第一話 博物院(3)

「それで、どうしてそんなに不機嫌なの」


 リュイの問いかけに対して、シンタックは返事をする代わりに手にしたサンドイッチに無言でかぶりついた。


 博物院中央棟と生活住居棟の間に広がる中庭風のテラス席で、シンタックとリュイ、ヨサンの三人は昼食を共にしていた。

 博物院での食事方法は任意のメニューデータを食堂で登録し、カウンターに据えつけられた現像機プリンターが再現した料理を受け取って、めいめいに席につくという作法である。現像機プリンターが座席ごとに用意されていないあたり、いかにも歴史を感じさせる旧態依然とした様式だ。とはいえ現像機プリンター自体はちゃんとメンテナンスが行き届いているらしく、メニューデータが指定した味の再現度には問題はない。


「なんだよ、お前のそのサンドイッチは外れだったのか」


 ヨサンが大盛りのジャンバラヤを頬張りながら、的外れなことを言った。無論、シンタックの眉根が寄っている理由はそんなことではない。言い当てたのはリュイだった。


「講義の内容が期待外れだった?」

「……全部、知っていることばかりだった」


 ぼそりと呟いてから、シンタックはふう、と聞こえるようにため息を吐きだした。


「《原始の民》による開拓時代。エルトランザ、バララト、サカ、ローベンダールの複星系国家四強時代。グレートルーデ・ヴューラーが築いた銀河連邦時代の幕開けから今に至るまでの、およそ五百年に渡る人類の歴史。全部、とっくに習ったことばかりだ」

「でも開拓時代なんて、中等院じゃ少ししかやらなかったじゃない。さっきの講義は結構詳しくやってたと思うんだけど」


 そう言ってリュイは、彼らが座るテラス席を挟み込むように聳え立つ、二つの巨大な建造物を仰ぎ見る。


「この博物院の建物が開拓時代の宇宙船のレプリカだって、初めて知ったわ。本物はもっと大きいのかしら。これだけ大きいと何人乗れるんだろう。一万人ぐらい?」

「今回の巡礼研修がざっと千人だろ。確か十隻ぐらいの船に分かれてたよな。そう考えると、ご先祖様も大したもんだなあ」

「十隻じゃなくて、十二隻よ」


 ヨサンの適当な相槌に対して、リュイが訂正を入れる。


「僕は、《原始の民》のルーツを知りたかったんだ」


 ふたりのやり取りを断ち切るように、シンタックは低い声で割って入った。


「五百年以上前、未開の星だったスタージアを開拓した《原始の民》が、いったいどこから来たのか。そもそも彼らは何者なのか。《オーグ》に追い出されたっていう伝説は本当なのか。彼らが乗り越えてきたという《星の彼方》は本当にあるのか」

「《オーグ》の話はやめてよ」


 リュイが両肩を抱いて身震いして見せた。ヨサンも苦笑いを浮かべている。


「ヒトと機械の融合とか接続とか、生理的に受けつけない」


 機械と有機的に融合した化物とされる《オーグ》は、お伽噺に出てくる禍々しさの象徴のような存在だ。機械とは利用したり身につけたりするものではあっても、ヒトの身体からだに直接接続することは人倫にもとる。シンタックたちは幼い頃からそう言い聞かされて育っている。

 だがシンタックは彼らの声など聞こえないかのように俯いたまま、力なく言った。


「全部わかるとは思ってなかったけど、まさか一言も触れないとは思わなかった」


 肩を落とすシンタックを前に、リュイとヨサンは顔を見合わせた。


「よくわかんないけど、そうしょげるなよ」

「それにほら、午後は展示エリアを見て回るんでしょう。楽しみにしてたじゃない」


 リュイが励ました通り、中央棟の半分以上のスペースを占める展示エリアの見学は、銀河系人類史の講義と並んでシンタックが前々から待ち望んでいたものだった。特に開拓時代の歴史的遺物を目の当たりにするのは、小さい頃からの憧れだった。そのことを思い出して、シンタックの沈んだ気持ちが少しだけ引き上げられる。同時に、いつまでも友人たちに慰められている状態はいささかみっともないということに、そろそろ気がつき始めていた。


 シンタックはやや照れ隠し気味に「そうだね、行こうか」という宣言と共に立ち上がった。リュイはほっとした笑顔を浮かべたが、「待てよ、まだ食い終わってねえ」というヨサンのせいで、三人が席を発ったのはさらに十分以上後のこととなった。

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