第12話 サッカー少年、大体何でもサッカーにたとえる。

前回までのあらすじ:イケイケなギャルと友達になったりましたよ!!!



「と、いうわけなんです!!!」

 そう言ってわたしは、渡くんのパンを強奪した。「そんなに無理やり奪わなくても、欲しいならあげましたよ。先輩は猫ちゃんなのかな? 可愛いですね」と渡くんは目を細める。褒められてるのか馬鹿にされてるのかイマイチわからない。

 今日は売店のおばちゃんが取り置きの数を見誤ったとのことなので、辞退させていただいた。いつまでもおばちゃんの善意を当てにしてもいられない。今度からお弁当でも作ってこようかなぁなんて思う。


「ご友人ができたんですか。よかったですね」

「そーなの! 今度の週末もカラオケ行く約束したったぜ!」

「へえ。ボクとも行ってないのに」


 じゃあ行く? と言ってみる。「行く! 行きます!」とすごい食いつかれ方をした。次の次の週で、と約束をしてパンを頬張る。

「いやあ、これでこの学生生活は勝ち確ですわ! 八代くんとも仲良くなれそうだし」

って、あの陸上部の八代先輩ですか?」

 そういや陸上部だったっけ。確かに足速そう。「隣の席なんだよ」と簡単に説明する。渡くんはあまり嬉しくなさそうに、「まあでもいい人ですよね、八代先輩」と言いながらいちごオレを啜った。


「あとは誰か、友達になれそうな人はいないんですか」

「うーん……冬樹くんはちょっとハードル高いしなぁ」

かぁ。あの人もいい人ですよね。すぐ友達になれそうじゃないですか?」


 まあ、言えばすぐ『もう友達だと思ってたけど』とか言ってあのキラキラした笑顔で……うわ想像するだけで結構やばい。え? 光を放つ顔面? え?

「あ、あと生徒会長の」

「あの人はやめた方がいいです。やめましょう、関わるの」

 誰に聞いてもこんな評価じゃん。ほんとに選挙で生徒会長に選ばれたんですか、仲明先輩。

「で、でも……結構いい人だよ。学校帰るの遅くなっちゃった時、家まで送ってくれたし」

 もちろん悪手である。渡くんにめちゃくちゃ信じられない顔で見られてしまった。

「先輩……ボク、本当に心配ですよ。これはボクが先輩を好きだからとか、そういうことを差し引いても心配です。ちょっと危機管理能力を向上させていただいた方がよろしいかと。男と2人で夜道を歩くなんて……。そりゃあまあ、仲明先輩は頭のいい方なので下手なことはしないかもしれませんけど」

「ごめんって……気を付けるよ……」

 パンをもしゃもしゃ食べながら、わたしは「アッ」と思いつく。「てことは、こうして渡くんと2人でお昼食べてんのもどーなの??」と言えば、渡くんもハッとした様子で「……発想は悪くないです……」と微妙な顔をした。大変苦悩に満ちた表情で、渡くんはため息をつく。

「わかりました。ボクが彼氏にレベルアップするまで2人きりでカラオケを行くのはよしましょう。でも校内で一緒にお昼ご飯を食べるのはトモダチとしてセーフでは?」

 動きを止めて、わたしは気まずく思いながら「えーっと、それなんですが」とうつむいた。「今度一緒にご飯食べよーって田中さんたちに誘われてぇ」と言って渡くんをちらりと見る。渡くんは涼しい顔で、「そうですか。残念ですけど、友達は大事にした方がいいですもんね。ボクはそのうち彼氏にレベルアップしますし、ランチタイムぐらいお譲りしますよ」と言ってのけた。


「だけど忘れないでください」と渡くんは言う。「ボクは絶対に先輩を諦めませんからね」と。

「はぁ……なんかごめん……」

「何がですか?」

「渡くんにはすごくお世話になってて、渡くんと一緒にお昼ご飯を食べる時間がわたしにとっても救いだったりして。でもそういうのって、渡くんの気持ちを利用して不安とか寂しい気持ちを埋めてるだけなんじゃないかなって思ってて。わたし、渡くんがわたしのこと好きだって言ってくれるの嬉しいけど、なんでだか全然わかんないし応えられるかもわかんないからさ」


 きょとんとした渡くんが、まじまじと私の顔を見る。「先輩って、見かけによらず考えすぎって言われませんか?」と聞いてきた。見かけによらず、という部分に引っかかりながら「まあ言われたことあるかも」と顔をしかめる。

「先輩……ボク思うんですけど」

「うん」

「恋ってサッカーと似てませんか」

「うん?」

 ごめん全然わかんなかった。解説よろ。

 渡くんは膝を抱えて、キラキラした目を窓の外へ向ける。今は誰もいないグラウンドが見えた。放課後にはサッカー部が走り回るグラウンドだ。

「ボールが自分の足元にあるか、それとも相手チームの選手の足元にあるかって、もちろんボールの良し悪しなんかじゃなくて自分の技量じゃないですか。ボクが先輩を好きだから、って理由で先輩がボクを好きになってくれるとは、元から思ってないですよ」

 わたしってサッカーボールだったんだ……。

 立ち上がった渡くんが、にこっと笑ってわたしを振り返る。「でも、覚悟してくださいね先輩。サッカーは、ゴールネットを揺らすまでいくらでもボールを奪えるスポーツです」と言い放った。「ボクは諦めません。それがたとえ、百合の道であろうとも」とキメ顔をしてみせる。いや、少なくとも百合の道ではない、たぶん。


