第119話 母が倒れた4

 母の友達がきたので、案内しがてら私たちは再び病室に行った。

 この友達はこのエッセイの始めの頃に書いている幼馴染Aくんのお母さんだ。


 Aくんのお母さんは母に色々と呼びかけていたが、私は何も言わなかった。


 よくこういうシュチュエーションでありがちな、意識の無い相手への語りかけを私はしないのだ。何だか嘘っぽいような気がして。


 別にAくんのお母さんが嘘っぽいわけではない。

 私がやると嘘っぽいのだ。そういうキャラじゃないし、心もこもっていない。周りの人への体面だけのものになってしまう。


 それだったら何という冷たい人間だろうと思われても、口で言葉を発せずに心の中で語りかければ十分だと思っている。


 あと数時間だと聞いていたが、私が着いてからの直接の先生からの説明はまだ無かった。

 なので看護師さん経由で説明をお願いして、再び待合所でAくんのお母さんも一緒に待つ事にした。


 この時点でお昼ぐらいになっていた。

 私は昨夜から一睡もしていない上に、食事もずっと取っていない状態だった。


 義父も食事を取っていないと言う。

 待合所にパンの自販機があるものの


「それを買って食べるのは不謹慎かと思って」

 などと言うから


「そんなわけないよ、食べられるなら食べておいて」


 と自宅から握ってきたおにぎりを差し出した。


 始発を待つために、出かけられなかった時間に余りご飯でいくつかのおにぎりを作っておいたのだ。



 その後少ししたところで、看護師さんが待合所にやってきた。

 先生がやってきたから来てくださいと言われるものかと思っていたら、先生のせの字も無いままに入院に対する諸説明が始まった。


 しかも今後の着替えをどうするかとか、オムツは病院が用意するものにするか、買ってくるかどちらにするかを問われた。


 私は何言っているんだろうと、少々苛立ち気味に話を聞いていた。


 家を出る前に「あと数時間」と言われた母なのに、この看護師さんの入院案内からするとこれから長く入院するかのような話だ。


 義父も同じく、この看護師さんは何を言ってるんだと思ったようで、深夜に当直の先生から説明があった話を伝えた。そして、今もう一度改めて娘も到着したのだから病状を詳しく説明してほしいとナースステーションでお願いしたところ、先生がくるので待っていてくださいと言われたのだが、と話した。


 そうしたら、先生はこないと言う。

 ナースステーションでは、先生を呼ぶつもりは無く、この入院説明の看護師を呼んで入院に対する説明をするので済ませたいという意向だったらしい。


 それならそれで仕方が無いから、今後どうなるのか、今後のオムツや着替えの話をすると言う事は母はすぐには亡くならずに助かるという事なのだろうか?


 そういった疑問をその看護師にぶつけた。


「病状は先生から聞いてくださいね」

(だったら呼んでよ)


「私たちでは何とも。こういう状態は分かりませんからね」

 埒があかない。


 今すぐどうこうなるのか、それとも今晩を越せるのか、更に植物状態のようになって長く生きるのか、ある程度分からない事には私たちはどうにも動けない。


 しかも運ばれた病院は県外の、車で20〜30分の距離の場所なのだ。

 足が無い義父と私は、簡単に病院を離れる事が出来ない。


 看護師さんなのだから、何かしらお世話になるだろうし、多少ツンツンした感じで対応されようとも我慢しなければならないと思って何とかやり過ごした。

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