ロースト・ピグ2号室

秀田ごんぞう

幻の死体《Phantom Corpse》

 ――おや、ようやくお目覚めのようだね。いい夢は見れたかい?

 ……え? 僕は誰かって?

 ふうむ……どうやら君は寝ぼけているらしいね。まずはこのコーヒーを一杯飲むといい。体が温まって、ぼんやりした頭が晴れていくはずだよ。

 ふふっ。そんなに苦そうな顔でコーヒーを飲むのは世界広しといえども、君くらいのものだね。さて何から話そうか。

 まず、僕等がいるこの場所について話そうか。

 僕たちが話しているここはロースト・ピグ2号室。知っての通り、レンテリアーヌ通り三番街の路地裏に佇む古風な下宿場にある君の探偵事務所さ。そろそろ目が覚めてきたかい?

おっと、僕のことを紹介するのを忘れていたね。

 僕の名はロイ・リンゼイ。ロイと呼んでくれて構わない……ていうか君はいつも呼び捨てにしてるよね。見ての通り、小麦色の髪と頬についたそばかすがトレードマークのナイスガイさ。……なんだよ、そのバカにしたような目。

 さて、君について僕から一言言わせてもらおうじゃないか。

 知っての通り君は有名人だ。ここ、レンテリアーヌ通りでレオン・カイルのことを知らない人はいないだろうね。卓越した頭脳を持ちながら沈黙を貫き、事件の解決は全て相棒の僕に任せるという……まさにグータラ探偵だ! 手入れが十分でないくせ毛に、テキトーにおタンスから引っ張り出したであろう独特なコーディネート……君ほど怠惰な探偵も珍しいよ。

 おっと、そんなに怒らないでくれたまえ。僕はレオン、君のありのままを話したに過ぎない。自分を受け入れるのは、人間、大事なことだと思うがね。

それと誤解しないで欲しいが、僕は君のことを尊敬している。君はいつも僕の知らぬ間に頭の中であっという間に事件を解決してしまう。けどとってもシャイな性格のせいか、生来の底意地の悪さのせいか、君は断片的なヒントしか教えてくれない。謎の答えはとっくにわかってるはずなのにね。仕方なしに、僕は君のヒントを頼りに事件を解決に導く。

……まぁ、君が面倒がらずに外へ出ていくことさえできたなら、話はもう少し簡単なんだろうけど……と、おや、おかみさんの声だ。どうやら今日もまた依頼主がいらっしゃったらしい。こういう時、かわいい受付嬢でもいれば、もっと印象良くなるだろうに……。

 無い物を嘆いても仕方ないか。

 今日も頼むぜ、相棒。


▼△▼


 ふう、依頼人は帰っていったか。それにしても綺麗な女性だったね。紳士であるこの僕にふさわしい麗人だった……と、そんなに怖い目で睨むこと無いじゃないか。君だってまんざらでもない顔してたくせにさ。

 よせよ、絡むなって。

 さてと、ひとまず彼女の話をおさらいしてみよう。


 おかみさんに連れられてやって来たのは容姿端麗な女性。名前はコーリー・テングス。この辺りでは見かけない姓だね。現在一人暮らしでオドール街のアパートを借りている。

 とはいえ、本当に……本当に綺麗な女性だったなあ……。できればお近づきになりたい。今から急いで走って行けば追いつけるだろうか……。

 はは冗談さ。ほ、ほんとだってば!

 ……レオン、友人としてアドバイスさせてもらうと、君の目つきは想像を絶するほど怖いんだ。僕は君に出会うまでこれほど恐ろしい三白眼を目にしたことはなかったよ。だから、あんまり人を睨むなよな。僕じゃなければきっと失神してるだろうから。


 ――話を続けよう。


 彼女の相談というのは、これまた摩訶不思議なものだった。

 事件が起きたのはちょうど三日前のこと。仕事を終えて家に帰ってきたコーリーはアパートの部屋のドアを開けようとしておかしなことに気づく。玄関に灯りがついていたのだ。家を出る時に電気は消したはずだし、合鍵は自分以外に持っている人がいない。


 まさか……泥棒!?