 歩いていこうとする渡くんに、わたしは「ありがとうね」と声をかける。あはっ、と笑った渡くんが「好感度、上がっちゃいました? あとどれぐらいで彼氏になれます?」とおどけた。

「かれしは……今はちょっと……」

「冗談ですよ! むしろそういうのに興味ない先輩の方が安心ですし!」

「それはそれでフクザツだなぁ」

「男はみんな獣だと思いましょう!」

「そしたら渡くんだってケモノだよぉ?」

「そうですよ! ボクを含めてみんな獣です。先輩のことを襲わないとは限りませんよ!」

 なぜかムッとした顔で、渡くんは爪を見せるような形で腕を出し「がおーっ」と言う。なんで怒ってはるんやこの子、と思いながらわたしもガッツポーズをして見せて「女だってわからんぞ! 襲うかもしれんよ!」と叫ぶ。まったく筋肉のない細腕だが。渡くんは吹き出して、「ウェルカムです!」と親指を立てた。




××× ××× ××× ×××




 家に帰り、わたしは制服を脱ぎ捨てながらベッドへダイナミックに飛び込んだ。プルリンが近寄ってきて、「なーに奇声を上げてるんだプル」と言ってくる。

「奇声、上げてた?」

「上げてたプル」

「プルプル言う青い鳥よりおかしかった?」

「プルリンは全くおかしくないプル」

 いや、冷静に考えてプルプル言ってる青い鳥はおかしいよ。わたしはこの感覚を大事に持っていたいです。


「はー、やっと1週間終わりましたわ。休み……2日の休み……。え、おかしくない? 5日間の疲れが2日で癒せるわけなくない? 正気?」

「またオバサンみたいなこと言ってるプル。カノンはそれでも花の女子高生プル?」

「体力がないんだよこちとら……」


 疲れたー、と言ってわたしは天井を見る。「シャワー明日でいい?」と言ったら、プルリンに激しく突かれた。ハイハイわかりましたよ、浴びますシャワー。

「カノン、日曜日は友達とカラオケに行くプルよね?」

「そーだよ。ええやろが」

「友達と休日に会えるような服は持ってるプル?」

 ん? 服? そういや確認はしてないけど。


「だってわたしの私物って、前の世界のやつをコピーしてるんじゃないっけ?」

「そうプルよ。で、前の世界でカノンはちゃんと服を持ってたプル?」


 ほえー、とわたしは天を仰ぐ。考えてみたが、よく思い出せない。「いや、ないわけなくない? 服ぐらいあるでしょ」と楽観的に答える。

「最後によそ行きの格好をしたのはいつだったプル?」

「うーん。よそ行きのレベルによる……」

 考えてみれば入院中はもちろんパジャマだったし、ちょっとした外出はほとんどスウェットとかで済ませていた。最後にお洒落をしたのは……うっそじゃん、中学生の時??? 素敵な服を買ったのは? それも中学生の時か???

 わたしは慌ててクローゼットを引っ掻き回す。


「そ、そんな悲しいことがあってたまるかーーーーい!! うわほんとに何もありませんやんけ!!」


 手に取る衣服すべて、パジャマやスウェット、中学生のころに着ていたようなつんつるてんのワンピース。とても友達との約束で着ていけたものではない。

「こ、こここここれはどうすれば!?」

「買いに行くしかないプル」

「お金ないよぉ」

「あるプル」

「あるんだプル!?」

 冷静な(というか鳥の表情なんてこっちからは全くわからないんだけど)様子でプルリンが私のスマホをつつく。「今はスマホで預金残高が確認できる時代プル。ちょっと見てみるプル」と促した。口座等諸々プルリンに教えてもらいながら、わたしは恐る恐る画面を見る。


「……待って。これほんとにわたしの口座? なんでこんなにお金あるの?」

「事故で亡くなったご両親の保険金プル」

「思っていた10倍重いよ!! 使えないそんなお金!!」

「あと、海外で働いてる叔父さんからも定期的に振り込まれてるプル」

「使えないってええええ」

 

 そう地団太を踏むわたしを冷たい目で見ながら、「生活費なしでどうやって生きていくつもりだったプル?」と言ってきた。言葉に詰まりながら、「私物がコピーされてるならわたしの生前のお小遣いもそのままかなーと思って」と目をそらす。わたしは生前、ほとんどお小遣いに手を付けていなかった。結構な額が貯まっていたはずなので、しばらくは大丈夫かなーって思ってた。そのうちバイトでもーとか。まだこっちの世界に来て1週間経ってないんですよ、そこまで考えられないじゃないですか。

「とりあえずあるもんは使えばいいと思うプル」

「罪悪感がすごい……」

 しかし着ていく服がないのは間違いない。今回は……使わせていただいて……ウッ、ちゃんと供養しようわたしの(会ったこともない)両親。


「じゃあ、明日は買い物に……」

「いいプルね。休みを有意義に過ごすプル」

「1日くらい休みたかったよぉ」


 わたしは秒速でシャワーを浴び、髪を乾かし、「女子高生休みなさすぎる!」と嘆きながら眠りに落ちた。

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