第38話『種族対抗相撲大会~後編~』

 魔族の少女達の取り組みは見応えがあるものばかりだ。靭やかな女性の身体に成人男性顔負けの膂力を持つ彼女達にとって、50キロ前後の体重など羽のようなもの。一瞬の隙や、僅かな力の差で豪快な技が決まる度に会場は大いに沸き立つ。


 最も小柄なドワーフのリコリスが、最も体格に恵まれたナイトメアのラキュラを担ぐように持ち上げて土俵の外へ持っていく。


 小柄であることはハンデにならない。むしろステータスだ。


 だが、カイロスが「うちの女子生徒では危険」と言っていた意味も理解できた。


 確かに魔族は強いが身体能力に頼ってる部分が多く、彼女達がそれほど相撲が上手いわけではないのが見てとれたからだ。


 尤もそれは仕方がない。彼女達は競技者として、日々稽古を積んでいるわけではないからだ。そのため手加減が出来なかったり、受け身が取れない場合がある。


 技術が未熟であり、身体能力にも劣る人の女子生徒が、この試合に混ざる事を危険とカイロスが判断したのも無理はないだろう。


 また、魔族の間でも種族によって力の差が存在する。筋力でいえばエルフやナイトメアは人と変わらない。それでも彼女達の代役が立てられなかったのは、身体が丈夫であり、怪我の治りも早いためだ。


 土俵中央で組み合うのはクロトとルルホ。


 種族による先天的な差がなければ、勝負を決めるのは彼女達が持つ相手に打ち勝とうとする心と、修練によって培われた技、そして鍛え上げた肉体だ。

 

 人とエルフでは筋力に差は無く、むしろ骨格が細く余計な脂肪がつきにくい(らしい)エルフがやや不利といえる。


 白い肌を薄桃色に上気させ、綺麗な蜂蜜色の髪を振り乱して攻めるクロト。既にナイトメアのラキュラには体格差を覆せずに負けている。もはや勝ち目があるのは人であるルルホくらいということもあって、なんとか勝利を掴もうと必死の様子だ。


 身長ではややクロトの方が高いが、身体付きはルルホの方が良い。体力も普段猟師として野山を駆け巡っているルルホが上回っている。また、暴れる獣を相手にしていることで、力学に基づいた力のかけ方や、相手の体勢の崩し方を彼女は身に着けていた。


 クロトはルルホに何度も投げられそうになりながら堪えている。運動神経ならば彼女は決して引けを取らない。ルルホも中々技を決められずにいたが、やがてまわし(正確にはふんどしだがここではまわしと表現する)を引きつけ、クロトを捕らえると、大きくその身体を吊り上げた。


 これより前の試合で、クロトは力自慢の他種族に何度も吊り上げられて負けている。吊り出しなんて人同士の相撲ではそう見られないが、魔族の相撲では違う。下手に投げるより安全で確実。なにより力を誇示できる為、魔族の相撲では押しよりも吊りを基本としている。


 ルルホは人の少女だ。力はそれほど強くない。だがそれにもかかわらず、この取り組みで最もクロトの足が高く上がった。力学とボディメカニクスの融合。相撲は科学だと彼女はそれをこの試合で見せつけたのだ。


 脚をばたつかせて抵抗したクロトだったが、やがて観念したかのように力を抜く。土俵の外へ下ろされた彼女はその後ぺたりとその場にへたりこんでしまった。


 熱い視線で取り組みを見ていた彩兼にカイロスが声を掛ける。


「彼女にご執心のようですね」

「俺も人ですから」


 同じ種族としてルルホを応援している。それが建前であることは顔を見ればすぐにわかるだろう。


「彼女はね、昔この地にやってきたニッポンジンの子孫なんですよ」


 カイロスがその事実を彩兼に告げる。


「そうですか……」

「ええ、彼女はご両親を海で亡くして、今はひとりで猟師をしながら逞しく暮らしています。……逞しすぎるくらいですね。ははは」


 画面の中では腰を落としたクロトに手を差し出し、立ち上がるのに手を貸す姿が映し出されている。それを優しげな眼差しで見つめるカイロス。


 実の孫娘や生徒同様、カイロスはルルホに愛情を持って接しているようだ。


「彼女の祖先。ニッポンジンはこの国の恩人です。最初のうちは色々ありましたが、彼等はこの国の発展に力を貸してしてくれました。生真面目な連中でしたよ」


 懐かしむかのように遠い目をするカイロス。彼はその日本人達と同じ時代を生き、その子共や孫の行く末を見てきたのだ。そしてこれからも……


 彼らの間でどんなドラマがあったのか彩兼は知らない。だが故郷に帰ることなくこの地に帰化し、子孫を残した日本人がいる。自分もそうなるのかもしれないと、彩兼は感慨深く、勝ち名乗りを受けるルルホを見つめた。



***



 全ての取り組みが終わって、表彰式の様子が映し出される。


 撮影に忙しいカイロスに代わって、教師とみられる若い女性が力士達の健闘を称えている。


 優勝したのはドリアードのルピナだ。いかなる種族も彼女の歩みを止めることは出来ず、彼女はなんと全ての試合を押し出しで勝利している。


 準優勝はヤシャ族のハツである。ハツは大人しい性格ではあるものの、気が真面目なため勝利に対して手を抜くことはなかった。


 力で決して弱くはない兎系獣人のトバリを立会後一瞬で突き倒し、狼系獣人のヒシャクも投げ倒すなどヤシャ族として生まれ持った身体能力を存分に発揮して圧倒。ファルカとの取り組みは、力と力の接戦となったが、最後には土俵際まで追い詰めて寄り倒して勝利した。