 不安になりながらも彼女は恐る恐る部屋の扉を開ける。開けた瞬間、鼻を突くような刺激臭が漂ってきたという。顔を顰めながら歩いて行くと、ダイニングで予想もしない光景を目にする。


 リビングで男性が死んでいた。白目をむいて、開ききった口からは涎が垂れており、服は湿ってよれよれだった。


 パニックになったコーリーは悲鳴を上げながら外に飛び出して、隣人のドアを激しくノック。やがて出てきた隣人に事情を説明し、すぐに警察に連絡をした。

 隣人はショック状態のコーリーに代わり、部屋の様子を見に行ってくれた。ところが戻ってきた隣人は部屋に死体など無かったという。そんなはずはないと、自分も確認するが、信じられないことにテーブルの足を掴んで死んでいた死体が忽然と姿を消していた。

 先程まであったはずの男の死体が、跡形もなく無くなっていたのだ。綺麗さっぱり、魔法のように死体の姿がテーブルの下から消えていた。

 やがて通報を受けてやって来た警察は、馬鹿にするのも大概にしてくれと彼女らに激怒して帰っていった。


 だが、コーリーは納得できなかった。いたずら? 幻覚? そんなはずはない。自分はこの目で確かに見たのだ。テーブルの下に横たわる男の死体を。

 すでに彼女の心からは恐怖の色は消え失せ、事件の真相を究明したいという強い探究心が彼女を動かしていた。そしてその探究心が彼女をロースト・ピグ2号室まで導いたというわけだ。


 依頼人の話を要約すると……家に帰るとテーブルの下に死体があった。驚いて隣人の部屋に駆け込み警察を呼ぶ。やがて警察が来る頃には、死体が嘘のように消えてしまっていた。

 ……とまあ、こういう事案なわけだ。


 改めて考えてみると、実に不可思議だね。死体が突然消えるなんて芸当は人間に出来るものじゃあない。不可解な点はそれだけじゃあない。コーリーは家を出る時、鍵を閉めて出掛けた。もしそれが事実なら、死んだ男はどうやって彼女の部屋に侵入したのか?


 この事件は死体が消えただけでなく、密室殺人の要素も合わさっているんだ。


 彼女から話を聞いただけでは、僕には事件の全貌がさっぱりだよ。君もそうだろレオン?

 おや……その顔はなにか妙案が浮かんだ顔だね。……まあいいさ。僕はいつもの様に調査に出かけてくるから、レオンはここで考えていて欲しい。

 今日は寒いからな……しっかりコートを着てと。

 あ、僕がいない間に居眠りしてるなよ!




   ――そして、三時間後。




 ただいまレオン。現場に行って色々と新たに分かったことがある。まぁそう焦らすなって。コーヒーで一服するくらいの権利は僕にもあると思う。

 ……ふぅ、良い香りだ。

 さて。一息ついたところで、僕が見てきたことを話そうか。


 実際に彼女の家で改めて話を聞くことでいくつかわかったことがある。

 まず基本的な情報から話すけど、依頼人のコーリー・テングスはオドール街に住む二十三歳の女性。電車で三駅ほどのところにあるオフィスで、事務の仕事をしている。独身であり実家から離れて現在はアパートで一人暮らしをしている。……とまあ、彼女についてはこれくらいか。


 ……もっと聞きたい? そんなに睨むなよ。ジョークだってば。


 彼女の部屋の間取りは標準的な1LDKだ。彼女の給料に見合った部屋であると言える。

 ……と、これは余計だったね。


 玄関を入ってすぐ左手にバスルーム。廊下を進むとリビングがあって、寝室が併設されているような構造だ。彼女の部屋はアパートの三階にあって、窓は洗濯物を干したりするベランダ以外に、リビング、キッチン、寝室、バスルームの五カ所。そのうち、リビングと、バスルームの窓にはアパートの大家の意向でサッシがつけられていて出入りはできない。窓を除いた出入り口は玄関のドアだけだ。


