第一部 スタージア ~星暦七八一年~

第一話 博物院(1)

 おびただしい数の光が、漆黒の中空にばらまかれたかのように輝いて見える。


 白い光点の大半は弱々しいが、その中に紛れて青、赤、緑と様々な光がぽつりぽつりと見て取れる。いずれも控えめな明るさの群れの中にあって、例外的に目立つのはふたつ。


 ひとつは黄、もうひとつはだいだい


 それぞれほかの光点に比べれば明らかに輝きの度合いが異なっている。目を凝らせば、黄がだいだいに向かってゆっくりと近づいているのがわかるだろう。


 黄はシンタック・タンパナウェイが乗る旅客宇宙船を、だいだいは宇宙船の目的地である惑星スタージアを示している。


 黄の光点の動きをしばらく目で追っていたシンタックは、視界の右下隅に視線を落とした。そこには数時間前に最後の恒星間航行を終えたばかりの宇宙船の航宙座標と、刻々と刻まれる到着予定時刻が浮かび上がっている。


 室内を満たすホログラム映像が映し出す航宙図の只中に、シンタックはいた。


 暗黒の中に散りばめられた輝きに包まれていると、いつまでも浸り続けることが出来るのは、幼い頃から変わらない。ましてやあと二日足らずで、長年憧れ続けた惑星スタージアに到着するのだ。シンタックの口の端が思わず緩むのも無理もない。


「嬉しそうね」


 不意に背後から声を掛けられて、シンタックは慌てて振り返った。彼が目を向けた先に、光点の群れに照らされてほの白く浮かび上がって見えたのは、黒髪を肩までの長さに丁寧に切り揃えた、シンタックと同年代の少女だった。黒髪の下には、シンタックの褐色に比べれば色素が薄い、きめの細かい肌が覗く。


「なんだ、リュイか。そんなに嬉しそうに見えた?」

「だって後ろから見ても、なんだか肩がそわそわしているし」


 壁に背を預けていたリュイ・ポーはゆっくりと前に出てシンタックの横に立ち、それまでの彼と同じように光点の群れに目を向けた。


「最後の恒星間航行を終えて、ようやくあと二日か。本当に最果ての星なのね」


 到着予定時刻の表示を目にして、リュイは小さくため息をついた。


「三週間の研修期間のうち、二週間は宇宙船の中ってのはどうかと思うわ」


 彼らが住む惑星ミッダルトを出発してスタージアに着くまで、およそ一週間あまり。その間、宇宙船は三度の恒星間航行を経て、ようやくスタージアの属するスタージア星系までたどり着いたところだ。


「どうしてミッダルトからスタージアまで直接跳ぶことが出来ないのかしら」


 一週間の船旅の中で、リュイがうんざりした顔を見せるのはこれで何度目だろう。


「言ったろう? 恒星間航行ってのは、ふたつの星系を結ぶ極小質量宙域ヴォイドっていうトンネルありきなんだから。隣り合った星系同士の移動しかできないってさ」

「そういうことじゃなくって……こういうときは、適当に頷いてくれればいいんだってば」


 その都度同じ回答を繰り返すシンタックに、リュイが不満そうに頬を膨らませる。彼女の反応に肩をすくめながら、研修期間の日程に不満があるのはシンタックも同様だった。


「でも、そうだなあ。確かに現地を見て回るのに一ヶ月欲しかったなあ。叶うなら博物院の一般巡礼者向けのエリア以外に、資料棟とかも見てみたいのに」


 シンタックが腕組みをしながら残念がると、リュイは呆れ顔で彼の横顔に目を向けた。


「勘弁してよ。こんな田舎に一ヶ月も閉じ込められたら、それこそぞっとしないわ。ああ、どうせならテネヴェとかローベンダールみたいな大都会に行きたかった!」


 大袈裟に頭を抱えながら嘆くリュイを見て、シンタックは小さく肩をすくめた。


「テネヴェやローベンダールじゃ、巡礼研修になんないよ」

「そんなことわかってるってば。言ってみただけ」


 リュイは野暮なことを言う少年を睨みつけたが、それも一瞬のことだった。


「そういうこと言いに来たんじゃないの。実習室でヨサンがずっと唸ってるのよ。そろそろなんとかしてあげないとまずいんじゃない。仮にもあなたのルームメイトでしょう」


 シンタックはちょうど彼の右手のそばの宙に浮き上がって見える、黄色い文字列に指先を走らせた。その瞬間に光点群も航宙座標表示も文字列も掻き消えて、辺りは漆黒から室内灯が照らし出す程よい明るさに切り替わる。そこに現れたのはふたつのベッドとサイドテーブルが据えつけられた、二十平米ほどの広さの二名用客室の室内であった。


「なかなか戻ってこないと思ったら、もしかしてヨサンのやつ、まだ課題が片付いてないのかな」

「多分ね」

「そんなことでわざわざ呼び出しに来てくれたのか。カフを使えばいいのに」


 そう言ってシンタックは自分の右の耳朶に取りつけられたイヤーカフを指さした。リュイが仏頂面をして少しだけ視線を逸らす。


「ちょうどこっちに用事があったから、ついでよ」

「へえ」


 リュイの表情に気づかないまま、シンタックはベッドに放り出してあったジャケットを手に取った。


「だからさっさとやっておけって言ったのに、しょうがないな。ちょっと様子を見てくるよ」


 ジャケットを羽織りながら、シンタックはリュイの脇を通って部屋の外に出る。リュイもまた彼の背中を目で追いつつ、その後をついていった。

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