純情ウブ野郎は、もったいない幼馴染の夢しか見ない。

坂神京平

<本文>

     -1-




 その日の放課後、伊崎いざき康市こういちは女の子からの告白を断った。


 今月に入ってから告白を断るのは、これで八回目だ。

 先月分も合わせると、ここ最近の合計は一七回になる。

 高校の文化祭が終わってから、ずっとこの調子だった。


 告白を断るたびに女の子の泣き顔を見るのは、気分がいいものじゃない。

 ましてや、それがみんな可愛い子ばかりだったりすれば、尚更のことだ。

 しかし康市にも、おいそれと相手の希望に応じられない理由がある。



「どうして康市くんは何度も、女の子からの告白を断っているの?」


 翌朝の通学中、幼馴染の村井むらい若菜わかなから不思議そうにたずねられた。

 すでに昨日の出来事も、同級生のあいだで噂になっているらしい。

 若菜は、チョコレート色っぽいミディアムヘアの毛先を、指でもてあそびながら付け加えた。


「メッセージアプリのグループトークで、みんな色々と騒いでたよ」


 質問に対して、康市は口をつぐんで黙り込む。回答拒否の意思表示だ。

 もっとも告白を断り続けている真相は、実のところ至極単純だった。


 ――誰よりも若菜のことを、康市はずっと前から好きだからだ。


 康市は、律儀な性格の一七歳だった。

「すでに好意を抱いている相手が居るのに、他の女子に言い寄られたからといって、急に鞍替えするのは裏切りにも等しい」などと、一人で勝手に考えていた。

 それがいかにも初心ウブな男子の、青臭い価値観だという自覚はある。


 とはいえ康市は、まだ若菜に好意を伝えられてもいない。

 幼馴染として過ごした時間が長すぎて、逆に本心を告げることを躊躇ちゅうちょしていた。

 不器用さも手伝って、変わらぬ間柄を維持しながら、現在に至っている。



「康市くんが今日、告白を断ったのって、五組の女の子でしょう?」


 若菜は、溜め息混じりに確認を求めた。

「そうだ」と、康市は素っ気無く返事する。


「もったいないなあ。凄く美人で、学校の成績もいいって評判なのに」


「あのな。俺はあいつと、これまで大した会話したこともないんだぞ」


「相手のことがよくわからないから、お付き合いはできない、ってこと?」


「当然だろ。まだ好きになってもいない女子とは、付き合う気になれない」


「でもお付き合いして一緒に居るうち、だんだん好きになってくるかもしれないよ」


「それで好きになれなかったら、やっぱり駄目でしたって言ってすぐ別れるのか?」


 康市は、ちょっと苛々して言った。


「もしそんな展開になったら、相手の子も傷付くだろうが」


「それはそうかもしれないけど。折角のモテ期なのに……」


 強い口調で反論されて、若菜は残念そうにつぶやく。

 その後も、しばらく一人で「もったいないなあ」と繰り返していた。




     -2-




 五組の女子から告白された翌々日のこと。

 康市は、再び別の異性から告白された。


 今回の相手は、同じ高校に通う先輩である。

 無論、居心地悪さを覚えつつも、誠意をもって断った。


 それを噂で知った若菜は、相変わらず「もったいないなあ」と言っていた。


「あの先輩って、新体操部の県大会で上位入賞経験もあるような人でしょう」


「でも前回と同じで、ほとんど会話したこともない相手だぞ。おかしいだろ」


「うーん。それはもしかすると、ひと目惚れだったのかもしれないよ」


「才色兼備の女子が何人も立て続けになんて、そんなのあり得るか?」


 康市には、どうしても最近の出来事に現実味が感じられなかった。

 魔法で魅入られたように告白してくる女子は、なぜか美少女ばかり。

 ラブコメ漫画みたいで、到底「モテ期」の一言じゃ片付けられそうもない。


「そのうち芸能人からも告白されるかもね。例えば、桜島さくらじま麻衣まいみたいな……」


「馬鹿言うな。そもそも桜島麻衣って、交際相手が居るって自ら公表してただろ」


「そうだけど、あの人の恋人だって噂じゃ普通の男子高校生らしいじゃない。だから、桜島麻衣は無理でも――」


「他の芸能人ならワンチャンある、ってのか?」


 康市は、馬鹿馬鹿しいと心底思った。


「とにかく冗談抜きで、今の状況は異常だろ。妙な噂が立つのもうんざりだ」


「そっか。たしかに色々と噂されるのは、気分がいいものじゃないよね……」


 康市が辟易して言うと、若菜は人差し指を頬に当てながら唸った。

 が、にわかに大事なことを思い出した様子で、ぱっと顔を上げる。


「あっ。でも噂と言えばね、康市くんが何度も女の子から告白されてることについてなんだけど――あんなにモテるのは『思春期症候群』のせいじゃないか、って言っている人も居たよ」