 コーリーの証言では、仕事を終えて帰宅するとリビング中央のテーブルの下で男性が白目を剥いて倒れていた。パニックになった彼女は助けを求めて隣人の部屋に駆け込んだ。隣人はとにかく警察に連絡するように伝え、コーリーが電話している間に、隣人が部屋の状態を確認に行った。ところが隣人が確認すると、男性の死体は消えてしまっていた。


 幻のように消えた男性……仮にXとしよう。


 その日、依頼人はいつものようにしっかり戸締まりを確認してから仕事へ出かけた。つまり、彼女が帰宅するまでの間、部屋は密室の状態にあったということになる。

 Xはどうやって依頼人の部屋に侵入したのか? どうやって姿をくらませたのか? そしてそもそも……Xは何者なのか? 今回の密室殺人事件の謎はこの三つに集約されていると言っていい。


 ……え? まだ密室殺人と決まったわけじゃないって?


 何言ってるんだレオン。いや、どう考えてもこれは密室殺人だよ。鍵のかかった部屋で殺人が行われたのだから。


 ……レオン? 何を書いているんだい? ふん、あいかわらずメモの渡し方までぶっきらぼうだね、キミは。いつも思うけど、面倒じゃないか筆談? 僕くらいには素直に話してくれても良いと思うんだけど……。

 ……え? いいからさっさと読み上げろって? ……わかったよ。

 え~と、なになに……。


『ロイ。お前の社交性は俺も頼りにしているけど、あまりに依頼人に肩入れしすぎるのがお前の悪い癖だ。考えても見て欲しい。

 この事件はそもそも依頼人、コーリー・テングスの証言の上に成り立っている。

 ……つまりだ。彼女が嘘をついているとするならば、部屋に突然現れた死体そのものが存在しない。警察が言うように、俺たちに対する一種のイタズラという可能性がある』


 …………。


 レオン。確かに君の言うように、コーリーが嘘をついているとしたら、事件は白紙になる。だけど、君は彼女に実際に会っていないからそんなことが言えるんだよ。

 僕は実際にこの目で彼女に会ったから分かる。嘘をつく人間っていうのはね……、必ず瞳のどこかしらが曇っているものなんだ。

 だけど、コーリーの目には一つの曇りもなかった。あんなに綺麗な目をした人をしているのは彼女以外では……君くらいのものだ。だから、僕は彼女の証言を信じるよ。

 それにイタズラだったらそれで話は終わりだけど、仮にイタズラじゃ無かったら……その方が問題だ。君が言うように彼女の証言がイタズラであるというのならば、まずその証拠を見つけ出すべきだと思うね、僕は。


 ……あ、またサラサラと。よくもそんなに考えていることを素早く紙に書けるよね。君の速筆技術には素直に感嘆するよ。

 これを読めば良いんだろ? え~と……。


『……分かった。お前が言うように、彼女の証言は真実である……少なくとも意図的に嘘はついていないという仮定の下、事件について考えてみよう。

 まず始めに……これはまだ俺の憶測に過ぎないが、おそらくXは生きている』


 ……って、えぇ!? 

 レオン、君は正気か!? だって、コーリーは確かにテーブルの下の死体を見た、と言っているんだよ!?


 え? 続きを読め? あ~続きがあったのね。もっとわかりやすく書いて欲しいね、まったく。


『Xは生きている……これは明らかに依頼人の証言と不一致の事象だ。だが、事件の流れから見て、こうした考えに至るのは実に自然だと思う。


 君にもわかるように説明しよう。テーブルの下に死体があった。窓はサッシではめられていて、蟻でもなければ出入りは不可能。出入り口はただ一つ玄関のドアだけ。依頼人がパニックになって部屋を出て、戻ってくる十五分ほどの間に死体は姿を消していた。


 一体どうやって死体は姿を消したのか?


