episode4《動く視点を捕まえよ》
2016年12月24日。
つまり今日はクリスマスイヴというわけだ。毎年、私は家族と過ごしていた。しかし、今年は違う。初めて君を近くの公園に呼び出した。
何か誤解をするかもしれない。そう思ったが、一ヶ月で立てた計画をこんな一日で崩す訳にはいかない。そして、その計画を立てたのには深く深い、誰にも理解出来ない理由があった。
公園で君の携帯電話を鳴らせる。此処から聞こえるはずがない。思ったが、近くで携帯電話のような電子音が聞こえた。この音は君の携帯電話の着信音だった。私は近くに居ると思い、公園内を探し始めた。 すると、ジャングルジムの奥に背の高い影を見つけた。そして私は思い切って声を掛けた。
「あの……?」
か細く今にも消えてしまいそうな声で呼んでみた。振り返る人物は顔が暗くてよく見えなかった。しかし、その人は大きく口を開けた。それだけは見えた。
「えっ、もう来てたの!?」
聞き返そうと思ったが、相手が明るい場所に出てきた。その顔は君の物だった。私も驚いて大きな声を上げてしまった。時刻はもう20時を過ぎていた。
この瞬間、君は何を思っただろうか。私の顔を見て、何を感じただろうか。私は、悔しく悲しい気持ちになった。きっとこの後起こることについての覚悟がしたかったからだろう。それなのにもう会ってしまった。1分でも30秒でも時間が欲しくなった。
でも、私は一瞬で覚悟を決めた。
「よし、これからイルミネーションを見に行こう! いいよね?」
確認をする前に私は君の腕を引く。君は手を引かれながら『うん……』と顔を赤らめながら言った。
何故? 真っ赤になる君の顔を見て思う。君は何を想像しているのだろう。まさかクラスメイトの冷やかしを本気で受け止めているのか。そして今、私がデートにでも誘っていると言うのか。少し嫌な気分になりながらも私は君の腕を引いて、駅を目指した。
駅から出ると流石に寒かった。大通りは人が多いが、風が強く吹く。私はコートは着ずにカーディガンだけを羽織っていた。穿いていたズボンのポケットに手を入れて歩くが、それでも寒い。
凍こごえていると君が声を掛けてくれた。しかしそれは気が利いた言葉ではなかった。
「やっぱり寒いね。良かった、コートを着て来て」
君は自分の事しか考えていない。私が凍えているのも気付かず、さっさと道を進んで行く。向かい風が強く吹く度に立ち止まりながら、私は君に付いていった。
そこでふと思う。私がイルミネーションを見に行こう、と誘ったのに君が先を歩いていたら、君に私が誘われたようではないか。これでは私自身の計画が狂ってしまう。
少し焦って、私は風に負けない程で君に追い付いた。そして、君の腕を掴んで暗く細い裏道に入る。きっと此処で君は疑問に思うだろう。イルミネーションとは逆の暗く汚い所だったから。
配管やゴミ箱が散乱している細道を進む。此処が暖かく感じられた。風が吹かなく、ただ12月の冷気だけが当たるからだ。そして君の腕から感じられる体温。
先程の覚悟は何故だがだんだん薄れていった。これから罪を犯すという自覚がないのか。それとも、覚悟もいらない楽しみに呑まれたからか。どちらにしろ、計画は成功させなければならない。
と、そこで右腕が一気に重くなった。驚いて咄嗟に後ろを振り返る。すると、君が立ち止まっていた。もう我慢の限界だったのだろう。仕方なく私も急いでいた足を止める。
互いに地面を見つめたまま口を開かなくなった。鼻から出る体温で温められた息が白くなって、それも一秒足らずで空気中に混ざり合う。
君の足が止まったからには何か理由があると思った。ただ単に、足が疲れた、止まりたかったというだけの理由ではないはずだ。
一分、二分と時間がどんどん過ぎていく。その中、ずっと荒れた息を白くなった水蒸気が表していた。
そして多くの時間が過ぎてから、君が大きな溜め息を吐いた。何かを言うと思って、私は地面から視線を君に移した。しかし、君は何も言わなかった。言葉を待ちきれなくて、私は再び君の腕を引いた。
ライトで照らされているが、
何故、君が倒れている? 私はまだ計画を実行していないのに。自分から倒れたとは思えない。そうすると、此処に私と君以外の誰かが居るという事か。そこまで推理をした私はもう一度辺りを見渡してみる。が、人影らしいものは見えな――見えた。
目の前に金髪の少年が。
突然現れたので、私は後方に退いた。警戒心を露わにしてしまうが、無理もない。
見たことすらない人物だ。彼が君を倒したというのか。全身を見るが、特に怪しい物を持っているわけでは無さそう。音も無しに人を倒せるのか。それが、純粋な疑問だった。
それよりも、私の計画を邪魔された怒りが込み上げる。しかし、彼ほどの実力がなければ、君が苦しんだかもしれない。生半可な気持ちで君を相手にすれば、逆に私が君のような運命を歩んだかもしれない。
一瞬の迷いで私は体勢が崩れる。彼が近付いている事に気が付かなかったのだ。そして、私は金髪の少年から強烈な蹴りを食らう。
「っっ!!」
言葉というには大袈裟で、声というには容易すぎる音が私の口から漏れた。もう少し上を蹴られていれば吐血をしていたかもしれない。それだけは彼が手加減してくれたのだろうか。それとも私が吐血をすれば、此処に証拠が残る。その事実を避けたかったのだろうか。
彼は私に姿を見られてから何も言葉を発していない。何を考えているのか、さっぱり分からない。その解決策は、もう考えた。ずっと頭の中に入っている。そして今こそ、その時だと思った。
「あなたは、誰なの……!? あなたが、この人を、倒したの……?」
喉が潰れているような声が出た。蹴られた腹部を押さえながら、私は立ち上がる。意識がはっきりしない。頭を殴られたわけじゃないのに、意識が遠くなるような感じ。しかしそれも、彼の動作で吹き飛んだ。
「俺は――だ。そして、俺がこいつを倒した」
水が高い所から落ちるようにすっと言葉を発した。その言葉には私が信じなくてはいけない単語があった。
彼に出会って、蹴りを食らったときは私と同じ特異体質者かと予想したが、間違っていたようだ。彼の蹴りは実力で、長い年月を経て習得したもの。
言葉を聞いていた私は半信半疑だったが、金髪の少年は信じなくてはいけない存在なんだと、倒れている君の話をして確信した。
そして、冷気が漂い風が強く吹く中、君は金髪の少年に倒されたまま。私を思考内の迷子へ誘う者になりかけていた。
彼が動かし続ける視点を私は捕まえようと必死に追い駆けた。私には実力が無く、彼に手が届くことは無かった。だけど、彼の方から手を差し伸べ、私の手は心臓に置かされた。その心臓の鼓動は、動く視点を捕まえる事よりも難しい動きをしていた。きっと私はその鼓動よりも劣っているのだろう。思考も、実力も。そして、人間としても。
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