなたが博物院入りすると聞いたときは耳を疑ったわ」
シンタックは両手を組んだまま、黙って彼女の話に耳を傾けている。テーブルの上でベープ管を握りしめるドリーの手に、力が込められていく。
「全てあなたの思惑通りだったというわけね。あなたは私を自分の代替物に仕立て上げてただけじゃなくて、リュイとヨサンのあなたへの想いまで見損なった。こんな馬鹿にした話がある? それまであなたに感謝し、尊敬すらしていた私が、どんな思いで今まで過ごしてきたか想像できる?」
昂った感情に突き動かされて、ドリーは自分がいつの間にか椅子から立ち上がっていたことにも気がついていなかった。見下ろした先にあるシンタックの顔は穏やかなまま、ただ口元の笑みだけは失われている。
「その通りだ。君たちには酷い振舞いをした」
伏し目がちに語るシンタックの言葉は相変わらず丁寧だったが、どこか他人事について述べる口上のようにも思えて、ドリーの心には響かない。
「あのときには最上のアイデアに思えた。だが、君たちが僕のことをどれほど気にかけてくれているかということに、思いが至らなかった。博物院生になることを焦ったばかりの、浅はかな考えだった」
「浅はかも度が過ぎるわ。少なくとも私は、あなたを許すことは出来ない」
「君がそう思うのはもっともだ。だがどのみち許すことはもう不可能なんだ。君の知るシンタック・タンパナウェイは、もうここにはいないのだから」
「……何を言っているの?」
長年蓄積されてきた思いを吐き出した末に返ってきた言葉としては、シンタックの言うことはあまりにも突拍子もなかった。奔流する感情の行き着く先が突然に見失われて、ドリーは戸惑いを口にすることしかできなかった。
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