第37話『種族対抗相撲大会~前編~』

 相撲はかつて訪れた日本人によってもたらされたとされている。元々似たような競技や遊びは各地に存在していたが、よりスポーツとして確立された相撲の登場によってそれらの競技者の統合が行われると、ルネッタリア王国内で爆発的に広まった。その人気は種族の垣根を超え、政治にも大きな影響を及ぼすことになる。相撲による種族交流は相撲外交とよばれ、異種族間の友好に大きな成果をもたらしたのだ。


 日本でも相撲は近年中学校で必修となっているが、ルネッタリア王国の教育機関でも相撲を学ばせることを推奨している。国民なら1度は土俵に上がったことがあると言われるくらい相撲が盛んに行われているのだ。それは王国最高学府のマイヅル学園でも例外ではない。だが勉学主体の性質上体育のレベルはあまり高くないため、そこに通う生徒は決して強くはない。そう思われていたのだが……


 青空の下、胸にさらしを巻きふんどしを締めた少女達が集まっていた。ファルカ、クロト、ヒシャク、ハツといった知った顔もある。ファルカも流石にノーパンではなく、しっかりと穿いていた。いや、締めていた。ふんどしを……


 あまりの絶景に彩兼はいくつも湧いて出た疑問を口にするのを忘れた。


「こ、これは……!?」

「先月、遠足に行った先で村相撲の大会をやっていましてね、その余興としてうちの子達も混ぜてもらったのです。これはそのとき行われた種族対抗親善相撲大会の様子で、各種族から1人代表が出て最強種族を決定するという……どうしました?」

「あの、なんで女の子なんですか?」

「うちに来る魔族は圧倒的に女子が多いからです。魔法の力は女子の方が強い種族が多いため、女子を広く募集しているというのもありますが……基本魔族は出生率が低く跡取りとなる男子を他所にやりたがらないんですよ。それでも来るのは次期族長クラスですからこのような催しには参加させられません。その勝敗でどんな遺恨が残るかわかりませんからね」

「そ、そうですか……」


 出場種族は人、エルフ、ドワーフ、ドリアード、メロウ、ナイトメア、ヤシャ、狼系獣人、兎系獣人の9種族。

 ルールは各種族から選ばれたの代表による総当り戦を行い、その勝利数で優勝種族を決める。1人しかいない種族もいるので途中の選手交代は認めないというものだ。


 そこで彩兼は彼女達が有している種族的な特徴である、細長い耳や、角、尻尾などが見られないことに気がつく。


「相撲をとるときは人の姿に変幻メタモルフォーゼするのが決まりです。角がある種族もいますし危ないですからね」


 そう言ってカイロスは自分の長い耳を人のものに変えてみせた。


「そんなことできたんですか!?」

「驚く程のことではないでしょう? 人の姿に化けるなんてイタチにだって出来るじゃありませんか。エルフに出来ないわけがないですよ」

「……それもそうですね」


 人への変幻メタモルフォーゼは魔族なら当然、タヌキやキツネ、イタチにもできることらしい。


 タブレットの画面が種族の代表を一人ずつ舐め回すように映し出す。


「……撮影はどなたが?」

「僕です」

「グッジョブです」

「ありがとうございます」


 何故カイロスがこんなものを持っているのか? 気にはなるが、今は動画の方が重要である。


 隠し撮りの類ではなく堂々と撮影したのだろう。画面には少女達の生き生きとした表情が鮮明に記録されている。だが間近で撮られているにもかかわらず、彼女達はそれを気にする様子が一切ない。おそらくカイロスが何をしているのかわからなかったのだ。


 メロウ族代表はファルカだった。豊かなバストにさらしを巻き、むっちりと膨らんだ尻臀をふんどしでぎゅっと締め上げる。素晴らしいプロポーション持つファルカだが、どうやら彼女が特に発育が良いわけではないらしい。同世代の中では平均よりやや上といったところだろう。


 ハツもまた学園唯一のヤシャ族ということで出場となった。肉付きの良い浅黒い肌に白いふんどしがよく映える。おとなしそうな彼女が衆目の中で恥ずかしそうにしている姿は実にエロティシズムを感じさせる。


 胸囲の平均値をがっつり下げているのがエルフ代表のクロト、続いて狼系獣人代表のヒシャクだが、それを補って余りあるほど引き上げているのが、ドワーフ代表のリコリス、ナイトメアのラキュラ、そして兎系獣人から出場するトバリだ。


 リコリスは他の女の子達に比べて頭一つくらい背が低い。可愛らしい顔立ちに、頭の後ろで束ねた栗色の長い髪はつやつやで、まるで人形のような少女だが首から下が凄かった。たわわな質量弾を2発装備した彼女に体格的なハンデは無いだろう。


 ラキュラは褐色、黒髪のエキゾチックな美少女で、トバリは色白で白髪。背も高くスタイルも良いこの2人は地球の女子相撲のレギュレーションに当てはめると、他の女の子達よりワンランク上になるかもしれない。


 そして彩兼の知らない顔がもう2人。


 1人はドリアード代表のルピナ。ルピナは学園であまり目立つ少女ではない。スタイルも普通で顔立ちにも特徴が見られないためだ。だが、この世界の平均的なスタイルは日本ではかなり良い部類に入るだろう。そして見てほっとするような尖った部分のない顔立ち。華やかな他の女の子に囲まれてたしかに目立たないが、よく見たらすっごい美少女。それがルピナである。


 9人それぞれに魅力ある女の子ばかりだが、その中で最も印象強く彩兼の目に止まった少女がいた。黒い髪をポニーテールに結わえ、健康的な小麦色の肌。新体操選手のように引き締まった体をさらしとふんどしの粗い綿の生地が引き立てる。


 スタイルのいい子は他にもたくさんいる。だが彩兼はこの少女が最もふんどし姿が似合っていると感じた。まさにベストフンドシスト!


