第二話
シェルターを後にして一月。
空からは黒い粉塵にまみれた雨が降り注ぎ、大地を黒く染め上げる。長雨に紛れ、私たちは車をひたすら走らせた。核兵器が舞い上げた粉塵は未だに天空を漂い、陽光を遮り続ける。雨天に視界が閉ざされ低速のまま移動することも多かったが、誰かに見つかる危険も少ないというメリットもあった。
GPSは全く機能しない。恐らくは大気圏外でも核が使用されたのだろう。幾つかクレーターらしき円錐形の窪みを見つけたのだが、兄は宇宙ステーションの落下跡ではないかと推測していた。いずれにせよ人工衛星が機能喪失している以上、車に内蔵されたナビゲーションシステムが頼りだった。路面状況による誤差があるものの、走行記録から自動的に距離や方向を算出してくれる。お陰で凡その位置を把握することができた。
暴徒らへの警戒もあって、二人は可能な限り人目につかない時間や位置を狙って移動した。略奪者がどこにいるか分からないとあっては、薄明であっても日中に移動するのは控えなくてはならない。
移動はほぼ夜間に行い、昼日中は適当な砂丘や廃墟の陰に隠れ、ただ時間が過ぎるのを待った。ブレーキを踏む度に点灯する車のリアランプは夜間の移動に差し支えるという理由で、兄はその回線を切り点灯不能にした。昼でも気温が零度付近から上がることは少なく、防寒具を着て横になった。
こうして生きていくにも、当然車の燃料や食料、水その他の物資の確保が必要となる。私たちは夜間に車の照明を落として市街地に接近し、必要な物資を回収した。毎回ちょっとした物音にも息を潜め、じっと辺りの様子を窺って行動を再開する。赤外線カメラや暗視カメラで周囲を警戒しながら、まるで本当の泥棒のように振舞わなくてはならなかった。日々をそうして過ごすのは、大変に窮屈で神経を擦り減らすものだった。
その日はいつもと同じように、黒灰色の雲に覆われた空の隙間から弱々しい陽光が差し込んでいた。私と兄は交互に見張りをしながら睡眠を取っていたが、その時は私が先に寝ていた。
後部座席はスモークフィルムで陽光をほぼ完全にカットし、厚めのマットを敷いているため睡眠には支障をきたすことはなかった。アイマスクを付け気持ちよく微睡に入りかけた私は、急に肩を揺すられて目を覚ました。前席との境に設けた遮光カーテンを開いた兄が身を乗り出して言った。
「人がいる」
ドクン、と心臓が高鳴った。車の外に出て兄が指さした方向に双眼鏡を向ける。自動フォーカスによって結ばれた像は───。
スキンヘッドの男たちだった。
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