 3位と大健闘をみせたファルカ。4位のドワーフのリコリスとの取り組みは一瞬で、懐に潜り込もうとしたリコリスの頭を叩いて、ぺちゃんと土俵に沈めてみせた。どうやら、先の取り組みでルルホがやろうとしたのを真似したらしい。ルルホでは力不足だったが、メロウ族の腕力により成功したというところだろう。だが、やはり力任せなところがあり、ヒシャクとの取り組みでは力比べで優勢だったファルカが、土俵際でうっちゃられて投げ出されてしまう場面があった。ヒシャクの足が先に土俵の外に出ていたことでファルカに軍配が上がったが、際どい判定だったのは事実だ。そして完全な力勝負ではルピナとハツに負けている。


 試合前の予想では優勝候補の一角であったらしいヒシャクだが、結果は4勝4敗と振るわなかった。


 狼系獣人は高い身体能力と鋭敏な感覚を持ち、過去他種族を襲い食らっていた歴史を持つ恐るべき種族である。体格で勝る兎系獣人のトバリを組み伏せるように倒して捕食者としての面目を保ったが、他の種族には力負けしてしまう場面が多かった。だが、相撲ではなく、別の競技だったら間違いなく大活躍だっただろう。


 会場となった村から人代表として参加したルルホだったが、3勝5敗と負け越すことになってしまった。


(技量的には間違いなく一番だった筈なのに……俺だったら悔しくてこの世界が嫌いになるかもしれない)


 種族という壁がこの世界には存在する。しかし、負けてしまったにもかかわらず、彼女は、応援する村人たちに囲まれて笑顔を見せている。


(強いんだな)


 当事者でもない自分が勝手に暗くなっているのが恥ずかしくなって、彩兼は意識を切り替える。


 2勝6敗と戦績の振るわなかった、兎系獣人のトバリ。特徴的な長い耳は毛玉のような尻尾と共に変幻によって消えているが、白い長い髪に赤い瞳。白い肌と肉感的な肢体を持ち、体格から見ても上位に入ると予想されていた。


 兎系獣人は土の精霊の力を借りた魔法を得意とし、身体能力、出生率のバランスもよく魔族の中でも最も数が多い。ある意味この世界で人の上位互換として完成された種族と言える。


 しかし結果は惨敗。それでも同じく体格の良いナイトメア族のラキュラとの取り組みは実に見応えのあるものだった。豊かな肉体がぶつかり合う、力の入った相撲を見せて、最後は力で分のあるトバリがラキュラを吊り上げて勝利した。


 この日最大の被害者はエルフ代表のクロトだろう。彼女は文武両道の優等生だが、競技種目との相性が決定的に悪かった。結局彼女は1勝も上げることが出来ずに終わる。

 

 また、普段少し偉そうに気取っている彼女を力で屈服させる快感に囚われる者や、これ幸いと恨みを晴らそうとする者がいたりいなかったり……



***



 動画が終わると彩兼は高まった心を鎮めるために、一度瞑目して静かに息を吐いた。

 美しく健康的な少女達の名勝負の数々、素晴らしい内容だった。


 しかし、疑問も生まれる。


「でも何故相撲で交流が図れるのです? 力のある種族なら兎に角、人やエルフは楽しめないんじゃないですか?」

「この国で一番相撲が強い男はエルフですよ?」

「え?」


 エルフを代表して出場したクロトは健闘むなしく最下位に終わったはずだ。カイロスの言葉に彩兼は間抜けな声を上げた。


「魔力は生物の肉体に影響を与えます。それは魔像は勿論、魔法が使えない人も例外ではないのですよ。君はサバミコの町でフリックス君の戦いを見ましたか?」

「え? ええ……」


 巨大な太刀を軽々と振り回し、驚異的な戦闘力を見せたフリックス。彼は人であるにもかかわらず、魔族をも超える身体能力を持っていた。


「彼のような超人はそうそう生まれはしませんが、競技者として修練を重ねることで魔力はそれに答えて力を与えてくれるのです。ですから真の力士の間に種族の壁は存在しません。身体的なハンデがなければ、寿命が長い種族が経験で有利に立てるのは道理でしょう?」

「なるほど」


 血の滲むような鍛錬や、多くの経験を積むことで肉体は魔力によって進化する。それは、魔法が使えない人であっても同様なのだ。動画の中の少女達はまだその域に達していなかったために、種族による差がはっきりと示される形になったのである。


 彩兼はすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干す。高揚した頭と体にはむしろ美味しく感じられた。


「入れ直しましょうか?」

「いえ、お構いなくそれよりも……」


 彩兼は彼のタブレットPCに目を向ける。


「この世界を知る上で大変貴重な資料です。是非今の動画のコピーを頂きたいのですが」

「ええ、勿論構いませんよ。ただ、先程のここで働いてもらいたいという話ですが……」


 カイロスは破顔してそれを快諾するすると、マイヅル学園で講師をやってほしいという話を再度持ち出してきた。


 一度は考える時間をくれと言ったが、これほど素晴らしいものを見せられては彩兼も断るという選択肢は既に無い。彩兼は右手を差し出して言った。 


「よろしくお願いします学園長」

「ふふ、こちらこそよろしく。それでは詳しい話をしていきましょうか……」


 握手する彩兼とカイロス。

 こうして彩兼は国立マイヅル学園への採用が決定したのだった。

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ファルプファンタジア ~コスモリウムの人魚姫~ ぽにみゅら @poni-myura

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