「……それって、あの都市伝説のか?」


 康市は、反射的に失笑しかけたものの、咄嗟に思い止まった。

 我が身を取り巻く事態を顧みると、実際に面妖な印象が拭い切れなかったからだ。



【思春期症候群】。

 近年ネット上で、しばしば話題になる超常現象のことだ。

「他人の心の声が聞こえる」とか「二人の人格が入れ替わった」とか……

 発症を体験した人々からは、多様な不思議事件が報告されていた。

 奇怪な事象の正体については、「理想と現実の落差ギャップを埋めようとして、当事者の願望が具現化したものだ」という説がある。あるいは思春期特有の思い込みだとか、パニック症状や集団催眠の一種だ、などと断じる声もよく聞く。


 ただし、いずれにしろ真偽不明の「都市伝説」だ。

 それゆえ、普通は信用に値する話じゃなかろう。

 これまで康市だって、オカルト話を鵜呑うのみにしたことはなかった。

 でも、美少女ばかりに告白される理由を、他にどうやって説明すればいいのか? 



「もし本当に『思春期症候群』のせいだとしても、俺にとっちゃ迷惑なだけだ」


 康市は、眉をひそめて吐露した。




     -3-




 学校の先輩から告白された翌日も、別の異性から告白された。

 この日は近所に住む中学生だ。絵が達者で、漫画家志望らしい。

 夕方に家の前で待ち伏せされて、帰宅すると交際を迫られた。


 康市は、今回も申し込みを辞退し、逃げるように自宅の中へ駆け込んだ。

 翌朝になると、またもや若菜が「もったいないなあ」と言っていた。


 連日同じやり取りを繰り返していると、康市は少しもやもやした気分になってくる。


 ――他の子からの告白を断ってる理由を、こいつはどうして察してくれないんだ。


 子供の頃から、ずっと一緒に居るというのに。

 どれほど自分が若菜を好きなのか、きっと知らないんだろう……

 そんなふうに考えて、康市は寂しい気分になることが増えた。



 康市が若菜と出会えたのは、二人が八歳の頃。

 小学校で三年生に進級したとき、クラスメイトになれたおかげだ。

 当時の若菜は、明朗快活な人気者で、勉強も得意な女の子だった。


 それまでの日常が変化したのは、小学六年生の冬。

 若菜の両親が経営していた会社が倒産し、家庭が経済的な苦境に陥った。

 それをきっかけにして、家族の和が徐々に乱れ、若菜も辛い経験をすることが増えた。

 学校でも実家の凋落を嘲るような風聞が流れ、友達から距離を置かれるようになった。

 父母は懸命に働く一方、家事をまだ幼い一人娘に任せることが多くなった。


「人気者で勉強が得意な村井若菜」は、高校受験を控えた時期にはもう居なくなっていた。

 その代わり、若菜は朗らかさこそ変わりないが、昔より控え目な女の子になっていた。



 あれからというもの、ずっと――

 康市には、幼馴染が万事に自信を失くしてしまったように見える。


 しかし、たとえ現実の理不尽に接し、自らの現状に失望していたとしても。

 若菜が不貞腐れ、他人を呪ったりする姿を、康市は一度も見たことがない。

 それがとてもいじらしく、また愛おしく感じられた。


 だから、皆が若菜を遠ざけるようになっても、康市だけはそばを離れなかった。

 何としても、この子を自分が幸せにしたい、と思っていた。




     -4-




「いいかげんに康市くんも、ちゃんとした恋人を作ればいいのに」


 若菜がぼそりとつぶやくのを聞いて、いよいよ康市もかんさわった。


 近所の中学生に告白されたあとも、康市は異性から言い寄られ続けている。

 二、三日に一回の頻度で交際を申し込まれ、いまや通算三〇回を超えていた。

 だが当然、すべてを律儀に断わっている。


 ――こうなったら、俺が誰を一番好きなのか、はっきり教えてやるしかない。


 康市は、ついに覚悟を決めて、若菜をデートへ誘うことにした。


「次の日曜日、駅前へ遊びに行こう」


 出先で思い切って好意を伝え、交際を申し込むつもりだった。

 若菜は当初、誘いに特別な雰囲気を感じたからか、少し怯んだように見えた。

 けれど、康市から真剣に同行を求められると、結局断わり切れずに承諾した。



 ……ところで、このとき。

 康市は、告白の決意を固める一方で、ある憶測に思いを致していた。

