第13話 休みの日に知り合いと会ったら声かけちゃう派です。

 寝ぼけ眼で歯を磨きながら、わたしは鏡を見る。かなりめちゃくちゃに顔色がいい。一番のメイクは健康だってはっきりわかんだね。

「おはプル~」

「おはぷる……元気だね、プルリン」

「プルはいつも元気なハイパーキュート天使様プル。カノンは低血圧プルね」

「ハイパーキュート天使様(自称)、朝ご飯ある?」

「カノンも料理を覚えるプル。時間がある休みの日ぐらい自分で作ってみたらいいプル」

 それからハイパーキュート天使様(自称)は『花嫁修業』とか『結局家事のできる女の子が最強』だとかつらつらと仰い、わたしはそれに対して興味のなさを前面に出していくスタイルで応戦した。まあ料理とか家事は花嫁修業に関係なくできたほうがいいよね。わかるわかる。そのうちね。


 プルリンの作ったふわとろフレンチトーストを食べ、わたしは「おいひい……プルリンは天才だよ……」と呟く。プルリンはドヤッとした顔でその辺を走り回った。照れたときはいつも走り回る。この鳥、結構可愛いところもあるのだ。

「よーし、出かけるかぁ」

「そうプル、カノン。花の女子高生、家に閉じこもっている暇なんてないプルよ」

「それはそれでしんどいような」

 わたしは伸びをして、それから白い靴下を履く。『服を買いに行くための服がない』問題は制服でとりあえず良しとした。女子高生ってなんか四六時中制服のイメージあったけど、リアルにはそうでもないね。つうか割と学校終わったら脱ぎたがるね。わかる。スカート折ったりしてるの苦しいもん。でも卒業後の方が制服着てるよね、不思議。

 中学の時の制服はセーラーだったんだけど、今はブレザーだ。正直イケてる。結構イケてますでしょこれ。まあでも私服は私服で持ってた方がいいよねぇ、そりゃそうだ。


「てかわたし、この街のこと全然わかんないんだけど。服を買うのにどこまで行けばいいんですか、プルリン先輩」

「教えを乞う姿勢としては上出来プル。プルについてくるプルよ」


 レッツゴー新世界散策ゥ! そう思うと楽しくなってきましたね、まあわたしがいた世界とほとんど何も変わらないみたいだけど、来たことない場所って普通に楽しくならない? わたし、枕が変わると結構楽しくなっちゃうタイプなんですねぇ~。そうじゃなきゃ入院生活なんて耐えられやしないですねぇ~。でも最後の方は病室の方が家みたいで、全然新鮮さもなかったしつまんなかったな。旅行したかった。

 しっかりとローファーを履き、わたしは元気よく外へ出る。春の青空は高くて広い。桜はもう散ったころだけど、やっぱり春っていいよねえ。あ、みんな花粉症大丈夫なのかな。わたしは全然大丈夫なのだー。羨ましかろ?


 わたしはプルリンに導かれ、とりあえずバスに乗った。マジで前の世界と変わんないなぁ。めっちゃキャッシュレスなぐらい。そういやめっちゃキャッシュレスだよね? 学校の購買までキャッシュレスだったもん。というか現金をほとんど見ないな。まだ1週間しかいないからわかんないけど。

 え? わたし、まだ1週間しかこの世界にいないの? 我ながらよくパニクってないと思わん? ちょっと定期的に自分のこと褒めていこ。だってわたし、1週間前に死んだわけでしょ。てことはほとんど赤ちゃんじゃん。何が起こっても『しょーがねーだろ、赤ちゃんなんだから』で全部ごまかせるんじゃね? ごまかせねーか、だってわたし女子高生ですもんね。

 バスから降りると、目の前にショッピングモールが現れた。わたしは痛く感動して、「うわぁ! 最高! 久々に買い物できるとこ来た!」と叫ぶ。なんだかんだ買い物って楽しいよねえ。休みの日に出かけるの億劫だと思ってたけど、着いたらマジでテンション上がってきた。


 はしゃいで走り出すわたしに、プルリンが「危ないプルよ! いくら走りが激遅だと言っても、カノンの注意力のなさは異常プル!」と言ってきた。わたしはピタッと立ち止まり、それからは静かに歩き始める。そう……わたしの注意力のなさはゴミ……自動車免許の取得が今から危ぶまれる女……。

 気になるお店に入り、陳列を見て、ぎゃわいい服を買った。小物も揃え、これはもうテンションも爆上がりである。他人の金で行うショッピングは楽しいか? スミマセン楽しいです! いつかお返しします!

