死亡フラグを折りませう

タカザ

フラグメント

 俺こと旗谷折人(はたや おりと)は、高校の仲良しメンバー五人とそのうちの一名の兄貴一人、合計六人のメンバーでキャンプと洒落こんでいた。

 その兄貴というのが現役大学生で、免許を持っているという理由で駆り出されていた。こうだけ書くとまるで「弟のために貴重な休日を潰してくれる優しいお兄さん」に思えるだろうが、助手席……そこに座るメンバーの一人・カナが発する甘ったるい猫なで声にすっかりメロメロになっているのが後部座席からでもありありとわかった。

 そう、彼はひと夏のアバンチュールを期待しているのである。


 なら、最初に死ぬのは奴らか。


 物騒なことを考えているのは、理由がある。

 俺の生来の趣味に『映画鑑賞』があって、その内容も……大きな声じゃあ言えないが、殺人鬼とか幽霊とか呪いとか、とにかく【血液・ハラワタ・断末魔】なシロモノだったりする。

 その趣味を続けて思春期に突入した、その副次効果かもしれない。

 俺には『死亡フラグ』が見えるようになっていた。

 俺の角膜を通して世界を見ると、そこかしこにでっかい旗がぶっ立っているのがわかるだろう。事実、前に座る彼らのつむじからはお子様ランチのような旗が一本ずつ立っているのだった。

 一般に広く知られる通り、ホッケーマスクをかぶった殺人鬼っちゅう人種は、蚊が二酸化炭素を探知して生き物を探すのと同じく、ブラジャーやパンツの下のサムシングから漏れる電波を受信して獲物を探すのだ。


 俺もバカではない。

 高校生がキャンプで、それも『コテージ』でひと夏を経験するのならば、そこに這い寄るおっかないナニカが必ずある。普通なら誘われたってノータイムで断りを入れる。


 でも……。

 だというのに参加したのは……。


「ねー、どうしたのはたっち。急に黙っちゃって」


 俺の隣に座り、駄菓子を齧っているリスのような少女。名をミリカといって、ついでに教えると俺の初恋の人である。まだ告白はしていない。


 彼女の頭には、お子様ランチのような旗が立っていた。


「お、こっちの道って近道じゃね?」


 兄貴さんが一言余計なことをほざき、ワンボックスカーは揺れる砂利道に喘ぎながら山道へと舵を切った。




 マイナスイオンたっぷりの森の中、そのコテージはあった。

 なんとか無事に到着して、キャンプ道具をめいめいに取り出して組み立てていく。俺もそれに倣い、飯盒窯の設置を急いだ。

 いつの間にか時間を忘れ、だがフラグのことは忘れずに、炊いたご飯にカレーをかけて焚火を囲んでいただきますと成る。


「カンパーイ!」


 兄貴さんを除いた俺たちはソフトドリンクで乾杯。

 だが大いに盛り上がって、星々を見ながらおいしいカレーに舌鼓を打った。

 兄貴さんはもう隠すこともなく、カナと腕を組んで語らっている。旗は変わらずに立ち、風に揺らめいていた。


 残るメンバーの中の二人。家が隣同士の幼馴染だという達也と芽衣子のコンビは、いつものようにバカなことを言い合いながら笑っている。彼らのつむじは綺麗だった。コメディリリーフは生き残るということだろう。ところで、兄貴さんは達也の兄であった。


 で、自然にあぶれる形となった俺とミリカの二人は、カレーの味の品評をしつつそれなりに穏やかに過ごす。だけど……。


「あ、蚊だ」


 ともっともな理由をつけつつ、彼女の頭の上に手をやる。しかし、手はフラグを突き抜けてしまう。これは、触ることができないのだ。


 ああ、どうしよう……。

 兄貴さんとカナがどうなっても俺はどーでもよかろうが、ミリカを失うのは本気で嫌なのである。


 この能力に気付いたのは、まだ一週間前のこと。

 テレビに出た、海外の犯罪者が脱獄したというニュース……。画面に大写しになったスキンヘッドの悪そうな男の頭には、旗。

 それの半日後、彼は警察官に銃殺されたのである。


『緊急ニュースです。〇〇県の▽×刑務所から、殺人容疑で収監中だった吉良容疑者が脱獄を……』


 そうそう、こんな感じだった。


 ……ゑ?


