第14話 桜散り、グラウンドには芝萌ゆる。
前世の記憶を辿ってみてもかなり久しぶりのカラオケは、わたしが思っているよりずっと居心地がよく楽しかった。てか音楽だけじゃなく映像もめっちゃすごいね。だってライブ映像とか見られたし。そんなんテンション上がっちゃいますわ。
昨日買った服もかなり好評で、ウラちゃん(田中さんのこと。下の名前が
ちなみに東雲さんの下の名前は綾子。でも“しののん”って呼んでる。近藤さんはみちる。チルチルって呼んでます。チルチルは青い鳥とか探してんのかな。それならわたし、紹介したいやつがいるんだけど。
歌い倒して喉が嗄れたころ、わたしたちは外に出た。「じゃーね、また明日ね」とウラちゃんたちは言う。「うん、また明日ね」とわたしも答えた。踵を返して、「ふふっ」と笑ってしまう。
また明日ね、かぁ。
病院へ面会に来てくれた友達が、パパやママが、『また明日ね』と言ってくれた時の顔を今も覚えてる。『ちゃんと明日が来ますように』と祈るような顔だ。わたしはその顔を見るのがちょっと嫌だった。だってわたしだって死にたくはなかったから、明日があるって根拠なく信じてたかったし。『自分の体のことは自分が一番よくわかる』ってたぶん嘘で、わたしはわたしが思っているよりずっとヤバい状態なんだなってその顔でわかった。
でも、今は違うんだな。みんなわたしとの明日が来るって信じて疑わないんだ。わたしも、明日が来るって根拠なく思ってていいんだ。ねえそうでしょ? このままどこへでも行けそうだな。
小さな鞄を背中に回して、そのまま空を見た。桜の木が枝を伸ばしている。もう花はかなり散ってしまっていて、風が吹けばまたひとつふたつと舞い散った。透明で、それでいて生ぬるい空気。春だった。何だかすごく春だった。
「ねえ、プルリン」
夜の閑静な住宅街。反応はなくしんとしている。
「ぷーるーりーん」
もう一度、わたしは懲りずに声をかけた。近くの茂みが音を立てる。真っ青な小鳥が飛び出してきた。「何の用プル?」なんて平然と言ってのけるプルリンに、わたしは呆れて「ポケ〇ンかよ」と呟く。
「用なんてないよ」
「用がないのに呼び出すなプル。何度も言ってるプルけど、プルは神の使いなんだプル」
「寂しいから呼んだの。ダメ?」
「……はぁ、仕方ないプルねえ」
そう言ってプルリンはわたしの肩に乗った。ふわふわした羽毛がわたしの頬をくすぐる。
「今度は何プル? 何がきっかけでホームシックこじらせたプル?」
「ホームシックじゃないよ。ただ素敵な夜だから、誰かと一緒にいたいと思っただけ」
「それが早く彼氏とか旦那様になるといいプルね」
二言目にはパートナーの話するんだから。実家のオカンかよ。
わたしは空を見上げて、「ほらめっちゃ月がデカい。丸くてデカい」と指さす。プルリンも見上げて、「なるほどここから見る月も綺麗プルね」と呟いた。
「プルリンはさぁ、家族はいる?」
「いるプルよ」
「友達は?」
「いるプル」
じゃあ、とわたしは立ち止まる。それからプルリンのつぶらな目を見た。「帰りたいね?」と囁く。プルリンは驚いたような顔をして、瞬きをした。それからちょっと困ったような顔をして「別にいいプル」とそっぽを向く。
「小娘のお守りなんてと思ってたプルけど」
「おん???」
「まあ悪くないプル。カノンは……見てて面白いプルし」
「“見てて面白い”は誉め言葉じゃないプルねえ、プルリン先輩」
アスファルトに張り付いた桜の花を避けながら歩いた。わたしたちがカラオケにこもっている間、通り雨でもあったんだろうか。少し湿った道路にたくさん花弁が張り付いていた。
「カノンは、どうプル。この世界」
「うーん、最高だよ。みんな優しいし、世界は綺麗だし」
「前の世界とほとんど変わらないプルけど。本当によかったプル? もっとすごーい世界もあったのに」
「ここもすごい世界じゃん。それに前の世界と似てるから、最高だよ」
「それは世界が最高なんだプル? それとも、」
それとも、健康なこの体が?