 こう考えてみると良い。そもそもの前提が間違っていた。死体は生きていた。ちょっと言葉が変だが文字通り、Xが生きていて、彼は死んだふりをしていただけだった。そう考えれば死体が消えたトリックは簡単に説明できる。


 すなわち……ドアが開いた隙に、自分の足で歩いて出て行ったんだ』


 ……レオン、君の想像力はすごいね。よくもこんなことを思いつくもんだと思う。


 だけど、ちょっと無理がある気がするよ。まずXは警察が来ることをどうやって知ったんだ? 依頼人はすぐ戻ってくるかもしれないし、そんな状況で煙のように消えれるものかな? だって彼女の証言ではXは血を流していたし、流れた血はテーブルの下にも滴っていたはずだ。それらをすべて短時間で片付け、なかったことにするなんて……とてもじゃないが普通の人間にできる芸当じゃ無いと思うね、僕は。


 まぁでも……君がここまで全力でペンを走らせるなんて、そうそうないもんね。

 それだけでも、この事件……実に興味深い。


 実はね……レオン。依頼人のコーリーを呼んでいるんだ。君自身が彼女に質問することで、また違ったものが見えてくるかもしれないからね。


 ……え? 恥ずかしいからやめろって!?


 いい加減そのシャイな性格、どうにかした方が良いよ。そんなんじゃいつまでたっても結婚できないぞレオン。君は顔だけはわりとマシなんだからさ。早く相手を見つけた方が良い。


 大きなお世話だって? いや、ここは親友としてしっかり忠告させてもらうよ。

 じゃ、とりあえず……彼女を呼んでこよう。今頃、この事務所の階段を登ってきたところだろうから。

 ……ね?

 いいかいレオン。僕が話の橋渡しをするから、君は緊張しないで良いんだ。彼女の話に集中してくれれば良い。じゃ、準備はいいね? はは……そんな不安そうな顔するなよ。





「あの……失礼します」


 やぁコーリーさん。前にも話したけど、僕が助手のロイで、そっちで椅子に座っているのがレオンです。《レオン・カイル探偵事務所》へようこそ。さ、レオンも挨拶して。


 ごめんねコーリーさん。レオンはちょっとシャイなところがあって、気にしないでくれるとありがたい。


「えぇ大丈夫です。それで……レオンさん。私の見たものって言うのは一体何だったんでしょう?」


「…………」


「あのーレオンさん? 何を書いているんですか?」


 ああ、ごめんごめん。レオンは無口でね。それが彼のトレードマークでもあるんだけど。

 ……これを読めばいいわけね。……えっと…………。


『はじめましてコーリーさん。私はレオン・カイル。そちらのチャラついた男は助手のロイです』……って! レオン! 君ねぇ!


 ……ったく、続きを読めば良いんでしょ読めば!


『――正直なところ、私はあなたの話が半信半疑です。しかし、友人の助言もあり、あえてあなたの話は正しかった……少なくともそうした前提の上で考えてみることにします。

 男の正体……彼をXとするならば、Xの正体や行方も気になるところですが、私としてはそれよりも一つあなたに確認したいことがあります。コーリーさん、あなたは仕事に行く際、鍵をかけていったと言っていましたね。それは確かですか?』


「鍵……ですか? かけましたよ。私はいつも鍵をかけたら、本当にしまっているかチェックするようにしてるので、間違いなくかけたと思います。……あいにく、それを証明できる人はいないんですけど」


 そりゃあそうだよ。鍵をかけるところをじぃーっと見ている人物がいたなら、そいつこそ怪しい。レオン、僕も彼女の考えに賛成だね。……で、次はと。


『わかりました質問を変えましょう。コーリーさん、あなたはどうして部屋に鍵をかけて仕事へ行ったのですか? それもわざわざしっかりと開閉のチェックをしてまで』


「なんで……って、鍵をかけていくでしょう普通なら。それにあのう……私はレオンさんと話をしに来たつもりなんですが、どうしてロイさんが?」


 ああ、すまないねコーリーさん。これがウチのやり方なんだ。慣れないかもしれないけど我慢してくれ。えっと……よくこんなに長く書いたなぁ。

 コーリーさん、レオンのメモにはこう続けてある。


『二度も開閉のチェックをする。慎重な性格にもとれるが……他に何か別の理由があったのでは無いか、と私は考える』……か。


 僕たちは探偵だからね、依頼人である君の素性を調べさせてもらったけど、普段の仕事の様子からすると、コーリーさんは慎重な性格をしているとは思えないね。職場の人も細かいミスが多いって言っていたし……あ、君を貶しているわけじゃないから、誤解しないでくれよ。


