第5話 next?
「ただいまー」
玄関のドアを開け家に入ると、家の中はシンと静まり返っていた。
月の明かりが部屋を優しく照らしていた。
月の明かりに優しく照らされ、ぼんやりと浮かび上がる少女のシルエットが見えた。
絵里花だ。
俺は「遅くなってごめん」と声をかけようとした時、月の明かりに照らされたシルエットが揺れ動いた。
ぼんやりと滲む悲しみが、月明かりの鈍い青色と共に伝わってきた。
彼女は泣いていた──
その夜は絵里花の事をそっとしておく事にして、俺は寝床に入った。
絵里花も、決して楽な人生を送ってきた訳では無い。
そして本当のことも・・・まだ彼女には伝えていない。
でも、絵里花は偽りのキャラを演じてみんなの前では明るく振る舞い、場を和ませ、皆を笑わせる。
でもそれが一番辛いことって俺も知ってる。
何故絵里花が偽りのキャラだって見抜けたって?
・・・そんなの昔から絵里花の事を知ってるからに決まってるじゃないか。
"本当の事"って、そういう事さ。
▼
湿気っぽい空気と油の匂いのする倉庫に、白のV12スープラと鉄くずがあった。
鉄くずに腰かける華奢な美少女が、赤髪の美少女に問いかけた。
「へぇ・・・なるほど」
平賀姉妹だ。
美來の手には一本の注射器、そして前輪側だけジャッキアップされ修理中のZ32のトランクの中には、赤十字の描いてある怪しげな白いトランクケースがあった。
トランクケースの中身は・・・何やら怪しい液体の入った瓶や、様々な種類の注射器、そして怪しい薬が沢山入っていた。
「まぁ・・・俗に言う鎮痛剤ってやつね」
美來が注射器をトランクケースの中にしまう。
「・・・別に私が彼を毒殺しようとかそんな事は考えてないから、そこんとこよろしく」
美來は怪しげなトランクケースを閉めて、近くの古びた作業台の上に置いたマグカップを手に取り、それに口をつけた。
「あんたってホントバカね・・・」
ミカがそう零す、美來は軽く左に首を振った。
美來はマグカップを置き、「あんたも人の事言えないわよ」と捨て台詞を吐くと、倉庫の裏口から出て行ってしまった。
「・・・」
ミカは美來が置いていったマグカップを手に取ってみる。
「これって・・・」
マグカップの縁に、彼女の付けていた口紅の赤が何かを訴えかけるように、白のマグカップに色彩を与えていた。
▼
V12スープラと、それに腰をかける美來。
V12スープラの最終調整が終わり、実走してセッティングを煮詰めるために、美來は首都高へと車を走らせた。
本線と合流、まずは環状で足回りのセッティングを確かめる。
「っ!」
想像以上にピーキーな挙動に、ステアリングを握る美來の手が落ち着かない。
路面の轍の上を通過する度に左右に揺さぶられる。
緩い左コーナーがいつも以上に鋭く迫る感覚が美來を襲う。
──ブレーキング
※チョンブレ で姿勢を整え、200km/hクラスでコーナーに進入する。
しなるように前輪が沈み、車体が右に僅かに傾いた。
針の穴に糸を通すような繊細なアクセルワークで鋼の獣にムチを打つ。
そしてフェイントをかけるかのような少しキツめの右コーナーが美來を襲う。
──ステアリングを左に
前輪の接地感が一瞬無くなり、リアが暴れ出した。
慌ててカウンターを当てると、その強大なトルクでリアタイヤが悲鳴を上げ地面を焦がす。
──外へ膨らむッッ!!!
アクセルオフ、クラッチを切り、ステアリングを右に一瞬戻す。
右車線に散らかり、ハーフスピン、車体が二車線を塞ぐ形で止まった。
幸いにも深夜帯の交通量の少ない時間帯だったので、一般車両を巻き込まずに済んだが、これが交通量の多い時間だと考えるとゾッとした。
「・・・油断すると本当に死ぬわね、もう今日はこれ以上踏めそうにないわ」
セッティングは完璧だった、そう、完璧なはずなのに乗りこなせなかったのは、美來がスープラの走り方をまだ知らなかったから。
そう言うしかない。
──ほんと私って情けない、いっつも肝心なところでヘマをする。
遠い過去の記憶。
消えた笑顔。
独りぼっちのワタシ
差し伸べられなかった手
──私は一体何のために生きているの?
美來は鋼の獣をPAへと走らせた。
それは無意識なのか、それとも何か理由があってなのかは美來本人にも分からなかった。
────────────────────
「ついに動き出したのね・・・」
白のNSXのドライバーらしき人物がスマホをチェックしていた。
「面白そう・・・とても・・・手始めにあのFDのお兄さんからにしましょうかね」
白のNSX NA1 。
着物の少女は何か獲物を狙う目でどこか遠くを見つめていた。
いや、それとも──
「あのスープラにしましょうかね?」
200オーバーの戦場 200over's Sanctuary 忠犬ポテト @exhaust-Eve
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