エンディング
「久しぶりだね、ユウタ」
幽霊屋敷の庭にある、お墓の前にしゃがむなり、瀧聲はそう言った。
「君と最後に遊んだ日から十数年経った。時間が経つのは早いね」
そう言って、風化したぬいぐるみに手を伸ばす。
「時間は残酷だ。止まってくれない。戻ってくれない。……どんなに願ったって、あの日には帰れない」
汚れたぬいぐるみを撫でる瀧聲。
「ユウタがこの世のものじゃないってプリクラに写ってなかった段階で――いや、電車で会った時に気づくべきだった。あんな夜中に、君みたいな子供がいたら普通、声をかけるはずだ。なのに、君は誰からも声をかけられなかった。それは誰にも見えなかったから。……君が、幽霊だったから」
後半呟くように言うと、視線を落としたまま続ける。
「幽霊も妖怪と同じ。通常は見えないけど自ら関わりを持ったり、ぶつかられたりして触れられれば相手にも認識される。ユウタがお菓子を買えたり、集団に目をつけられたのはそういうわけだ。」
ぬいぐるみを撫でた部分がボロボロ崩れ、中から綿が出てくる。
「君の心残りは友達ができなかったこと、そして誰かと一緒に遊べなかったこと。そんな寂しさとも言うべき無念がこの世界に留まる要因になった。君が幽霊としてさまよった本当の理由は、ただ単に寂しくて友達が作りたかっただけじゃなく、永久にずっと傍にいてくれる人を探していた――つまり誰かを道連れにしようとしていたからだろ」
綿を丁寧に詰め直す瀧聲。
しかしぬいぐるみの中に違和感を感じ、それを取り出してみる。
ぬいぐるみの中にはいっていたのは、小さなナイフだった。
「……最初、君はこのナイフで刺して僕を道連れにしようとした。最期まで独りだった寂しさ以外に、死んだ悔しさと恨みもあったのかもしれない。孤独を分かってほしい気持ちもあったのかもしれない。でも、途中で気が変わって道連れにするのを止めた。それがどうしてなのかは分からない。けど……」
手を止めると傍に咲いていた花を指さす。
「これがユウタの『答え』なんだよね、きっと」
瀧聲が指したのは、以前彼がユウタのお墓に手向けたものと同じ花だった。
見れば、庭一面が花で埋め尽くされている。
「マリーゴールド。花言葉は『生きる』。アヤメが言ってた花だ」
瀧聲は花を一輪摘むと、綿が出ている部分に差し込んだ。
「前は土がむき出しの庭だったのに花畑ができてるなんてね……。最近噂になってる『変な匂い』の正体はマリーゴールド独特の香りだ」
瀧聲は花畑を見回すと、再び口を開く。
「最近匂いが噂になったってことは、花畑が出現したのも最近ってことだ。自然に生えたとは考えられない。でも、幽霊屋敷に花を植えにくる人がいるとも思えない。誰も立ち入らない幽霊屋敷に突然現れた花畑――犯人はユウタでしょ」
その瞬間、風がないのに花畑がザワリと揺れた。
まるで「そうだよ」とでも言うように――
瀧聲は花畑を見て満足そうに頷くと、お墓に向き直る。
「道連れにするのを止めたのは、僕に生きてほしいからだったのかな。友達だからこそ道連れにできなかった、刺せなかったのかな。こればかりは推理できない、ただの憶測だ。……でもね……」
いったん言葉を切る瀧聲。
その肩がほんの少し震えている。
「置いていかれたほうのことも考えてよ。かつての友人にも置いていかれ、そして君までいなくなって……それってあんまりじゃないか……」
うなだれて、ぬいぐるみを抱きしめる瀧聲。
しばらくすると、抱えていたぬいぐるみをそっとお墓の前に戻した。
雨が降っているわけでもないのに、ぬいぐるみが濡れている。
黙ってお墓とぬいぐるみを見つめていた瀧聲は、再び口をひらく。
「分かってる。これ以上ここでこんなことしててもしょうがないって……。前に進まなきゃいけない、後ろは向いていられない……」
そう呟くと今度は耳にそっと手をやった。
耳には、ユウタのクリスマスプレゼントであるオレンジのヘッドフォンがはめられている。
「これ、大事に使わせてもらってるよ。ヘッドフォンっていって、耳当ての進化系なのか暖かいだけじゃなくて音楽も聴けるんだ」
耳当てとヘッドフォンの区別がついていない瀧聲。
残念なことに、周囲に訂正してくれる人は誰もいない。
「僕は、周りの音を聞くのが嫌いだった。時代に置いていかれてるって、自分は独りなんだって目をつぶってても分かるから……。でも今は、ヘッドフォンのおかげで周囲の音をほとんど聞かずにすんでる。時代を感じなくてすむ……」
ヘッドフォンから手を放すと、再びお墓を見つめる。
「僕も君と同じ、独りで行くあてもなくて毎日さまよっている。消えてしまいたい、いっそ君やかつての友人のもとに行きたいとさえ思う。でも……」
言葉を切る瀧聲。
冷たい夜風がマフラーをはためかせる。
「このヘッドフォンがあるかぎり、僕はきっと独りでも孤独じゃない。ねぇ、そこで見ててよ。君に託されたとおり『生きて』みるからさ」
ほんの少し微笑んだ瀧聲は「それじゃあ」と言うとユウタのお墓に背を向けて歩き出す。
闇夜に溶けるようにして消えた彼の背を、マリーゴールドの花が静かに揺れながら見送っていた。
――Fin――
アンノーン・ロンリネス 有里 ソルト @saltyflower
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