十数年後の夜話会ー2

「ずっと昔、その屋敷で悲惨な事件が起きた。被害者は屋敷に住む3人――夫婦とその息子だ」


指を3本立てるアヤメ。



「普段夫婦は仕事で全く帰ってこず、息子が一人で屋敷に住んでいたという。事件発生日に家族が全員揃っていたのは、その日が息子の誕生日だったかららしい」


「……ユウタの誕生日……」


呟いて考え込む瀧聲の様子に、首を捻りつつもアヤメは話を進める。


「凶器はナイフ。現場は目を覆いたくなるほどの惨劇だったそうだ。当たり前だが、生存者はゼロ。考えられるのは財産を狙ったものだろうが、元々他人と交流のなかった家族故に容疑者が挙がらず、事件は未解決のまま迷宮入りになっている」



「迷宮入り……一番聞きたくない言葉だ」


悲しそうにゆるりと首を振る瀧聲。

その様子を見たアヤメが釘をさす。



「言っておくが、今から事件を解決しようってのは無理だぞ。なんせ100年も前の話だ。当時の様子を知る手がかりはもうない」


アヤメの言葉に瀧聲が食い下がる。


「……じゃあアヤメの時間を超える力を使うのは?」


「それはなおさら無理だな。俺の力は歴史を変えるために使うものではないんだ。……定められた運命は変えられない」



冷淡にそっけなく言ったアヤメは、黙って拳を握りしめる瀧聲を一瞥すると話を元に戻す。


「その事件以降、たびたびあの屋敷で子供の声が聞こえるようになった。『寂しい、誰か……』ってね。付近に住む者はそれを屋敷に住んでいた息子の幽霊だと噂するようになり、誰も怖がって近づかなくなった。……俺が知ることはそれぐらいかねぇ」


「……一つ聞いていいか?」


アヤメの話を受けて瀧聲が指を1本伸ばす。



「その当時の現場について教えてほしい。家族3人、どういう状況で見つかったんだ?」


「見つかった状況?たしか物置の中、クローゼットの中、庭の木の陰...で血を流して倒れていたって話だったが。」


「傍に引きずったような跡は?」


いつになくきつく質問攻めする瀧聲に、アヤメは少し圧倒されながらも首を振る。



「知るか。俺は噂を聞いただけであって現場にいたわけじゃないんだ。……ただ3人が倒れていた場所以外に血痕はなかったという話は聞いたぞ」


「血痕がなかったということは亡骸を移動させていない、つまりその場で刺したってことか……」


瀧聲の呟きにアヤメが肩をすくめる。


「まぁ警察の調べでも血痕を拭き取ったような跡は見つかってないようだし可能性はあるな。……だがそれはおかしくないか?3人は、どうして物置やクローゼットの中なんて妙な場所にいたんだ?」




「……かくれんぼ」



「……はい?」


わけが分からんと首を傾げるアヤメに、瀧聲は繰り返し呟く。



「かくれんぼさ……きっと」


年に1度だけ両親が帰ってくる特別な日。

あれだけ寂しがっていたユウタが、両親に遊びをせがむ姿は容易に想像がつく。

もし事件発生時にかくれんぼをしていたなら、クローゼットや物置の中にいたのも説明がつくだろう。


――ユウタは、かくれんぼで見つけてもらえなかったのが心残りって言ってた。見つけてもらう前に、ナイフを持った本物の『鬼』に見つかったんだ……。最後にかくれんぼを選んだのは……きっと本当の意味で『見つけて』ほしかったから……。


かくれんぼの意味にようやく気づき、思わずギュッとマフラーを握り締める瀧聲。

静かにその様子を見つめていたアヤメが口を開く。



「……そんなに気になるなら行ってみたらどうだ?」


「行く?……幽霊屋敷に?」



頷くアヤメ。


「どうしてお前さんが幽霊屋敷と昔の事件を気にするのか、俺には分からないし聞こうとも思わん。気にかかるなら行ってみればいい。……最近は、屋敷から変な匂いがするって噂もたってることだしな」



「変な匂い?どういうこと?」


首を傾げた瀧聲に肩をすくめるアヤメ。



「さてね?気にかかるなら、自分の目で確かめてみろってさっき言っただろう。行動しないと見えてこないこともあるものさ」


そう言うと「じゃあな」と手をあげ、背を向けると歩き出した。

しかし途中でその歩みを止め、顔だけ瀧聲に向ける。




「そうだ、お前さんに一つ教えておくよ。マリーゴールドの花言葉は『生きる』だ」




そう薄く笑ったアヤメは、意味深な言葉を残して風の中に消えていった。

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