 だが気になったのは、決して彼女の尻に見惚れたからというわけではない……


(似てる……)


 彼女は楠木咲穂くすのきさくほにとてもよく似ていた。


「可愛い子でしょう? 彼女はルルホさんといって、そこの村相撲で今年一番になった子です。ということで、人の代表として出てもらいました」

「どうして人だけ外部から? ずるくないですか?」


 この学園には人の生徒がたくさんいるはずだ。なのに他所から実力者呼んでくるのはフェアじゃないだろうと彩兼は思ったが、それには仕方のない事情があるらしい。


「うちにいる人の女子生徒で異種族戦は危ないですからね」

「それはどういう……?」

「見ていればわかるでしょう。ほら取り組みが始まりますよ」


 最初の取り組みはルルホとファルカだった。ファルカはサバミコの町で一緒に戦った戦友だが、彩兼が応援したいのはルルホの方だ。何故かといえば同じ種族としてというのもあるが、楠木咲穂くすのきさくほに似た彼女は非常に彩兼の好みだったからである。


 土俵を挟んで相対するファルカとルルホ。一礼の後に土俵に入る。

 足を開いて腰を落とした蹲踞から、地面に手を付き姿勢は完全に日本の相撲スタイルだ。流石村相撲横綱というだけあってルルホの方が様になっている。対してファルカは形だけ真似しているような感じだ。


 互いの息が合った瞬間が勝負開始の合図。はっけよいで、少女の体がぶつかり合う。


 立ち会いからの動きはやはり断然ルルホ良かった。相手にまわし(実際にはふんどしだがここではそう表現する)を掴ませず、脇から手を入れて投げにかかる。ほとんど素人同然で、相撲の形だけ真似しているように見えるファルカとはレベルが違う。


 ルルホの掬い投げにファルカの体が大きく傾むく。この瞬間、彩兼はこれで勝負があったと思った。


 だが、ファルカは片足で踏ん張ってそれに耐えた。普通ならありえないが、ファルカは片足一本でルルホの投げを抑え込んだのだ。窮地を脱したファルカがルルホのまわしを掴むと形勢は一転する。ルルホの技量を警戒したファルカは体を密着させるように捕らえて、土俵際へと追い詰める。

 土俵際で粘りを見せるルルホだったがついにその足が地面を離れた。ファルカは自分の脚を彼女の脚の間に割り込ませ、太ももに乗せるようにルルホの体を持ち上げると、ルルホを土俵の外へと投げ飛ばしてしまった。大相撲でも滅多にみられないような大技。櫓投げだ。


 人類代表、人魚姫に敗れる。


 彩兼はカイロスが何故これを見せたのかわかった気がした。土俵の上にはこの世界の縮図があった。


 取り組みは続く。彩兼は自然とルルホの姿を追うようになっていた。


 画面の中ではルルホがハツに逆さ吊りにされている。


 人とはなんて無力なのだろう。


 ルルホは決して弱くはない。ヤシャ族のハツにパワーで敵わないと見たルルホは、低くい姿勢から相手の脚を狙った。しかし、ハツの脚は動くことはなく、腹から抱え上げられてしまう結果となった。その時点で行司はハツに軍配を上げルルホはゆっくりその足元に倒された。


 力自慢だが、小柄なドワーフの少女リコリスは、相手の腹の下に潜り込んで相手を持ち上げ勝ち星を上げていた。そこでルルホは相手の頭を抑え土俵に叩きつける叩き込みを狙ったが、仕留めるには及ばず、捕まった後は軽々と土俵の外へと吊り出された。


 ドリアードのルピナは押しても引いても動かない。なすすべなく押し出された。


 ヒシャクとはいい勝負だった。上手を取り有利な態勢から互いに投げを打ち合う形になったが、膂力差と、ヒシャクのバランス感覚を打ち破るには一歩及ばず競り負けた。


 ルルホは技術的には間違いなく群を抜いている。だが他種族との身体能力の差の前に彼女の技は届かない。


 悔しいはずなのに、それでも背筋を伸ばして礼儀正しく土俵を去る。彩兼はその姿に感動を覚えずにはいられなかった。


 そして兎系獣人のトバリとの取り組みでそれは起こった。


 終盤に差し掛かかり、体力と集中力が切れて来たのだろう。トバリの動きにはキレがなく動きも単調になっていた。しかしそれでも体格でも膂力でもトバリの有利は変わらない。吊り上げられて一瞬ルルホの足が浮く。だがその後体制を立て直したルルホをトバリが押し切ろうとしたとき、ルルホの下手投げが決まりトバリの体を土俵に転がす。


 それは奇跡ではない。彼女の実力によるものだ。


 彩兼は汗ばむほど握った拳で流れ出た涙を拭った。


 人の可能性を見せてくれてありがとう!  

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