 誰が持ち込んだか、雰囲気を出すための携帯ラジオから、そんな内容のニュースが機械的な喋り方の女声で再生されている。


「えー、やだー怖ーい」

「マジかよ。この県じゃん」


 呑気なバカップルの声が、意識の外に聞こえていた。




 食事の片づけと花火、星空をバックの写真撮影が終わり、あとはもうどうしようもない、完全に運否天賦なイベントが始まる。


「んじゃ、みんなお楽しみのくじ引き始めまーす」


 兄貴さんが手の中に割りばしを突っ込み、俺たちの眼前に差し出した。

 コテージは贅沢に三部屋借りていて、くじ引きで定まったチームで寝泊まりをする。つまり、ミリカを守るためには、同じ色を引かねばならない。

 先立つメンバーが一本ずつ引いていき、ついに俺。

 ええいままよ! と天に祈りながらくじを引くと、割りばしの先は赤色だった。


「あ、私も赤だ。へへー……」


 照れた顔を浮かべるミリカの手には、赤いくじが握られている。


「よっしゃああああ!」


 これでミリカを死亡フラグから守れる! とまでは、言わなかった。言ったところで「なんだこいつ、怖っ……」と思われるのは必然だから。


「大喜びだな、旗谷クン」


 にやにやしながら手のくじを見せびらかす。緑色は、カナと同じ。で、残る幼馴染コンビ。順当といえば順当だろう。出来すぎているくらいだ。俺は、くじを握っていた兄貴さんの腹の内を見たような気がした。


「さて、寝るか」


 その一言で一時は解散となり、己のコテージへと入っていく。

 俺の心臓は高鳴っていた。

 絶対に守ってみせる!

 そう決意しながら。




「ねえ、外に星でも見に行かない?」

「行かん」

「じゃあ、ちょっと散歩するだけでも」

「断る」


 俺はベッドの上に胡坐をかきながら、仁王の表情で全ての提案に首を横に振る。


「そ、そう……」


 残念そうな表情のミリカが胸に痛い。だけど、そうはいかないのだ。

 頑固な俺に根負けしたのか、彼女が寝る準備を進める。まだ旗は立っているが、俺が寝ずの番をすればそれでよろしいのだ。

 ふう。とひとまずの安堵の息を漏らすと、桃色の何かが俺の眼前に迫り、その意外な重たさにベッドに寝かされる形となった。


「な……」


 俺の目の前で、ミリカが潤んだ瞳を見せながら、桃色の寝間着を緩めている。

 俺は、押し倒されたのであった。


「じゃあ、これは?」


 『これ』が何を指すのか、わからないほど馬鹿垂れではない。

 だからこそ、俺は背筋を凍らせた。

 先ほども書いたが、殺人鬼というのはそういう逢瀬が大好物である。これはホラーを好む、特に撮影する側に回るほどに熱愛する人間が、往々にして学生時代はあんまりモテてなかったらしいことに起因するのだがそれはどうだっていい。


「ダメだ!」


 だから俺は、迫る彼女の肢体を押し返した。視界の片隅で、潤んだ瞳が寂しそうな色を浮かべるのを認めた。


「そう……だよね。ごめんね」


 リスのように小さな体が、今日はことさら縮こまっていた。




 なんだか気まずい沈黙の支配する部屋の中、ちらりと盗み見ると、ミリカのフラグはつまようじくらいにまで小さくなっていた。


「ねえ、テレビつけてもいい?」

「ああ」


 真っ黒だった画面に光が宿り、ニュース番組を映し出す。とりわけ見たいかというと、そうでもない。ただ、沈黙を打ち消すBGMならなんでもよかったのだろう。


「ねえ。私、ね? ホントはすっごく、このキャンプを楽しみにしてたの」


 彼女の告白。だが俺は、聞こえない振りをする。

 テレビは流す。引ったくりがあった、どこぞの政治家が変なこと言った、スポーツ選手が活躍した。


「いつからだろうね、好きになっちゃった人がいてね。そんな人と一緒にキャンプができる夏ってさ、すごいことだと思わない?」


 俺は画面だけを見つめる。犬がかわいい。この店が美味い。緊急ニュース。脱獄囚が捕まった。




 ……ん?


