第1章:その再会に手をとって
1-1ひかりの記憶
―9年前―
「ねえミーナ、約束してくれる?」
言って振りかえった拍子、彼女の短い髪が跳ねた。
制服の長いボックススカートが翻り、小さな膝がちらりとのぞく。陽の光に縁どられ、その輪郭は全身から輝いて見えた。
昼下がり。女学園自慢の花の園。レンガの遊歩道の脇には色とりどりの花が植わり、花の香りと春の陽気が混ざりあっては鼻先をくすぐる。
授業中のこの時間、ふたりのほかには誰もいない。後に教師からこっぴどく叱られるだろうことも今のふたりには気にならなかった。別れの前の最後の逢瀬だ、このくらいには思い切れた。
「約束? いったいどんな……」
「約束は約束よ。内容よりも守る意志があるかのほうが大事じゃない?」
いたずらっぽく上目づかいをしてみせて、くすりと笑う彼女。大丈夫、無茶なことは言わないわ。そんな助け舟がなくとも、答えなどはもう決まっている。
「そうだな、では約束しよう」
すっかり慣れてしまった涼しいうなじに風が触れた。それを意識すれば反射的に背筋が伸びる。
彼女が手を差しのべる。何を求められているかは分かっていた。触れた指先がひどく華奢で愛おしく、壊してしまわないよう、大きさの違う手でそっとすくいあげる。小さな唇が笑みを薄めて開かれた。
「私たちふたり、次に逢ったときにはね――」
ざあ、と吹きすさんだ風と花弁のなか、彼女の言葉は紛れて散った。しかし何を言ったのかなど聞こえずとも分かる。その約束はいつか果たされるであろうことも。
いや、何があっても果たしてみせる。そう心に誓い、できる限りに勇ましく笑ってみせた。彼女を安堵させるために。あるいは、自らに刻みこむように――
「分かった。その日が来るまで、君に恥じない私になってみせる。
この身は剣に、心は鋼に。鍛え抜いて成し遂げる。それが私の戦いだ。そうだろう?」
名を呼ぶ。答えたのは、ゆるやかに花開く彼女の笑顔だった。目の端にあわく涙を浮かべて、いまだ健気に手を握り続けている。
この手の温度を、この決意の固さを、そして何よりこの日の記憶を。ヴィルヘルミナ・シュテルンブルクは、生涯忘れることはないのだ。
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