「ええ、わかってます。でもレオンさんは何が言いたいんですか?」


 つまりね彼は、こう言っているんだ。

 何か鍵をかけないと不安になるような出来事が最近、コーリーさんの周辺で起きなかったか? それが無意識に影響しているのでは無いかと、彼は考えている。


「……特に何も無かったですよ? いや……ちょっと待ってください。確か一週間前くらいに不審な事件があった気がするんですけど……すいません、最近仕事が忙しくてあまりニュースを見れてなくて」


 ……不審な事件? そんなのあったかなぁ?

 はいはい次はコレね。


『キミは探偵失格だな』


 うるさいな。

 せめてヒントだけでもくれればいいのに。


 ……ん? この新聞を読めって?


 これは……先週の新聞だね。

 えーっとなになに…………ああこれ、先日の変死事件の記事じゃないか。そうか、これもオドール街で起きた事件だったね。元犯罪者の死体が発見されたって言う事件で、どういう経緯で誰が殺したのか不明で犯人もまだ捕まっていないから警察が情報提供を募っていたね。

 確かに奇怪な事件ではあるがこの記事がコーリーさんの事件と何の関係が? 確かに彼女のアパートがあるのもオドール街だけど、それだけで関連を疑うのは余りにも安直だよ。

 そもそも、コーリーさんはXと会っているわけで、その記事の男は少なくとも一週間以上前に死んでいる。どう考えても別人だし、今回の事件との関係性がまるで見えないね。

 

 ……ん? 本当に君は速筆だな。


『少しは自分の頭を使え』


 余計なお世話だよ! レオン、君本当に口が悪いな。いや、この場合は書き癖というべきか。まったく僕だから穏便に済んでるものの。ああ、コーリーさんすまないね。僕の相棒は見ての通り社会不適合者なんだよ。


 ん……? ああ、はいはい次はこれを読めと。


『例えば、あのアパートに引っ越してきたとき、誰かに周辺の土地について何か教えてもらわなかったかい? どこのスーパーマーケットが安い、だとか』


「ああ、それなら、引っ越しの挨拶の時に皆さんに色々教えてもらいましたよ。隣に住んでるキャシーさんには特にお世話になっていて、若い一人暮らしは物騒だから、しっかり戸締まりしないとね、なんて色々アドバイスしてもらいました。大家のアルバートさんも親切な人で助かります。タイムセールの時間帯とかも細かく教えてくれて助かりました」


 ふーんいい人なんですね、隣人さん。僕も話を聞いたとき、人当たりがいい人だとは思ったけど。それでレオン、これで何かわかったのかい?


『いいや、何も。次の質問。これは単純だが、コーリーさんは最近、誰かを部屋に入れたかい? 彼氏とか、友達とか、思い当たる人物について教えて欲しい』だって。


「ここ一週間は仕事が忙しすぎて、あまりプライベートに時間を割けなくて。でも三日前に家に友達を呼んで軽いパーティをしましたよ」


 そのとき誰を呼んだか、覚えてますか?


「えぇーっと……近所に住んでるアンリに、学生時代からの友人のレベッカも呼んだわ。レベッカがとっても良いワインを持ってきてくれたから、隣の人にもおすそわけしたわ」


 ……だそうだ。レオン、まさか君は彼女の友人がXだと考えているのか?