 それは現在、我が身に生じている怪奇現象の不可解さについてだ。


「どういうわけか、美少女ばかりから頻繁に好意を寄せられる」

 この状況を、若菜は【思春期症候群】の一種だ、と指摘した。

 仮に事実とすれば、そこには康市の意思との矛盾がある。


 なぜなら、若菜だけから好かれることこそ、康市が望んでいることだからだ。

 しかし噂話に従うなら、あの都市伝説は当事者の願望などのような、心理状態を反映するものだったはずではないか? 

 だとしたら、


 それでは、誰が本物の当事者なのか。

【思春期症候群】の発生時期から類推する限り、康市に心当たりのある人物は一人しかいない。

 それは他ならぬ若菜だ。


 先月の学園祭を、康市は幼馴染と丸一日、二人で共に過ごした。

 あの時点ではまだ、言葉で好意をたしかめることはできなかったものの、かつてなく互いの心が接近した感覚があった。

 だが一方で、康市が異性から言い寄られる機会が増えたのも、その日以降だった。


 怪奇現象が当事者自身に生じるのではなく、身近な人間を対象として起こる、というのは特殊な状況だろう。でも「人格入れ替わり」の例が報告されているし、少なくとも本人以外の複数に対して作用する【思春期症候群】が皆無だとは断定できない。


 そして、もし憶測が正しく、康市と若菜の関係性に原因があるのなら。

 二人が恋人同士になることで、怪奇現象にも変化が生じるのではないか――

 康市は、そうした考えを漠然と持っていた。



 かくして、デートの当日。

 康市と若菜は、電車で駅前へ出ると、街の中心部を並んで歩いた。

 映画を観て、イタリア料理店で食事し、アパレルショップで服を眺め……

 あちこち散策してから、観光名所でもある電波塔の展望台へ上った。

 硝子張りの外壁沿いに立ち、街並みを見晴らす。夕暮れに近い中途半端な時刻で、夜景を見るには早いせいもあり、二人以外の来訪者はまだ少ない。


 丁度、告白するにはあつらえ向きの条件だった。


「若菜。おまえのことが、ずっと好きだった。俺の恋人になって欲しい」


 外連味けれんみを交えず、康市は真っ直ぐ好意を伝えた。

 すると、若菜はくしゃっと顔を歪めて、複雑な反応を示す。


「……どうして私なんかを選ぼうとするの、康市くん。もったいないよ」


 幼馴染の声には、感激と困惑が入り混じっていた。


「素敵な女の子なら、他に沢山居るのに。きっと私じゃ、君を幸せにできない」


 その言葉を聞いて、康市は確信を得た。

 やはり【思春期症候群】が発生したのは、若菜のせいだ。

 おそらく原因は、この子の「自己評価の低さ」にある。


 すでに若菜は、康市に対して大きな好意を寄せている。

 でも幼馴染の幸せを願えばこそ、あべこべに「自分以外の素敵な女の子と結ばれるべきだ」と考えたのだろう。

 過去の出来事が影響して、若菜は自分に自信が持てなくなっていたからだ。


 ――だから具現化した願望が、康市と沢山の美少女を引き合わせた! 



「おまえを幸せにすることが、俺にとって一番の幸せなんだ」


 康市は、強い興奮を覚えていた。

 両想いだとわかった以上、あとは若菜にもそれを認めさせるだけだ、と思った。

 衝動的に肩を引き寄せ、互いの顔を近付ける。そのまま無我夢中でキスした。

 若菜は一瞬、驚いた様子だったが、抵抗しなかった。




     -5-




 その後、幼馴染の二人は正式に交際をはじめた。

 康市の隣で、いつも若菜は幸せそうに微笑んでいる。


 康市に美少女が告白してくることも、それを断ると若菜が「もったいない」と残念がることも、同級生が噂することも、全部すっかりなくなった。

 もっとも、それが【思春期症候群】の消失による結果なのか、それとも単に二人が恋人同士になったからなのか……

 真相をたしかめる術は、誰も持たない。





     <純情ウブ野郎は、もったいない幼馴染の夢しか見ない。・了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

純情ウブ野郎は、もったいない幼馴染の夢しか見ない。 坂神京平 @sakagami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