after 5 year's (断片ストーリー)

ポートレート


  親愛なるママへ。




 ずっと迷っていたけど、ようやく決めました。

 わたしは、画家になろうと思います。



 先月のはじめ、先生から将来の夢を尋ねられました。

 難しいことはまだ良く解らないけど、レジオーラ家の当主としてパパが政務官に復帰することはないだろう、と先生は言っていました。わたしも、そんな気がしてましたし。

 もしもわたしがレジオーラの名を公式に継ぐのなら、学院の卒業と同時に宮仕えの道を開いてあげるよ、と、いう話らしいです。

 パパは当家の当主だけど、たぶん再婚するつもりはないし、養子をとるって話も聞いたことがないので、家の跡取りはわたししかいないです。パパは、ルベルの好きにしていいよって言ってくれたけど、きっと本音はわたしが家を継ぐのを望んでいると思います。

 だって、この名と立場の一切は、ママからパパへ、パパからわたしへと託されたものだもの。わたしも、それくらいはちゃんと解ってるんですよ。



 ゼオ君からも、ママの話をちょっとだけ聴けました。パパも、以前に比べたらずいぶんと、ママとの想い出を話してくれるようになりました。ちいさい頃ママの話をせがむと悲しそうに笑うだけだったパパが、今は幸せそうに笑ってママの話をしてくれます。

 だから迷ってました。

 わたしのワガママが原因で、またパパが悲しい笑顔しか見せなくなってしまうとしたら、わたしはママにどう償ったらいいだろう、って。



 あのね、ママ。

 わたし今、すきなひとがいるんです。



 いちばん最初の出逢いは、今もちゃんと憶えてます。

 パパが突然にいなくなっちゃって、先生がわたしの後見人としてレジオーラの家に来て、それからちょっと経った頃でした。

 運命を感じた、なんて言ったら、ママは笑っちゃいますか?



 あの頃、わたしは毎日がこわくてこわくて、ベッドの中で毎日眠るのが不安で、泣いてばかりいました。夢の中ではパパとママと一緒にいられるのに、目を覚ましたらやっぱり現実は独りきりなのが悲しくて、眠るのも起きるのも嫌で仕方がなかったんです。

 真夜中に部屋を抜け出しては、玄関に飾られたパパの絵を見てました。

 先生もおばあちゃんも、フェト様も王宮の皆も、わたしに良くしてくれていたけど、パパのことで皆が何かをわたしに隠そうとしていたのは知っていました。

 でも私は、それに気づいていないいい子のフリをしなきゃいけない、って必死だったんです。



 そんな中でそのひとだけは、違ってました。

 いつも優しく笑って、おおきなてのひらで頭をなでてくれました。さみしさとか不安に押しつぶされそうな時でも、そのひとの「大丈夫ですよ」って言葉を聴くと、全部が溶けて消えて軽くなるような気がしました。

 パパを重ねていただけだろうって、ゼオ君は言います。わたしも、そうかもしれないと思います。でも、誰よりも特別に大好きな気持ちは本当なんです。



 ねえ、ママ。これって恋ですか?

 そのひと、わたしより二十四歳も歳上だって言ったら、ママは反対しますか?



 パパとママの出逢いの話を、ようやく先日パパから聞き出すことができました。まるっきりの初対面だったのに、ママってば凄すぎます。

 ママももしかして、パパに運命感じちゃって一目惚れだったんですか?

 わたし、ママの娘なんだなあって思って嬉しかったけど、パパには言いませんでした。すきなひとのことも、まだパパには言ってないんです。

 ママはパパを好きになって、パパと一緒にいて、不安じゃなかったですか?



 わたし、いつかパパのような絵を描きたいんです。小さい頃からずっと、練習してるんですよ。最近はちょっと頑張って、背景やパステルでの彩色も始めてみています。

 パパが描いた、ママとおばあちゃんとわたしとパパの家族絵みたいに、見ている側が暖かい気持ちになれる絵を描きたいんだけど、なかなか難しいですね。巧いって褒めてくれる方もいるけど、絵って精確さだけじゃダメですもの。

 風景や動物、綺麗な建物なんかを描くのも、楽しいのだけど、わたしは人物を描くのがいちばん好きです。今は練習中だから、ほとんどがスケッチで彩色もパステルだけど、いずれはちゃんとキャンバスに絵の具で描いてみたいなって思います。



 知ってますか、ママ。

 人物をメインに描かれた絵って、ポートレートっていうんだそうです。

 わたしがすきなそのひとが、教えてくれました。



 わたしの『すき』が本当に恋だとしても、それはきっと叶わないと思います。

 そのひとにとってわたしが子供にすぎなくて、年齢だけでなく人格的にもつりあわないことは、ちゃんと解ってるんです。

 それでも、すきですきでどうしようもなくって。



 教えてください、ママ。

 わたし、この気持ちをどうしたらいいんでしょうか?



 セロアさんって、名前のひとなんです。

 パパほどじゃないけど背が高くって、とても広く深い知識を持った学者さんで、精霊に愛されるほどの優しくて強い魂をもったひとです。



 パパはセロアさんのことは、結構すきで信頼しているようですが、わたしの気持ちを知ったらどう思うかまだ解りません。パパに話すべきか、わたしが気持ちを整理してあきらめるか、どっちがいいのかいくら考えても解りません。

 ゼオ君には、あきらめろって言われました。だけど、あきらめる方法すら、今のわたしには難しすぎて思いつかないんです。



 ママ、ママ。

 この気持ちにまだ結論は出せてないけれど、ひとつはっきり解ったことがあります。



 わたしは、政治家ではなく画家になりたい。

 いろんな国を旅して、たくさんの人の人生に触れて、優しい笑顔のポートレートを描いていきたいんです。



 セロアさんへの想いを話すかどうかの結論はまだ出ていないけど、画家になるってことは、ちゃんとパパに話そうと思います。パパが応援してくれるなら、先生とフェト様にも話して、それからセロアさんに話します。もしもセロアさんがいいって言ってくれるなら、また一緒に旅をしたいって思うんです。



 明日の朝ごはんの時に、思い切って話してみます。結果がでたら、それが良くても悪くてもまた、報告の手紙を書きます。

 ママ。どうか、応援してくださいね。





  ルベルより。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る