タクシーで出会ったお客様たち。

ヨナシロ

第1話 口説きし者と口説かれし者1/2


「あれ、日本じゃないみたい。」


初めてそこを歩く人は、そう感じてもおかしくないほど

東京・六本木の夜は変わる。


そんな六本木は、タクシードライバーにとって嬉しいお客を拾える街の一つ。


ただ最近、六本木でいいお客さんを拾えていない。


今日も賑やかで、肌の色やお化粧の濃さ、露出度に違いのある人々を横目に

六本木交差点に近づくにつれて電波の悪くなるAMを聞きながら

少しの期待と少しの諦めを胸に引っさげ走っていた。


六本木交差点を左折した先に、

乗るかもしれない多くの人々とその多くに避けられることで際立つ抱き合う男女。


人は多くても、タクシードライバーの仕事をしていれば乗るか乗らないかは大抵わかる。


俺「(乗る人はいないな。)」


そう判断してアクセルペダルに足をかけたとき、

抱き合う二人の男の目線がこっちに向き、左手を女の背中から外し

力なく上げた手で呼び止めてきた。


俺「(これは、近いな。)」


一日に40組も50組も乗せていたら、

服装、年齢、雰囲気で80%くらいは予想は当たる。


とは言え、全ては乗せてみないと分からない結果論。


特に期待はしてないが一方通行で後ろを詰まらせながらその男女の前に止まった。


同じタイミングでフロントガラスには1ミリほどの雨粒が見え始める。


扉を開けると、


男『行こう、一緒に帰ろう』

女『大丈夫、近いから歩いて帰れる。』

男『ほんと?そんな近いの?』

女『うん。大丈夫。』

男『いやでも、ほら、雨降ってきてるから』

女『大丈夫。』


決まり文句はなく、とにかくタクシーに乗せ一緒に帰りたがる男。

言葉に優しさは残しつつも拒否を続ける女。


『ピピーッ!』


バックミラーには空車のタクシー。

空車で、お客さんを乗せたくてたまらない余裕のないタクシーはよくクラクションを鳴らす。


男『あっ、ごめんなさい、ほらっ、早く。』


乗せるか、乗せれないかの攻防で急に横からわき腹を突かれるように鳴った後ろのタクシーからのクラクションを

瞬時に自分の味方に変えて女を急かす男。


女『いい。大丈夫。ほら、早く乗らないと。』


味方のはずのクラクションは、音さえ無いものの

カウンターで返ってきた。

早く乗らなければならないことはきっと男もわかっている。


『ピッ!』


そして再び男のわき腹を突くクラクション。


女『邪魔になるよ。』


攻防の末、的確に急所に命中させるように放たれた女の一言と、

後続のタクシーの詰まり具合に

もうこれ以上は無理と感じたのか、

タクシーに乗り込む男。


男『運転手さん、すみません。あの娘と同じ方向に同じくらいのスピードで走ってください』


俺『かしこまりました。一応一方通行なので方角によっては』


その場から動かないと後ろの邪魔になる状況から、

行き先なんかどうでもよく、返事より先に走り出した。


返事なんかは聞く耳を持たず、後部右側の窓を開けて女に話し出す男。


俺『(必死だな~。)』


こんな出会いもタクシーは楽しいもの。


男は酔っていて、少し行き先を伝えただけで運転席に酒臭さは漂ってくる。

そんな男の必死さに味方をするのか、雨脚は次第に強くなり目視で確認出来るほどになってきた。


男『雨強くなってきたじゃん。』

女『・・・。』


歩きながら上着のフードを被る女。


男『行く方向あっちでしょ?』

女『そう。』

男『同じ方向じゃん、雨も強くなってきたし乗って』

女『いい、大丈夫。』


男『運転手さん、ごめんなさいね。とりあえずこの後は、んー』


こういう状況でも、運転手に気を遣う優しさはある。


男『ほら、早く乗って』

女『大丈夫。』

男『大丈夫じゃないから』

女『いい。』


進展することのない会話と、女の歩くスピードに合わせることで進まないタクシー。

そのやりとりの甲斐あってか、ちょうど信号で止まる。


男『ちょっとすみません、運転手さん、開けてもらってもいいですか?』

自『かしこまりました。』


チャンスと捉えた男は一気に畳み掛ける。


男『ほら、いま信号赤だから、乗って』

女『・・・。』

男『雨濡れるよ』

女『・・・。』


懲りてタクシーに寄って来る女。

さすがに、歩くには少し強い雨はそのわずか強さで男の背中を押す。


男『同じ方向でしょ?向こうでしょ?』

女『そう。』

男『だったら、乗りな、雨も強くなってきてるし』


もう対面している通りの信号は右折矢印が消え、黄色になっている。


男『ほらっ、はやくっ』

女『・・・。』


女は面倒くさそうに乗ってきて、丁寧な口調で行き先を告げてきた。


女『運転手さん、すみません、赤羽橋方面にお願いします。』

俺『かしこまりました。』


行き先を告げられるのと同時に信号は青に変わり、またも後ろの車に邪魔にならないようにと

目的地の近さにガッカリする時間も、どこだっけと一瞬の迷いを持つ時間もなく返事より先に走り出した。



俺「(近いな~。)」


そう心の中では考えるものの、

こればっかりはしょうがない。



酔っていてもタクシー運転手に気を使える案外優しい男。

一緒のタクシーで帰ることは嫌でもそれを伝える言葉に優しさが出る女。


これからの最終ラウンドの攻防がどうなるかが気になってしょうがない運転手。



最終ラウンドは30秒と待たず始まる。




女『あのお店美味しかったね~。』

男『でしょ~!あそこはマジで旨いんだよ。』



最初の一言は女の方からだった。






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