第一話 博物院(2)
「……このスタージアは、銀河系人類社会の最果てに位置する辺境の星ではありますが、同時に人類の始まりの星として広く知られています。今からおよそ五百年前、《星の彼方》から現れた《原始の民》がこの星に降り立ったときから、銀河系人類社会は始まりました。彼らは《星の彼方》から持ち寄った様々な知識・技術をもってこの星を切り拓き、やがて銀河系中へと人類が飛び立つ足掛かりを築いたのです……」
すり鉢状に配された大ホールの観客席に腰掛ける、千人以上の導師・学生たちのイヤーカフ越しに、惑星スタージアの歴史が滔々と流れてくる。ホールの中央の演壇に立つ語り主は、シンタックたち巡礼研修の学生たちを迎えるスタージア博物院の院生だ。
銀河系最古の歴史を誇り、今なお巡礼客で溢れるスタージアの中でも、銀河系中のありとあらゆる知識を蓄積するという、人類の叡智の集積所である博物院は特別な存在である。
銀河連邦に加盟する惑星国家は、その教育課程でスタージア博物院への巡礼研修が義務付けられている。惑星国家ミッダルトの中等院四年次の学生であるシンタックも今、博物院中央棟の中に設けられたこの大ホールで、十校合同で千人以上から成る巡礼研修の初日のガイダンスを受けている最中であった。
「来年の今頃、俺は連絡船団で下っ端としてこき使われているんだ。残り少ない学生生活を、こんな辛気臭いところで浪費している暇なんてないんだぜ」
長身の上に乗っかった真っ赤な巻き毛頭を近づけながら、ヨサン・コニェルツがシンタックの耳元に向かって小声でそう囁いた。
「だからって船内課題をさぼってた言い訳にはならないだろう。僕が手伝ってなかったら、お前は今頃ミッダルトに送り返されてるところだぞ」
「その節は大変お世話になりました。このお礼はミッダルトに帰れば必ずや!」
ヨサンは神妙な顔で、少しも心のこもらない頭を下げる。彼はシンタックとは初等院以来の付き合いだ。
リュイといいヨサンといい、刺激的な経験を求めがちな若者にとって、スタージアへの巡礼研修はいささか退屈なものと思われがちであった。シンタックのように心躍らせる方が、むしろ少数派なのだ。
説明に集中したいシンタックは、ヨサンの調子の良い詫びを聞き流すことにした。
「おい、無視するなよ、シンタック」
肘で軽く小突いてくるヨサンを、シンタックが煩げに追い払う。
「気が散るからやめてくれ」
「大事な話だぞ。そういう時間を有意義に過ごすためには、お前の協力が欠かせないんだ」
「そう念を押さなくとも、わかってるから」
身を乗り出してくるヨサンの顔を押しのけながら、シンタックは視線を右斜め前、二列前の席に向けた。そこにはやや退屈そうな表情で壇上を見つめる、リュイの横顔がある。シンタックの視線の先を追って、ヨサンがしたり顔で頷いた。
「わかっているならいいんだ。この巡礼研修中に俺とリュイの仲がどれほど深まるか。それは彼女の幼馴染のお前にかかっている」
「いいから、そろそろ黙ってろ」
大ホールでの説明会が終わると学生たちは、博物院中央棟の中心部から放射状に三本の連絡通路で繋がれた、生活居住棟に移動した。
博物院は南北に横たわる長大な半円筒状の中央棟と、その中央棟を挟み込んで向かい合うように屹立する、これもまた巨大な弧状の研究棟と生活住居棟の、三棟を中心に構成される。
真上から三棟を眺めれば、巨大な円の直径に当たる部分を、中央棟が貫いているように見えるだろう。三棟の周囲には南に向かって広大な公園緑地が広がり、そこかしこに様々な研究施設や巡礼者向けの観覧施設などが点在している。
研修期間中はこの生活居住棟の一部が、学生たちの宿泊施設に割り当てられる。ここでもヨサンと同室になったシンタックは、リュイとの仲を取り持つべく作戦会議につき合わされるだろうと頭を悩ませていたが、幸いにしてその懸念は杞憂に終わった。長旅の疲れは思いの外蓄積していたらしく、ふたりとも夕食後に床につくや否や、早々に眠りに陥ってしまったのだ。
翌朝は揃って朝食ぎりぎりの時間まで寝入っていたものだから、時間に追われて余計な話をする暇もない。
午前の講義は昨日と同じ大ホールで行われる。ホールに慌てて駆け込んでふと気がつくと、シンタックはヨサンと離ればなれになってしまっていた。それどころか周りには見知った顔がひとりもいない。
ちょうどいい。これで講義に専念することができる。
シンタックは適当な席をひとつを選び、隣席に「失礼」と声をかけながら腰かけた。相手はこちらをちらりと一瞥したが、無言のまま顔を正面に戻した。
無造作にひっつめられた長い金髪の下には、そばかすが浮かんだ少女の顔立ちがあった。同じ講義を受ける学生だろうからシンタックと同年代のはずだが、リュイに比べれば表情に幼さがある。だが講義の開始前からスクロール端末を広げて臨む姿からは、真剣に受講しようという姿勢が窺えることに、シンタックは安心した。
元々、彼も初対面の相手と気さくに会話を交わすような
シンタックは手にしていた短い棒状の端末を勢いよく振ってスクロール・ディスプレイを広げると、期待に胸を膨らませながら講義の開始を待った。
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