「カノン……そんなに買って、持って帰れるプル?」

「そういうのは後で考えるんやで! 買い物は一期一会、運命なんやで!」

「エセ関西弁って割と敵を作るプルよ」

「え、嘘」

 そんなことを話しながら歩いていると、向かいの店で見たことのある顔を発見した。あれ、と呟いて立ち止まる。「あれあれあれ」と言いながらわたしはよく見ようと背伸びした。


「ふ、冬樹くんじゃん……!」


 冬樹くんがいるのは、割と有名なメンズファッションの店だ。このオシャンティーで小綺麗な洋服ブランドの中で、見事な和服。なんかめっちゃクールじゃん。似合うわぁ、和服。いやうっとりしてる場合じゃない。とにかくわたしは小走りで近づき、店に入った。少し離れた棚で、わたしは考える。

 休みの日に話しかけるの、どうなんだろう。一応クラスメイトだけど、話もほとんどしてないし。


 うーん……まあ……いっか。挨拶ぐらいしても。


「こんにちは、冬樹くん」

「おわぁッ」


 すごい驚かせてしまった。ごめんよ、こんな平民が王子様に話しかけてあまつさえ表情を曇らせるとは何たる愚行。すぐ帰りますね。

「ああ……柳さんか。この近くに住んでるんだっけ?」

「ううん、バスに乗ってきた」

「そっか……うん……学校から結構遠いから見つからないと思ってたよ……」

 照れた様子で、冬樹くんは頭をかいた。照れ顔とかいう新規スキンを手に入れたわたしは、『ありがとう神様』と心の中で祈りをささげる。


 まあ、そんなことよりも、ですよ。これは聞いちゃってもいいのかな?

「冬樹くんって……和服よく着るの?」

 なぜだか顔を真っ赤にした冬樹くんが、「いやっ、これはアレ。本当は普通に洋服着てるんだけど、今日はちょっと……着るものがなくて」と必死に弁解する。わたしは首をかしげ、「普段着が和服って、カッコイイと思うけど」と呟いた。そうかな、と冬樹くんは顔を上げる。

「ほんとはさ、家で着物しか着ないんだよね。洋服って制服と指定ジャージぐらいしかなくて。今まで友達と遊ぶ時とかはジャージでごまかしてたんだけど……今度ディ〇ニー行くことになって、『さすがにジャージはねえぞ』って散々イジられてさ」

「そうなんだ? 確かに夢の国でジャージはなんかもったいない気がするもんね」

 というか、めっちゃ意外だな。冬樹くんって何でも完璧に見えるし、そんなことで悩んでると思わなかった。「それで今、洋服探してるんだけど……よくわからないんだよね」と冬樹くんは困った顔で笑う。

 そっかぁ、とわたしは言って少し考えた。休みの日に話しかける時点でかなり厚かましい気はするけど、ここで会ったのも何かの縁だ。

「ちなみに着たい服とかないの?」

「あー、僕ほんとファッションのことわかんないからさ。たぶん僕が選んだ服とかめっちゃダサいよ」

「ダサいとかどうでもいいじゃん。着たい服がいい服に決まってるよ」

 そうかなぁ、と冬樹くんはちょっと嬉しそうな顔をする。「そしたら、これとかどうかな」と冬樹くんが手にした服を見て、わたしは呆然とした。


 えっ……ギンギラギンに……さりげなく…………。そいつがオレのやり方…………???


 いや、別にマッチは今関係ない。ただ、そう……それは一昔前、いや二昔くらい前のアイドルが着ていたようなシルバーのテカテカした服だった。時代は廻るという。だけどたぶんその時代はまだ廻ってきていない。

 やばい。さっき“着たい服がいい服だよ”とかドヤ顔で言ってしまった手前、『それはナイ』とは言いづらい。つうか言えない。どうする? どうするコレ?

「ふ、フユキクン! やだなぁ、冬樹くん! それって普段使いできる服じゃなくない? もっとなんか……パーティ用っていうか、パーティ……パーティ? たぶんそう。パリピファッションだよそれ。ディ〇ニーでミ〇キーより目立ったら怒られちゃうぞっ」

「ああ、そうなんだ。ごめんね、本当にこういうの、疎くて」

 しょうがないしょうがない、と言ってわたしは汗を拭う。「わたしだって和服のこと全然わかんないしさ」と肩をすくめた。

 腕を組んだ冬樹くんが、「いつまでもここにいたら迷惑だし、家で考えようかな」と言い出す。「また来るの?」と尋ねれば、冬樹くんはゆるく頭を振って「いや、とりあえずこの棚からその端の棚まで買っていって、家でよく見ながら何着るか決めるよ」と当然のように言い放った。わたしはちょっと途方に暮れて、「えっ、つまり『ここからここまで全部ください』ってこと?」と呟く。本当にやる人いるんだ、それ。いいなあ、わたしも言ってみたいなぁ。


「でも……」


 わたしは服を物色しながら「冬樹くんは背が高くて肩がガッシリしてるし、姿勢も凄くいいから」と唸る。「こういう服が似合いそうだけど」なんて言いながら落ち着いた色のカラーシャツとカジュアルなベストをお出しした。まあ冬樹くんなら何でも似合うとは思うけどね。さっきのギンギラお洋服も、時と場合によればハチャメチャにセンス良く見えたかもしれんし。時と場合によればな。

