異邦人

田中ビリー

異邦人

遠慮さえなく突き抜けてゆく、集まる視線は好奇と違和が中和しない、

異邦の私は異物で或れと居直ろうにも独りに過ぎた、


断ち切り鋏で落とした黒い、流るる長い髪を掬うつもりで空振りする指、

合わない肩幅、ウールに見せるつもりすらない安普請、

無断で拝借した昨夜、視界の隅のガス灯を、錯覚したんだお天道様に、


あの刻、赤土、軒下眠るヘビ使い、

流るる時間がもたらす暁待っていた、

老婆はプラスチックの水晶玉を孫娘のように抱いている、

片眼鏡の白い口髭、詐欺師に売りつけられたことは知らない、

知らないままのほうがいい、


踏みつけられた紙幣を拾う薄着たち、遊戯のための偽とも知らず、

何を食べるか迷ってはしゃぐ、きっと彼らは明日も空腹、


異端で或る私には、見慣れられない風景を、

昨日も予定を持って歩いた、そんな素振りで視線を据える、

爪先には迷い持たせず、読めない言葉で綴られた、

木板の古い、街の地図を眺めているふりだけをする、

そうでもせぬには居場所すらない私の孤立は晴れ日の氷が如く浮く、


時計台は止まったままで、午前か午後の8時あたりを差していた、

そして此処で鳩は鳴かない、路上に降りることもない、

骨組みだけが残る荒屋、煙突から揺れる国旗が使い捨てのブラシにも見え、


解体された鉄の螺旋階段は、野良猫たちが寄り添う円環、

誰かの死体はひたすら腐乱を続けてた、

街の南にビーチがあって、雨を探したツバメは走る、

眼下の景にはなるべく近づかないように、


私は昨日を喪失してゆく定めの下に生まれたらしい、

捨てたつもりと忘れようとしていることが、

いつからだろう、私の組成の一部であると知っている、


骨と肉と血を以って、唯々、人であろうとするだけは、

行き場のない、根を張るにも土に慣れない、

異邦の私は此処では異端、視線の先は不明瞭、

刺さり続けど棘は抜けずに流れもしない血が痛む、


其れそのものが、私を人たらしめるもの、

生憎にも皮肉にも、滑稽にも猥雑も、

私は人に組成される生き物でしか、

其れこそ私を人とするもの、

それを思う以外に異端の私は溶ける氷にすらなれぬ、

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異邦人 田中ビリー @birdmanbilly

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