第2話 口説きし者と口説かれし者2/2


最終ラウンドはすぐに始まった。




女『あのお店美味しかったね~。』


男『でしょ~!あそこはマジで旨いんだよ。』



同じ方向であるにも関わらず、雨の中あれだけ一緒のタクシーに乗ることを拒んでいた女の方から話し始めた。


断る言葉といい、運転手への礼儀正しい行き先の伝え方といい、

発せられる言葉に人の好さが溢れ出ている。


そんな優しさに、男も惚れているのか諦める様子はない。



男『それで、あそこさ、知り合いがやってるんだけど』

女『あっ、そうなんだ!』

男『そう、前は他の場所で料理人やっててさ、そこも旨かった』

女『へー、じゃあやっぱ腕がいいんだね』

男『同じ六本木で○○ってお店なんだけど』

女『え、行ったことある!そこも美味しかった!』

男『あるの?そうなんだ、そこも旨いんだよね~』

女『今日のお店も美味しかったね~』

男『美味しかったね~』



特に意味のない会話が、フロントガラスのに当たり続ける小さな雨粒とともに続く。


一つのやり取りを終えて、赤信号を待つように同じ空白の時間が流れる。

信号が青になり、アクセルを踏みだしてから男は再び話始めた。


男『えっと~、明日仕事だっけ?』

女『そう、あんまり寝る時間ないかな』

男『そうなんだ、どれくらい?』

女『3時間ぐらいかな、』


時刻は深夜3時前。


男『え、短いじゃん』

女『そう、昨日もほとんど寝てないから今日は寝ないと明日持たない。』

男『え~、大変だね』

女『うん。まぁ~』


女は、明らかに嘘でもない、でも本当かもわからないラインで帰りたいことを伝える。

口調も丁寧で、その場を逃れるためのようには聞こえない。


男『家行ってもいい?』

女『それは無理、昨日も寝てないから』

男『実際仕事何時からなの?』

女『10時』

男『結構大丈夫じゃない?』


次第に男は直接的な言葉になっていく。

相変わらず女は優しいのか仕事の時間も微妙に早くない時間で答える。


女『いや、でも結構寝る時間ないから』

男『大丈夫でしょ』

女『いや、無理』


男はこれといった決まり文句はなく言葉を投げ続ける。

女も口調が強くなってきた。


次第に空気は変わっていく車内。


というより、明らかに「無理です」と伝えているのは最初から変わらない。

それでも挑み続ける男は勇者だと呼ぶべきなのか。


そしてタクシーは目的地も見渡せる距離の一直線の道を走る。

タイムリミットはもう間近。


女『運転手さん、あそこの二つ目の信号の手前で大丈夫です。』

自『かしこまりました。』


運転手はあくまでいないものとして過ごすしかない。


男『もう、着くの?』

女『そろそろ』

男『行っていい?』

女『いや、ダメ』

男『お願い』

女『いやいや、』


とうとう男は「お願い」という言葉を口にした。


自『(もう少しカッコいい言葉は言えないのかな。)』


責める訳ではないが、男の不器用さに運転しながら恥ずかしくなってくる。

車内に張り詰める緊張も同時に襲ってきて居た堪れない。


最終ラウンドは、男がパンチを打つものの全て空振りだけで終わるのか。



男『・・・。』

女『・・・。』



その後の言葉はなく、目的地まで到着した。


自『お客様、このあたりで宜しいでしょうか?』

女『はい、大丈夫です。』


女は財布を取り出そうとカバンの中を探る。


男『いや、いい』

女『大丈夫』

男『いや、いいから』

女『ほんとに?』

男『いいよ』

女『ありがとう』


男は、悲壮感漂いながらも最後は男らしく振舞う。


自『ありがとうございました。』


バタン!!

扉が閉まる音がいつにもまして大きく聞こえる。



自『・・・。』

男『・・・っはぁ~~~。』


男の魂が抜けるようなため息が車内に響き渡り、その魂には悲痛な叫びが聞こえる気がした。


そして、試練はここから。

この時間を共に過ごさなければならないが、なにより

男の目的地は聞いていない。

しかし口を開こうにも言葉を出すことが出来ない。


ただ、動き出さねばならない。

慎重に慎重に口を開く。


自『・・・ホきゃくさま~、次はどちらへ参りますか?』

男『泉岳寺のほうにお願いします』


出そうにも出ない声、

そして慎重に慎重に出そうとした結果、お客様のオがホに変わっていたことは

きっと男は気づいていない。


面白い出会いといえども、タクシードライバーも楽じゃない。


次の目的地へ向かうが、心なしか信号が意地悪をするように感じる。

1台2台いるかの道路を何度も赤信号で止まらされ、

いつもより長く待たされるようにも感じる。


深夜で車がいない分アクセルを強めに踏むがそれでもなかなか着かない。


そう考えているうちに男は眠っていた。

そこから気が楽になったのか時間はあっという間に過ぎた。


自『お客様~、まもなく目的地です。』

男『・・あっ!はい!じゃあ、あの見えてる信号を越えたところで。』

自『かしこまりました!』


男は何も無かったかのように起き、酔いが覚めたように元気に声を出した。

つられて返事も大きくなる。


お支払いを済ませ、降りるとき

今日出会って一番の元気な声で降りて行った。


自『ありがとうございました。』

男『ありがとうございましたっ!』



降りて信号待ちをしている立ち姿はどこか切ない。


自『(男はいつの時代も女に挑み、フられ、強くなっていくのかな~)』


そんなことを思いながらタクシーを走らせるが、

もう会社に帰らなければならない時間。


自『ゲッッ!結構時間やばい。』


そうやって、いつもと変わらない日常へ戻っていく。



さて、明日はどんな出会いがあるのだろう。








                             おわり









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