After Story

 終業式。

 明日から春休みだというのに、私のスケジュールは部活以外からっぽだった。

 誰か遊ぶ人いないかなぁ。

 整列しながら周囲を見渡すと、隣の列の少し前に彼がいた。

 思わず目を留めてしまった。

 斜め後ろから見える彼の表情は真剣で、ちゃんと話を聞いているように見えた。

 彼の前後左右には喋り放題の女子たちがいた。

 あれじゃ、前を向いてるしかないか。

 真剣な表情の理由に納得しかけた、そのとき。

 隣の女子が彼の肩を叩いて、彼の耳に顔を寄せた。

 私がその光景に絶句すると、女子はすぐに彼の耳から離れ、2人はくすくすと笑った。

 私以外の女子と話すことくらいあるよね、私なに考えてるんだろ。

 誰にも気づかれないように小さく深呼吸をすると、前から来た流れでその場に腰を下ろした。



 マカロンには特別な人って意味がある。

 そう彼から聞いたとき一瞬だけ自分の想いが通じたのかと思った。

 けど、私は照れ隠しで咄嗟に幼馴染みという関係を引っ張り出してしまった。

 もしかしたらそれ以上の関係が築けたのかもしれないのに。

 部活のない帰路をゆっくり自転車で進んでいると、後ろからベルが聞こえた。

 私が少し端はしに寄ってもベルは鳴り止まなかった。

 さすがに無視することは出来ず振り返ると、そこには私を見下すように笑った彼がいた。


「さっさと気づけよ」


 私はそんな彼を見て思った、この笑顔の隣にいたい、と。

 彼の顔を見ると、つい先日のホワイトデーを思い出してしまう。

 その度に自分の言動を悔やんでいた。

 無理やり自分の感情を繕っていつもの“私”を演じた。


「別に、一緒に帰る約束なんてしてなかったし、話しかけても無駄でしょ」


 どうにかホワイトデーのことを忘れようとして自転車のスピードを上げた。

 彼が「待てよ」という言葉と同時に私を追って来る。

 本当は振り切ってでも1人で帰宅したかった。

 隣に並んだ彼が自信なさそうな、しかし芯のある声で言った。


「もし急ぎじゃねぇならファミレス寄らね? 話したいことがあるんだ」


 この時の私は何も知らなかった。

 彼の顔がほんのり赤いことも、話したい事の内容の重要さも、彼の気持ちさえも。

 話の内容を想像もせずに「しょうがないな」という1つの返事で彼の誘いを受けた。

 できることなら、話のついでも私の気持ちを打ち明けようと思っていた。



 ファミリーレストランに入り、ドリンクバーで好きな飲み物を入れる。

 話ってなんだろう。誰かに告白された、とか? ……まさか、あいつが? ありえない。でも、そうだったら――。


「おい」


 急に声をかけられ、声がした方を向いた。

 すると、グラスにコーラを注いだ彼が呆れた顔をして立っていた。


「氷、入れすぎだろ。腹こわすぞ」


 言われて手の中にあるグラスを見ると、はみ出るほどに氷が入っていた。


「考え事してただけだし!」


 反抗して、私は入れすぎた氷を1つ口に放った。

 そして迷うことなくレモンティーのドリンクサーバーに向かった。

 私の反抗を受けた彼は「そうかよ」と呟いて、席に戻って行った。

 席に戻る途中、彼の後ろ姿を見て思った。

 私が想いを伝えたところで、ただ迷惑になるんじゃないか。彼がくれたマカロンの意味は本当に幼馴染みとして特別な人で、それ以外の何者でもないんじゃないか。

 深くまで考えすぎたことを自覚して、少し早足で席に戻った。

 きっと表情で悟られない。

 いつも通りの私。


「で、話って何?」


 私が切り出すと、彼はいじっていたスマートフォンをテーブルに伏せて置いた。

 私が見間違えていなければ、画面がつけっぱなしだった。

 指摘しようと彼に目をやると、信じられないくらい真剣で赤い顔をした彼が目の前にいた。

 驚きのあまり、指摘する内容が吹き飛んでしまった。

 私が心配する暇もないくらい早口に彼が言った。


「勘違いさせて悪かった。マカロンの意味、幼馴染みって訳じゃないんだ」


 彼の声は震えていた。

 しかし、私がどうにかできることでもなかった。

 震えが治まらないままの声で彼が続けた。


「お前が好きだ。世界一、好きなんだ」


 私は唖然としてしまった。

 想いを伝えるとしたら私からだと考えていたからだ。

 真摯に見つめてくる彼の潤んだ瞳を見ていることが精一杯だった。

 今すぐに自分の気持ちを伝えてしまいたいと思った。

 しかし、彼の口から聞きたい。

 あの言葉を――。

 「私も」と言いたくなるのを抑えて、私は口を尖らせた。


「それだけ? 他に言うこと、あるんじゃないの?」


 顔に感情が表れていないことを願うばかりだった。

 私が求めている言葉に気づいたのか、彼が難しい顔からハッとした表情になった。

 そして、気を引き締めるかのようにまた難しい顔に戻った。

 彼が見るからに緊張していた。


「お前が好きだ。……だから、俺と付き合ってほしい」


 強張った彼の言葉が私の中に入ってくる。

 しかしそれに棘はなく、強張っているはずなのに私の心をゆっくりと温めていった。

 どんどん鼓動が速まる。

 平然と構えていた顔まで火照って、自然と口角が上がってしまう。


「なんだ、ちゃんと言えるじゃん」


 そう言って私は照れ隠しで彼の緊張しきった頬をつねった。

 彼の頬は熱かった。

 きっと私の頬も同じくらい熱いんだろうな。

 つねられた彼の変な顔に笑っていると、彼が下手になった滑舌で私に問うた。


「返事は?」


 ここで首を振ってしまえば、私の願いは一生叶わなくなる。

 彼の笑顔が隣にない人生なんて嫌だ。

 私の返事はもう1ヶ月前から決まっていた。

 彼の頬から手を離して、私は彼の笑顔に負けないくらい笑った。


「はい」


 私が返事をすると、彼は安心しきった笑顔で長く息を吐いた。

 これで私と彼はもう、単なる幼馴染みではない。

 店を後にした私たちは、そのことを確認するかのように彼の部屋へ行った。

 そして、今までにないくらいに互いを愛し、互いを求めた。

 こんなに幸せを感じられるなら、もっと早く想いを伝えていればよかった。

 私は彼と過ごす特別な時間の中に、ほんの小さな後悔を覚えていた。

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Day of Valentine and White 千ヶ谷結城 @Summer_Snow_

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