第3話

2話→https://kakuyomu.jp/works/1177354054886654863/episodes/1177354054886654981


差し出された風船を私は素直に受け取る。

薄黄緑色の風船だ。

差し出してきた球体関節人形は縦縞の三角帽子をかぶった、背格好的に男性だろう。背には大きなゼンマイが刺さり、ゆっくりと回っている。銀色の髪の毛に、ガラス玉の青い目。

人形は私が風船を受け取ったのを確認すると心なしか満足そうに、踵を返してまた、かくかくとぎこちない動きをして帰っていった。

私とは違う見た目。

彼はきっと私とではないのだろう。

紐のついた風船はぷかぷかと浮いている。

この遊園地のロゴも何も書いていない薄黄緑色の風船。その風船は半透明の材質で、風船の奥には薄黄緑色の遊園地が広がっていた。

そして、薄黄緑色の空には明暗の違う雲が湧いたように転々と風に流されていた。

しかし、この空には太陽がない。

それが、この園内を薄暗くしている原因と思えるが、だからと言って、雲が空を覆いつくしているわけでもなく、湧いた雲が空を飾っていた。

その時、オルゴールの音とはまた別のねじをまく音のような、ジーという音が聞こえた。

音の発信源は薄黄緑色の建物の二階から、つまり、風船の先の建物についた、監視カメラ。それがズームをしている音だった。

気が付けばいたるところに監視カメラが付いている。

まぁ、テーマパークだから安全を配慮する必要があるのだろう。

しかし、カメラというものは人間の目によく似ている。

無数のカメラは視線として私を捉え、それが私に心地の悪さを覚えさせた。


「初めまして。貴女はですか?」


不意に正面からそう話しかけられた。

監視カメラから目を離し声のもとを見ると、それは、園内マップの上に取り付けられているスピーカーからだった。ここにきて初めて聞いたの声。

こんな不気味なところでもしっかり人がいると思うと少しだけ安心する。

その声は幼さの残る男の人の声で、私は不思議なその質問に率直に答えた。


「わからない。何だったら人間なのかわからないし、私が人間なのかもわからない。」


自分の声が耳に届く。

初めて聞いた自分の声。

スピーカーの声の人をバカにできないぐらい私の声も幼いことに気づく。

そういえば、私に向けられた質問だと思い、思わず答えてしまったが、このあたりにマイクはあるのだろうか。なければこの答えはスピーカーの向こうの彼には届かず、虚しい独り言になってしまう。

スピーカーからの返事は来ない。

無言の間。それをただただ鳴りやまないオルゴールが埋めてゆく。

考えてみたら、このオルゴールの音は何なのだろうか。

別に園内のBGMで構わないのだが、それにしては嫌にはっきり聞こえる。

オルゴールの音、そのほかの音

普通はどちらか音の大きいほうが小さいほうを喰ってしまうはずだ。なのに、このオルゴールの音だけは別物。

この音だけは脳内に直接かかっているようにも聞こえてくる。

返事が返ってくるまでそう、一人でぼーっと考えているが一向に返事が返ってこない。

これは待っているだけ無駄なのかもしれない。

監視カメラに目を戻すとそれは私を捉えたままだった。

まぁ、向こうはこっちのことを確認して話しかけてきたのだから、監視カメラで私のことを見ているのだろう。

ならば、移動しても問題ない。

私はショルダーバッグの紐を掴むと園内マップを避けて先へと進んだ。



たくさんのアトラクションのテントが並んでいる。

どこに行こう。

悩んでいると子供のような背丈と女の人と思えるの影が見えた。

近づいてみると、母親とみられる女性を二人の子供が引っ張り合っていた。


「コラ、喧嘩ハヤメナサイ!」


機械の声。

それらもまた、球体関節人形だった。

関節細かい一つ一つに糸がつけられそれらはすべて人形の上にある十字の棒に括り付けられ、浮いているそれが傾くと人形たちが動く。

とても人間らしく、それでいて人間でないのがたまらなく気持ち悪い。

それらは綱引きをするように母人形の腕を引っ張りあうとギシギシと歪む音が聞こえてきて、見ているこちらが壊れないかと不安になる。


「観覧車二行クノ!」


「イヤ!アッチ二行クノ!!」


子供人形のが“あっち”と言って一つのテントを指し示す。

途端、


―パン!


母人形から金属の部品がはじけ飛んだ。


-ガラガラガラ!


母人形の両腕が弾け飛び、母人形は勢い余って一周回ると後ろに倒れこんだ。

腕が取れた反動での子供人形は後ろに吹っ飛び、頭を強打して二つとも首が転げ落ちてしまった。


「アッ・・・行・・・ノ。」


最後に子供人形がノイズ交じりの声でそう言った。

指はテントを向いたまま。

それっきりは煙一つ出さず、微塵も動かなくなった。

なんと悍ましい。

いくら人ではないものでもこうも破壊されると気分のいいものではない。

子供人形は最後まで“あっち”と言っていた。

いったい何があるのか気になる。よし、行き先が決まった。

私は一度人形たちだったそのガラクタに手を合わせると人形が最後まで指さしていた方向へと向かった。


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行き当たりばったり 〜奇数話〜 なわ @kokesyan

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