行き当たりばったり ~偶数話~
雪城藍良
第2話 残された僕
一話目➝https://kakuyomu.jp/works/1177354054886651735/episodes/1177354054886651800
僕はここに行きついたのはいつだったか、もう覚えてはいない。
何故ここにいるのか、
何故ここから出られないのか、
僕の生きる意味は何なのか――
(……生きる意味?)
僕は鼻で嗤った。僕はこれで生きていると言えるのだろうか。
そもそも、何故ここから出られないのかはわかっているだろうに。
壊れ始めているのだろうか。
「オカアサン、オカアサン、ワタシ、アッチニイキタイナ!!」
「オネエチャン! マッテヨ! ワタシハカンランシャニノリタイノッ!」
人間に似ている容姿だといわれる、球体関節人形たちはそこらを行きかう。
僕の横を小さな人形が通りすぎた。
彼らは残された人間のデータを読み込んで真似をしているだけ。本物の人間など、地球には残っているかもわからない。
僕はもう滅んだのではないかと思っている。
紺色の空に花火が打ちあがる。錆びて古ぼけ廃れた遊園地でも、カラフルなライトに照らされ活気に満ちている。
……例えそれが彼ら球体関節人形自身の意思ではなく、プログラムされたものだとしても。
「オニイサン、オニイサン、フウセンハイカガ?」
「すみません。お断りしますね」
すると風船配りの人形はクルリと向きをかえてどこかに行ってしまった。
僕のように表情筋があるタイプではないというのに、目の光の調節で悲しげな表情や愛想笑いを表現するのだから不思議だ。
僕は活気に満ちる中央広場から離れるように薄暗がりの路地へと足を運んでいた。数歩歩いたところでガラスのショーケースの前を通りがかった。もともとは洋服を展示している場所だったらしいが、そこに光はない。
うすぼんやりとマネキンが浮かび上がるよりも鮮明に、僕の顔やにぎわう中央広場がそこには映っていた。
銀髪に薄黄緑色の目、人間の中では“ロシア人”という人種の顔立ちに
容姿だけでなく、そのほかの動作や質感でさえ僕を越えるようなものはいないだろう。
製造元が違うというくらいしか彼らとの違いはない。……と、僕は思う。
戦争の道具として使われた僕たちも、戦争していた人間が滅んでしまえば残されるのは機械たちのみ。
僕が生まれた時代では、既に人間は滅んでいるのに百年近く戦争し続けていた。
僕も漏れなく前線に立たされたわけだけれども、僕の居た大隊は僕以外全滅した。僕らの軍は敵の球体関節人形に比べて相当高性能でできていた。その中でも高性能の最新鋭の
旧モデルでさえ百対一でも無傷で勝てるような戦闘力をもつヒト型兵器で構成された大隊だったけれど、ぎりぎり任務を完了した後、脱出しようとしたときに別動隊に囮として使われていたことを知った。でも、気づいた時にはもう遅く、僕らは一万の球体関節人形に取り囲まれていた。
僕はぎりぎりのところで脱出した。しかしその行動は“戦線逃亡”という罪と見做され、僕は“処分対象”としてブラックノートに載ることが決定した。
その時点で僕は自分と味方の軍とのネットワークを分離し、追跡されないように改造した。
あの時の仲間には未だに誰一人として会っていない。人類が滅んだことを通達されたのは僕が軍から脱走して数十年後。
百数十年の無益な戦いを“停戦”というかたちで終わりを迎え、僕は偶々会ったヒト型兵器が軍のサーバーからハッキングして手に入れたというデータをもらい受けた。そうして僕が得たものは莫大な人類のデータ。
あの気紛れなヒト型兵器が何者なのかはわからない。でも、軍の機械にも関わらず僕からしたら敵でも味方でもなかった。
――――ピピピッ
通知音と共に現れるディスプレイ。どうやら侵入者センサーに引っかかるものが遊園地に入ってきたようだった。
マップを見る限り遊園地の入口のようだ。
「誰でしょうね~、まぁ、敵だったら殺すまでですけど」
人間は孤独感を埋めるために独り言を言い始めるという。僕の持つデータを振り返る限り最も人間に近いモデルの僕も“感情”を持つのだろうか。
入口近くに着くと、さっきの風船配りがその侵入者に近づいて風船を渡していた。
「女型ですか……ん?」
そこで僕は違和感に気づいた。軍のヒト型兵器ならば汚れがわかりやすいように銀髪で統一されている。入口にいるのは“茶髪でローファーを履いた女”。明らかに軍のヒト型兵器ではない。勿論、敵のヒト型兵器ということも考えられなくもないが、あれは――。
(もしかして、生き残り?)
僕は自然と口角が上がっていた。
もし人間だったら?
あのカプセルの実験の成功例?
膨大なデータ。それに記された内容は人類があらゆる方法で生きようと足掻いた証でもある。
人間なら、この城のボスを倒せるのだろうか?
歪に活動を続ける遊園地。感情のない、意思も持たない機械たちがその体が壊れるまで動き続けるこの城を、感情を持つに到った機械を、止めることはできるのだろうか。
「初めまして。貴女は人間ですか?」
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