 ギシリと音がするのは、俺が乗っているベッドだ。驚愕に身じろぎして、それをスプリングが拾ったようだ。

 それに釣られたミリカが、テレビ画面を注視する。そのとき丁度、脱獄囚の素性についての追加コメントが流れていた。


「脱獄かぁ。悪いこと、だけどさ。先週も、どっかの国の人が逃げちゃったの覚えてる?」

「……ああ」


 忘れるわけがない。俺の能力を見出す切っ掛けとなったのだから。


「すごいよね、その人……。悪い人のことをそう言っちゃホントはダメなんだけど、すっごく好きな人が娑婆にいるっていう理由だけで脱獄しちゃうんだもん。再会を果たして、でも、その後……」


 待て待て待て。

 俺知らねえぞそんな顛末。

 ああそうか、あの日テレビニュース見てたのも家族が見てたのを流し見した偶然で、普段はホラー映画しか見ねえしな、俺。


「ちょ、ちょっとタンマ!」


 なにに対するタンマなのかは置いといて、そう宣言してスマホを取り出す。

 普段はまったく興味のない、芸能人ゴシップの記事を検索し、開く。

 最近結婚しただとか、不倫しただとか。

 下衆な感じのコメントが踊る記事に挿入された写真。

 映る芸能人たち全てに……お子様ランチのような旗が立っていた。


「あーあ、キャンプ。終わっちゃったなぁ」


 そう呟く彼女の旗がどんどん小さくなって……。

 これってもしかして、死亡フラグじゃ、ない?


「こういうさ。キャンプとか文化祭とか夏休みとかクリスマスとか、恋人がいっぱいできるじゃない?」


 スマホの画面を落とす。

 暗転した液晶が鏡となって、俺の顔を映し出した。

 間抜けな頭のつむじには、ちっちゃい旗が確かにあった。


「そういうのってほら、よく言うじゃん。『恋愛フラグ』って」


「ミリカァアアアアアア!!!」

「ひゃいっ!」


 我ながらデカい声が出た。でも仕方ない。こんなバカな勘違いで無為にしてたまるか!


「星、見に行くぞ! あと散歩も!」

「え、え。どしたの急に」


 もう豆粒ほどになっていたフラグが、縮小をその場で停止する。だが、そのまま停止したのはまだ懐疑が心の中に生きているからだろうがそうはさせねえ!


「すいまっせんでしたぁ!」


 ショートしそうな俺の思考が選択したのは、土下座であった。見えるのはコテージの床だけで、彼女の顔は見えない。見るのが怖かったが、もう止まることはできなかった。


「本当は、俺もミリカのこと大好きでした! マジです! 体育祭の二人三脚でコンビを組んで話すようになって以来、どんどん惹かれてもうマジで好きです! お菓子が好きなところも、食べるのがリスっぽいところも、星が好きなところも全部好きです!」


 魂の全てを吐き出して面を上げる。

 ミリカの顔は、茹でだこのように真っ赤に染まっていて……。


「……あっはははは!」


 と笑ったかと思いきや、つむじから生えるように、旗が、立った。


「なによ、もぉ……そうならそうと、早く言えばいいのに」

「すんません。照れてました。メンドクサイ男でごめんなさい」


 平謝りする俺の手を、ミリカの小さな、でも温かい手が握った。


 星は綺麗かな。

 

 ふと、そう思った。




 翌朝、外に出ると爽やかな風とともに、森が俺を祝福しているみたいに優しい太陽光を浴びせてきた。空が高い。見える世界全部が澄んでいるように見える。

 ミリカはそういうのも覚悟していたらしく、バッチリ準備してきていた。おかげで殻を破り、一皮剥けた気がする。新たな知見は、女性は怖い。映像の向こうの殺人鬼よりも。そんな感じ。


「おーはよっ」


 ミリカが後ろから肩を叩く。見やれば、他のメンバーも朝日を浴びに外に出ていた。

 兄貴さんとカナのカップルは、相変わらず旗が立っている。頭はスイカみたいに割れてないし、足もついてる。やっぱり、死亡フラグじゃなかった。

 ところで、残る幼馴染の二人は、一ミリも旗が伸びていない。そういうものなのだろうか。複雑な現象である。


 そういえば、両親や、その辺を歩いている爺さん婆さん、中年の夫婦など、旗が立っているのを見なかった。まあ、インドアで映画ばかり見ていたからサンプル数は少ないんだけど。


「愛って、複雑だな」

「そうかな」


 笑うミリカのつむじから生える旗は、とても大きくて、力強く風にはためいている。

 俺のつむじも、そんな感じだろう。


 なるべく長く、旗が立ったままで過ごしたい。


 そんなことを想っていた。

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