「そんなはずありません! アンリもレベッカもそんなことをするような人じゃありません! 第一、私が見たのは血まみれの男性ですよ? 二人とも女性ですし、あり得ないと思います!」


 コーリーさん、気持ちは分かるけど落ち着いて欲しい。レオンは何も考え無しに言っているわけじゃないよ。事件はどういう前提で起きたのか……。

 コーリーさん身辺調査もその中で必要なことなんだ。


 だが……パーティに来た友人達にはコーリーさん宅に不法侵入する動機は特になさそうだね。二人とも善良な市民だし、彼女との関係も良好だ。

 しかしそうなってくると……いよいよ疑いのある人物がいなくなってくるね。

 偶然、彼女のアパートに目を付けて犯行に及んだ犯人……。そう考えるしかないんだろろうか……。


『……最後に一つだけ。コーリーさん、あなたが今の部屋に引っ越してくるとき、決め手は何だったのでしょう?』


「決め手……ですか……? んーと……駅に近いし立地が良かったのと、あとは家賃ですね。私のお給料じゃ、そんなに高い所には住めないし、ちょうど良かったんです。それくらい……ですかね。あのぅ……これでもお役に立てましたか……?」


 ありがとうコーリーさん。レオンもそう言っているよ。

 今日はわざわざ来ていただいてありがとう。近いうちにまた連絡するから、その時はまたお茶でも。


「え、ロイさん!? だって、まだ謎は全然……」


 ふふ、大丈夫。今の質問でレオンの顔が変わったから、きっと良い返事を期待して待っていてくださいね。





 ふぅ……わざわざコーリーさんに来てもらって良かったね。

 正直なところ、僕にはまださっぱりだが、君のそのにやけ顔を見るに、君の中では謎が解けたんだろうね。なぁ僕にも教えてくれないか、君の考えを。


 ………………え、証拠が集まってないから、まだ話したくない?


 はぁ~……ホントに君のその謎に対する完璧主義というか、頑固なところ痛み入るよ。

 せめてヒントだけでもくれればいいのに。


『君は探偵だろ』


 いやいやいやこれだけ!?一応君も同じ事務所たるからには探偵だからね。絶対社会不適合者だと思うけどな! まぁわかったよ。とりあえずこの変死事件について調べてみよう。君が言うからには何かあるんだろう、きっと?


 ……その頷き、なんか名探偵みたいだな。君には似合わないよ、レオン。

 痛っ!? 新聞を投げるなよ、もう!



――それから数時間後。



 ただいま。いや、驚いたよ。何がって、君が見せてくれた新聞の記事さ!


 僕はレオン、君と違って顔が広いからね。警察にも知り合いがいるのさ。その知り合いに聞いてみたんだけど、件の変死事件、警察でもまだ犯人の足取りはつかめていないらしい。殺された被害者は前に犯罪を犯して最近まで刑務所にいたそうだ。


 名前はクック・パーソン。そう……あのクックさ。新聞では被害者の詳しい事情まで記載されてなかったからね。僕も気がつかなかった。


 クックと言えば、連続窃盗団『YUZZ』の一人だ。君ももちろん知っているだろうが、いや知っているからこそ僕にあの記事を見せたんだね。

『YUZZ』は三人組の犯罪集団で、主に盗みを専門に活動していた。特に記憶に残るのは政治家ジョン・マクミラン氏の屋敷から10万$相当の金品を盗んだっていう事件だ。盗んだ金を全額寄付したことで注目を集め、マクミラン氏はその後汚職容疑で逮捕されたね。

 マスコミでは義賊ともてはやされ、民衆のヒーロー扱いだった。彼らが大胆な犯行に及んだその目的も不明で、そのことも当時は話題になっていた。


 警察の必死の捜査の甲斐あって、十年前に『YUZZ』のメンバーは全員逮捕された。


 クック・パーソンは『YUZZ』のリーダーで、彼の下で部下として動いていたのが、ルシウス・パットナムという男とクリス・マクリーンという女。逮捕後の報道では、経済の不公平を正したかったとか、そんな報道がされていた気がするよ。


 そのクック・パーソンが殺された。当然警察でも緊急捜査本部が設置されて、てんやわんやの状況らしい。ルシウスとクリスの二人については行方がつかめていないらしく、警察は彼ら二人の行方を追っているそうだよ。


 ああ……この話は君もご存じのチョビン警部に教えてもらったんだ。直接口には言わなかったけど、彼もこの事件に関してレオン、君の助けが欲しいように見えたね。


 だけど……僕にはわからないことがある。レオン、君が言うように一週間前に起きたこの変死事件は驚くべきものだが、これが直接依頼人コーリー・テングスの事件とどう関連する? 確かに興味深い事件ではあるけど、君はコーリーが見たという謎の男Xがこの変死事件に絡んでいるとでも言うのか?


