生きづらい

海百合 海月

夜を歩く

 


 夜闇のなかで光るひとみふたつ、わたしを惹いて、導く。夏の夜、昼間の暑さはどこへやら、涼に沈むしずかな夜だ。

 黒い毛なみは夜に溶け、ぴんと立ったしっぽがゆらり、揺れる。そのしっぽにただただついていく夜更けだった。気ままに進んでいくかれに置いて行かれないように、わたしは無心で歩みを進める。

 すこしの自由に胸が弾む、わたしとかれの夜行。

 もうどれくらい歩いただろう、空に浮かぶまんまるい月は、わたしたちを照らすだけで、時間は教えてくれない。ここがどこかもわからなくって、ひみつの散歩にちいさな罪悪感もおぼえる。

 けれどきょうは、気にしないことに決めている。せっかくかれの気まぐれなやさしさが、わたしの同行を許してくれたのだ。……ひとりでは、どこへも行けないわたしの不自由さを、かれはその軽やかな身ひとつで奪い去って、夜へ連れてきてくれた。

 闇に閉じ込められ、まちは無音だ。風の音もしない。虫の音も、やんでしまった。すっかり非現実、わたしは時間や場所など、現実のことを考えるのもやめることにした。



 ふとまわりを見渡すと、もうすっかり、見知らぬ土地。夜に佇むわたしの、影はない。

 ぴちゃぴちゃ、かれは水たまりにたまった水を美味しそうに飲んだ。満足げだ。それをみて、ああ、たしかに喉が渇いたなあとまわりを探すと、夜の隅で自動販売機が唸っていた。わたしはその労にひとつお辞儀して、ありがたくラムネをいただいた。

 ぷしゅり、満月のようにまんまるいエー玉を押し込んで、ひとくち。喉に鈍く刺さる炭酸が、身体じゅうにしみわたっていく。

 わたしは夜がすきだ。こんなふうに自由に夜行できなくったって、夜の隅になら、ひとりでいることを許されるから。ひとの話し声に笑わなくってもいいし、だれかの悪口に同調しなくってもいいし、食べなくってもだれも咎めないし、真面目でいなくったって馬鹿でいなくったってバレやしない。なにより夜闇は、まわりから、わたしを隠してくれる。


「にゃん、」


 こちらをみあげるエー玉ふたつ、まんまるくって、まっすぐで、夜が隠したわたしのことまで見透かされそうで、なんだかこわくって。


「連れてきてくれて、ありがとう」


 それでも、かれはわたしを、不自由に喘ぎ逃げるだけの夜から連れ出してくれた。

 ひとりでは知らないところへなんて行けない無力さと、かれの気ままなやさしさと、こんな夜更けに飲むラムネのとくべつな美味しさと……すこしの、罪悪感をかみしめて、わたしはそれからも、かれとふたり、夜を歩いた。

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