 うーん、と言いながら冬樹くんはそれをまじまじと見る。それからぽつんと、「地味じゃない?」なんて首をかしげた。

 地味? 地味かい? じゃあカラーシャツを思いきって暗めの赤とかにして……いや、高校生でそれは結構ハードル高くない? 薄い紺のストライプシャツ? うーん、やっぱ渋すぎるかなぁ。黒のシャツにグレーのベストだとビジネス感出ちゃいそう。あ、デニム生地のベストもかっこいいじゃん。

「最終的にシンプルイズベストだと思いますよ、陛下……」

「陛下??」

“ファッションとは、上級者になるほど引き算である”とココ・シャネル先輩も言っていた通り、これは『無難に済ませよう』と日和った結果ではなく、ベストを尽くした結果の“シンプル”なのだ。ベストだけに。そう、ベストだけに。

「お着物だってそんなにデコったらなんか微妙になっちゃうじゃん」と言いながらハッとして、わたしは手を叩く。


 もしかして冬樹くんは洋服に対して、強めの憧れを抱いているのでは? 憧れというか忌避感というか何というか。たとえばわたしたちが和服に対して『上品で作法が色々あって難しい』『特別な時に着るもの』というイメージを持っているのと同じように、普段から和服ばかり着ているらしい冬樹くんは洋服に対して『何だか派手でカラフルなもの』とかやはり『特別な時に着るもの』とかそういうイメージがあるのでは?? そうだとしたら、ちょっとだけ親近感……。

 わたしは冬樹くんの肩を叩き、「冬樹くんなら何でも似合うよ。ミ〇キーの存在を霞ませてこうぜ」と親指を立てた。ギンギラギンでもいいじゃない。着たい服着ればいいじゃない。へへっ、わたしったら無粋なことしちゃったな。

 冬樹くんはきょとんとして、頭をかいた。「でも」と微笑む。「せっかく柳さんが選んでくれたんだし、この服にするよ」と言った。うん。そうしてくれるとマジで嬉しい。何着てもいいけどやっぱ最初からハードモード選択する必要はないかなって思うんだなぁ、わたしは。自己紹介から『ガーナ出身です』って言うようなもんじゃん? ハイ、これは高度な自虐ネタです。

「ありがとう、柳さん」

「ううん、しゃしゃり出ちゃってゴメンね」


 お会計を済ませて店を出る。どこかカフェにでも寄ろうかと言って歩き出した。

「確かに夢の国じゃ和服は動きづらいかもしれないけどさ、そうじゃなくて普通に友達と遊ぶ時とかは和服とかでいいんじゃない? ジャージでごまかすよりさ」

 図々しいかなとは思ったけれど、わたしはそう言ってみる。冬樹くんは穏やかに「うん」と頷いた。

「別に、みんなと違う服を着るのが恥ずかしいとか、そういうことじゃないんだ。ただ、“わざわざみんなと違うことをやっている”と思われるのは何というか……本意じゃないからさ。『郷に入っては郷に従え』ってマナーでもあるわけだし」

 マナー、かあ。大人だなぁ、冬樹くんは。なんだろう、前から思っていたけど、冬樹くんって顔がいいだけじゃなくて“品がある”って感じがする。みんなから『王子様』って呼ばれるのは、たぶん外見だけじゃなくてそういう上品なところなんだろうな。

「だけど」と冬樹くんは言う。「だから、かな」と少し照れくさそうな顔で。

「柳さんが僕を見て普通に声かけてくれたの、嬉しかったよ。茶化すんでもなく、大袈裟に持ち上げるんでもなく、普通にさ。『普段着が和服って格好いい』とか、本気で言ってくれた?」

「だってかっこいいじゃん」

 隣を歩いている冬樹くんと目が合った。「和服でも洋服でも何でもさ、似合う服を着てる人ってかっこいいよ」とわたしは言う。

「和服のこともキモノのこともわかんないけど、その服って冬樹くんにすごく似合ってるもん。冬樹くんは洋服のことわかんないって言ってたけど、わかんないだけで元々すごくセンスがある人なんだよ。『和服を着よう』とか『洋服を着よう』とか考えずにさ、その時その場所で、自分の好きな服を似合うように着られる人が一番かっこよくない? それが自然なことだって、みんな当然に思うようならいいのにね」

 わたしは立ち止まって、「だからさー」と顎に手を当てた。「和服がかっこいいっていうより、それが似合う冬樹くんがかっこいいよ。って、当たり前か」と笑い飛ばす。冬樹くんは少し顔を赤くして、「柳さんってなんか、上手だね」と頭をかく。それ、癖なのかな。冬樹くんは結構照れ屋だね。

 わたしたちはカジュアルでお洒落なカフェに行き、飲み物をテイクアウトした。わたしはホットココアを飲んで、冬樹くんは意外なことに甘々で有名なキャラメルラテに生クリームとキャラメルソースを増量してもらっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る