episode3《目が語る感情》
2016年11月14日。
秋という季節が通り過ぎ、いよいよ冬がやって来る。制服も夏用ではなく冬用に衣替えだ。時折、とても強い風が吹き体を縮込ませるのは学校中の誰もがそうだ。
今も少ししか窓を開けていないのに、風がびゅうびゅうと教室に入ってくる。窓際の席の君にはとても強く当たっている。全て閉めてしまえばいいのに、と思うが話しかけられない。
今月、26日には大きなテストがある。それに向かって生徒の大半、もしくは全員が努力をしているのだ。先々月学校が再開されたばかりだったのに、もうそんな季節だ。冬も近いし、テストも近い。何とも嫌な暦だ。
休み時間もテスト勉強を惜しまず、席を立つ生徒はとても少ない。君は昼休みと移動教室以外、席を立たない。
四時間目が終わり、昼休みになった。挨拶をした途端、君は早足で教室を出て行った。行き先はきっとお手洗いだろう。四、五時間も座っていればそんな気にもなる。
昼食を摂らずに私は君を待っていると、寒がりながら君が入って来た。また君が椅子に座ると、私は歩き出し君の前に立ちはだかる。右手には丁寧に包まれた弁当箱。
私の影に気付き、君は顔を上げる。小さく口を開けたまま、君は固まった。何故だろう、と思った。そんなに怖い顔をしていただろうか。疑問に思っていると君が笑った。
「やっぱり面白いなぁ。授業中ずっと僕の事、見てたでしょ? 何か用があった?」
君の言葉に私は驚いた。そんな事を言ったら周りのクラスメイトが冷やかしに来るのに。それとも君は来ないと分かっていたのか。
その考えもどうでもよくなり、君の机にバンッと弁当箱を打ち付けた。今度は君が驚く番だ。
「一緒にご飯、食べようと思っただけ! あと――」
一番言いたかった言葉が出て来ない。最初に思った事。窓を全部閉めればいいのに、という言葉が私の口から出ない。
言いかけた言葉の続きが気になる様子の君は、私の顔をじっと見ている。
その途端、8月の記憶が蘇った。
君のその純粋な瞳であの時、見ていたか? 急にそのことを聞きたくなって言葉の続きを言う。
「あと、聞きたいことがあるからお弁当、持ってついてきて」
私は君が弁当を持って来るのを廊下で待ってから、屋上へ向かう階段を目指した。
階段の一つの段に腰を下ろして弁当の蓋を開ける。いつも通りの、何の変哲も無い弁当。その中でも好きな玉子焼きから口に入れる。その甘さを楽しんでいると隣に座った君が言葉を発した。
「聞きたいことって何なの?」
私は君の言葉を聞いてから玉子焼きを飲み込んだ。そして真剣な顔で向き直る。それと比例するように君の表情も硬くなる。
「夏休みのこと、なんだけど――」
話を切り出すと君は記憶を辿るような素振りをする。数秒、待ってみると思い出したのか君は何度も頷いた。私はそれを確認して続きを話す。
「一度、家に来てくれたよね。その時、無理矢理帰らせたんだよね、ごめん……」
目を細めて私は改めて君に謝る。しかし、それも終わったことで君は呆れたような表情をした。私は気付いて話を続ける。
「それと……。帰らせちゃった後に君はもう一回、家に来たかな?」
今度は真っ直ぐ目を見て話せている。9月のような出来事は繰り返さない。だからこそ、見えてしまった。君の嘘が。
「どうだったかな。あの後、もう迷惑だと思って行かなかったと思うけど」
君が話している間、ずっと目が合わなかった。君なら簡単に嘘を吐けるだろう。なのに、何故あからさまに目を動かす? 嘘に気付いて欲しいのか。やっぱり分からない。君の真情が分からない。
この事は君ではないと聞けない。君しか知らない事実だ。嘘を疲れたら困る。でも。
私の心が君を認めた。
口で『信頼している』と言い、内心では『嫌い』という関係ではなかったのか。私は君の嘘一つで、心さえ変えられる簡単な人間だったのか。
君の言葉が頭の中で響いている。
あの日、君はもう一度私の家に来たのだ。用は分からない。インターフォンを押したのかも分からない。ただ、私を見に来ただけなのか。そう考えていると、急に君に興味が湧いた。
今までどう生きてきたのか。今をどう感じているのか。将来の事は決まっているのか。君について全てが知りたくなった。
心の中で善悪が喧嘩をしている。善は、このまま君を信じ今まで通りの生活をしろと。悪は、君について知り利用しろと。どちらも選べない。善と悪の中間は無いのか。丁度真ん中を選びたい気分になった。
そこで目の前に君が居て私が呼び出したことを思い出した。善悪を選んでいる場合ではない。とりあえず、今は善を取っておく。後に悪を手に取るかもしれない。
私は君に新しい質問をした。
「じゃあ、あの日何をしようと思って家に来たの?」
すると君は顔をさっと隠した。耳は真っ赤になっていた。不思議に思いながら返答を待つ。そして、数秒してからこもり声で君が話し始めた。
「あの事は忘れて欲しかったんだけどな……。 あの日は一緒に勉強をしようと思ったんだよ」
それなら主語をつけて喋れば良かったのに、と瞬間的に思った。そうすれば、私もあんな辛い過去を思い出すことはなかった。君と喧嘩のようになってしまう事も無かった。
君の主張を認めるべく私は口を開いた。しかし、出てきた言葉は思いとは裏腹な物だった。
「誤解を招いた君が悪いんだからね。いつか復讐するから」
私の中で善が悪に負けた。それ故に危ない言葉を言ってしまった。自分の言動に気付き、私は口を押さえた。そして一生懸命に首を横に振った。早口で口が滑ったという限度ではない。私の知らない所で思っていたのか。こんなにも君の事を憎んでいたのか。
この時、初めて自分の悪の心に気付いた。目には涙が溜まり始めている。君が身動き一つすれば落ちてしまうだろう。
そして君が立ち上がった。それと同時に予想通り目から雫が落ちた。私の涙など見ずに君は階段を下って行った。
チャイムが鳴り終わってから私は教室に戻った。
君はずっと勉強をしたかったらしく、席に座ってひらすらペンを動かしている。こちらには目も暮れず一生懸命に。それに挑発されれば私も、君など意識せずに勉強ができるのだが。生憎、今はそんな気分ではない。しかも君の存在が気になって仕方がない。
勉強をしながら何を考えている? ペンを動かしながら何を思っている? 文章を読みながら集中できている?
顔を見ても分からない。姿を視界に入れても分からない。
そこでふと思った。何故、私は君の事を考えているのだろう、と。こんなにも気になるのは何か理由があるはずだ。でも、何だろう。自身の事も分からない。
ぐるぐると頭の中で君の存在が回っている。と、不意に悪の感情が再び浮かび上がった。
分からない物は解決する。方法を考えろ。
悪が心の中で囁く。そして、一瞬で方法を考え付いた。
それが後に私と君の運命を狂わせて行く事になる。
そんな事も知らず、予想すらせず私は授業の支度を、君は勉強をしていた。私は君の存在を無視し、ただの顔見知りになってやろうと心の奥底で思った。
この日から私の悪の心が体を蝕んでいく。そして、悪の人間が出来上がる。その仕上げに入るのはクリスマスが近付く12月だ。私は結末が予想出来ていた。君の最期も想像できた。だからこそ、君の存在を無視した。
私と君は一週間で他人になった。
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