わたしはふと膝を折って、落ちている花弁を拾う。濡れて透き通った花弁だ。「綺麗だね」とプルリンに見せた。プルリンが黙って私を見る。
そんな顔で見られたら、困っちゃうな。「ダメ?」とおどけて見せる。プルリンは呆れたように、「カノンのそれは何も言う気にならないからズルいプル」と言った。わたしは「えへへ」と頭をかく。
「でも、最高なのはほんとだよ。なんていうんだろう、こういうの。目がくらむ、っていうの? 何だか全部まぶしいよ」
「そうプル?」
「うん。わたしも、もっと上手にできたらなって思うけど。色んなこと」
なぜだかプルリンは大袈裟にため息をついて、「カノンは時々すごいこと言うからびっくりするプル」と呟いた。
「“もっと上手く”ってこれ以上何を上手くやるプル?」
「えっ。そりゃあ、もっと友達とか作って、勉強とかもしゃかりきにやりつつ……」
「プルに言わせれば、異世界に転移してきて1週間で友達を作ってカラオケに行くやつなんていないプル。カノンはコミュ強もいいとこプルよ」
「そうかなぁ?? だってみんな優しいし」
プルプルプル、と震えたプルリンが言いづらそうに空咳をする。
「とにかく、カノンは割とよくやってるプル。割と……まあ、たぶんカノンが思ってるよりよくやってるプルよ。割と、プルけど」
わたしは目を丸くしてプルリンを見た。「え、今デレた?」と尋ねれば、プルリンは「ふんっ」とそっぼを向いてしまった。
××× ××× ××× ×××
保健体育の授業でいきなり現れた宮田先生が、「今日は堀先生は来ない!」と言い放つ。あ、堀先生は本来の保健体育の先生です。なんか細くて静かな先生で、『へえ体育の先生なんだ意外~~~』って感じ。いつもめっちゃ声小さいけど、男子が調子に乗って危ないことをした時だけすごい大きな声出したのでびっくりした。
「えっ、堀せんせーどうしちゃったんですか?」と男子の一人が尋ねる。「堀先生はお前らの心の中にいる」とか適当なこと言っちゃって、クラスはざわついた。
そんな宮田先生の後ろから、ぬうっと現れた堀先生が大変小さな声で「お戯れはそこまでです」と言う。さすがに驚いたらしい宮田先生は慌てて飛びのいた。
「ほ、堀先生ぇ」
「宮田先生、僕は生きていますので」
「もちろんっす。堀先生いきてらっしゃいます。これはアレです。あのぉ~、生徒のね、心の中には必ずいらっしゃるというくらい大きな存在の、という意味で」
「はい?」
「はい、すみません」
肩をすくめた堀先生が、わたしたちにひらひらっと手を振って見せる。めっちゃくちゃ小さい声で「生きてるよ~」とアピールしてきた。真顔で。とりあえず「よかったでーす」と返しておく。
「宮田くん、よろしくね」
「しゃーっす」
堀先生は最後にもう一度こちらを向いて「ばいばーい」と手を振った。わたしたちも「またねー」と手を振る。まあ、その、何とも不思議なひとだ。
空咳をした宮田先生に、女子生徒が「ねえ宮ちゃんって堀先生のこと苦手なの?」と尋ねた。宮田先生は『青天の霹靂』という顔をして「いや、苦手じゃねえよ。まあ堀先生は空手黒帯だけどな」と答える。「怖いんじゃん」と笑われていた。
「で、だな。どうして俺が堀先生から1コマ強奪してお前らをグラウンドに集めたかっていうと。早いことで来週から5月になるわけだが……5月には何があるか、わかるな?」
はい! と男子生徒が手を挙げる。「宮田先生の誕生日です!」と言ったその生徒に、宮田先生は「正解。木下、お前にはあとで歌舞伎揚げをやろうな」と頷いてみせた。
