第3話  いなくなったあの人・・・。



タクシードライバーは、心霊体験をしたことがある

という印象を持つ人も多いかもしれない。


僕は経験が無いが

実際に起こることはある。


それが、身震いのするものなのか

はたまた

心霊体験の実感のないものなのか。


それも人によって形は変わる。


これはあくまで、


ぼくが聞いた、はなしです。



タクシーの仕事をする前、僕は夢を追いかけながら

当てもなく日々を過ごす世間を知らない若造だった。


ある時、知人から

「仙台で仕事があるからそれに付いてきてくれないか」

とお願いされ


時間を持て余す僕は知人の仙台の仕事に付いていくことにした。


仙台といえば、東北。

そう、あの東日本大震災のあった東北地方に初めて行くことになった。


既に震災からは5年が経っており、直後のような状況では全くなかったが

一度は行くべきである、見るべきであるという思いでいた僕にとって


いい機会となった。


仕事の前日に現地入りし、打ち合わせや流れを把握し

夜には現地の方や一緒に仕事をする方と少しお酒を飲む時間が出来た。


そこでは、盛り上がる話や下ネタ、それぞれの仕事の話もあったが

その中で、僕の中に強く印象に残る話を聞いた。



東京の人(以後、東)「やっぱり、仙台も東日本大震災の影響は受けたの?」

現地の人(以後、現)「揺れは大きかったし、海沿いの地域は津波もあったしそれなりに」


自分達だけの被害という表し方をしたくないのか、

少々控えめに話した。


現「みんなが今日泊まるホテルの地域も津波が来てて被害結構あった場所だよ」

東「そうなんだ、海には近い地域だもんね」


現「その地域は、結構その時に亡くなった人たちを見る事もあるって聞くよ」

東「それは、地震の被害によって亡くなった人がいるってこと?」


やっぱり、そういう話はあるものなのかと

一瞬怖さを感じながらも話に清聴する。


現「そうだね」

東「自分が亡くなったってことは気づいてなくて戻ってくるんだ」

現「そうだと思う。よくタクシーの運転手は乗せるって有名だよ」

東「乗せるってことは、普通に見えるの?」


現地の人は、あくまで事実の話として

ふざけることもなく、怖がらせることもなく話を続ける。


現「普通に道に立ってて、手を挙げて乗ってくるんだって」

東「うん」

現「それで、目的地が少し内陸の住宅地を言われてそこまでは普通に会話しながら送

  っていくみたい」

東「へー」

現「それで、目的地に着いて人の気配を全く感じなくなったな~と思って

  後ろ向いたらその時にはいない」

東「えっ」

現「普通は驚くことなんだけど、タクシーの運転手は何回も同じような体験をするか

  ら、あ、きっと今回も戻りたくて出てきたのかな~って特に驚かないみたいよ」


東「それもやっぱり、自分が亡くなってしまったことに気づいてはいなくて普通に家

  に帰ろうとしてるのかな」

現「そうなんじゃないかな、だからみんなも見る事あるかもね」


普通の飲み会の場が少し重い空気になったところで

現地の人は冗談気味に場を和ませた。



結局その夜、特に何も見る事はなかったが、

今でもその時の話は印象深く残っている。


これはタクシーの話というより

震災によって予想もしない被害に遭われた方が沢山いることを実感させてくれる

話になった。



きっと、今この瞬間にも

家に帰っている途中の人、

家でゆっくりくつろいでいる人、

言われた仕事を特に頑張ることもなく

毎日をただなんの目的もなく過ごしている人、

自分の状況に不満しか持てない人、


それぞれの置かれている立場や環境は違えど

この瞬間に生き、帰る場所がある喜びを忘れている人が多くいると思う。


これはなにより、自分自身が改めて

当然のように過ごしている、明日が来るという日常を

当然として過ごさず、月曜から日曜までの中の1日と思わず、

その瞬間しかない時間を良いものに変えていくという意識を持つ

一つの契機にしていきたいと思う。



                      終わり






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タクシーで出会ったお客様たち。 ヨナシロ @taxK

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