「だがしかし俺が今ほしい正解は違う。5月だぞ。そんでもって今は体育の時間だぞ」
「はい!」
「よし田所、バーンと正解を発表してやれ」
「オレの誕生日です」
「オメデトウ。みんな拍手」
クラスのみんなでわいわいと拍手をして、田所くんは照れくさそうに謝辞を述べる。そこからはもう止まらない。「推しの誕生日があります」「僕の誕生日は8月です」「今日オカンの誕生日なんです」とぽんぽん出てくる。宮田先生はさすがにげんなりした顔で「誰がお前らの大喜利を見たいって言ったんだよ」と手を叩いた。
「いいか、5月の末には体育祭がある。例年通りな」
へえ、体育祭って5月にやるんだ。わたしの中学では秋ごろやってた気がするけど。体育の日とかそこらへんの日で。この学校は5月かぁ。せわしないね。
「転校生もいることだし改めて説明するが、この学校の体育祭は基本的にクラス単位だ。ちなみにこのクラス、今年は紅組な」
紅組かぁ。なんかかっこいいね。燃える闘魂って感じだね。
「そんで、いつも学年ごとに同じ種目をひとつやるってことになってる。2年生は……クラス対抗創作ダンスフェスティバルだ」
フェス……? えっ、パーリーピーポー? そういう勢いでいいんですか?
「曲も振りも演出も、お前たちが考える。圧倒的な自由度。何をしてもいい。全裸にはなるな。ほーら、楽しくなってきたな」
「ダンスとかだる……。てかそれ、先生たちが考えるのめんどくさいだけじゃね?」
「そうじゃん。うちらにだけ考えさせてズルぅ。先生たちも踊れし」
「は? 望むところなんだが。お前ら煽ったからにはちゃんと最後まで見届けろよ、俺のコサックダンス。お前たちの担任の生きざまを見て共感性羞恥に酔いしれろ」
どういうキレ方してんですか先生。大人げないぞ。
案の定ブーイングが起き、先生はつまらなそうな顔で「よせやいよせやい」といさめた。いや、『よせやい』じゃないと思うんですけど。肩をすくめた宮田先生が「何やらされても不満はあるだろうが、やってみれば面白いかもしれないぞ」と目を細める。
「うちの学校の体育祭は、学年ごとの種目以外はほとんど選抜メンバーの競技だ。この創作ダンスしか出番がないというやつも少なからずいるだろう。いいか、お前ら。『高2の体育祭は、何にもやることなかったな』と後々言う羽目になるな。せめて『高2の体育祭はクラスメイトと思いっきり恥かいてやったよ』と言えた方がマシだぞ」
「恥かかない道はないんですか」
「青春は恥かいてなんぼだって知らんのか? というか中途半端な完成度なら恥かくだけだが、必ずしもそうはならないと俺は思うぞ」
生徒たちから『他人事』と言われながら宮田先生は簡単にいなした。
「とにかく、曲と振りを決めることだな。今日は体育の授業を使わせてもらったが、次からはHRや総合のコマで対応していく。……マジでもう一度言うが、お前ら脱ぐなよ? 毎年誰か脱ぐんだよな……。思ったほど盛り上がらねえから本当にな」
そうでしょうね……。後ろで『でもぜってえ江頭やったらウケるよ』と男子たちが話している。いやたぶん言うほどウケないって。わたしは体育座りのまま頬杖をつき、ため息をついた。
恋なんて、やってる場合じゃないっ! hibana @hibana
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