 ……本当に筆記が早いな君は。


『見直したよロイ。君もまぁ一応探偵の端くれだったらしい。俺の推論は君がもたらしてくれた情報でほぼ確実なものになった。あとは証拠を見つけるだけ。必ずそれはあるはずだ。この世に解けないマジックなど存在しないのだから。

 君に少しだけ助言するならば、二つの事件は別個ではなく一つのものとして捉えるべきだ。そして君は二つの事件の犯人を知っている。当然謎の男Xの正体も』


 そんな、まさか……! 

 コーリーから話を聞いたが、Xと思わしき人物は浮かび上がらなかったよ!?


 隣人は確認に行っただけでもちろんXではないし、それ以外に彼女の部屋に最近やってきたのは仲の良い友人二人。彼女たちにも動機らしい動機はない。それにいくら友人だからって彼女の部屋の構造を完璧に把握しているわけはないし、そもそもXはどうやって消えたのか、そのトリックすら僕にはまだわからない。


 だが、レオン。君の頭の中ではすでに…………。


 おや、コートを着てどこへ…………そうか。君がコートを着て外出するってことは間違いない。事件はまもなく解決するんだね。レオン、君には僕には見えないものが見える。僕ではおよそ思いつかないことが、君の素晴らしい脳細胞は思いつく。

 一方、君は信じられないほど出不精だ。

 君が外出する時……それは君の頭の中でパズルのピースが当てはまり、謎が解決した時だ。それじゃ僕もついて行くよ。行き先はコーリー・テングスのアパート、だろ?


 チョビン警部にも電話しておくよ。名探偵レオン・カイルの推理ショー開幕だ、とね。



   ▼△▼



「はい、どなた? ……ってロイさん!? それにレオンさんも!?」


 急にすまないねコーリーさん、彼が君の部屋で確かめたいことがあるらしくて。


「あ、そうだったんですね。散らかってますけど、どうぞ」


 ああ、ありがとう。あ、いやお茶は結構。調査はすぐに終わるはずだから。何しろレオンの頭の中ではもうすでに事件の謎は解けている。


「えぇ!? すごい! それでレオンさんは今、何を?」


 レオンの頭の中と現実の君の部屋とを比べて答え合わせをしているんだ。つまるところ、確固たる証拠を探している。


「証拠……ですか……? でも、私、ヘンなものは特に見つけなかったですけれど」


 あいつには普通の人には見えないものが見えるのさ。だから、人は彼を《名探偵》と呼ぶ。そうら……何か見つけたらしい。

 レオン、何か見つけたんだろう? 君の顔を見ればわかるさ。けれど、君の、その公共の福祉に反しかねない笑顔はやめておいた方が良い。依頼人であるコーリーさんに余計な迷惑がかからないとも、限らないからね。


 ん……ベランダの欄干を見ろ? 特に何も……いや…………よく見ると、傷がある。何かを引っかけたような感じでピンク色の塗装が若干だけど剥がれている。


 …………!


 レオン。君は、Xは生きていて、ロープか何かで二階の窓から脱出した……そう言いたいのか。……この傷跡だけじゃ断定はできないけれど……。


 コーリーさん、ちょっとコレを見てくれないか。


「はい。何でしょう?」


 欄干にちょっとした傷があるんだけど、この傷に見覚えはあるかい?


「……いいえ。最近下着ドロとか心配だから、洗濯物は中で干すようにしてるし、私、あんまりベランダは使わないんですよね。そこにあるプランターに水をやるくらいです」


 確かにコーリーさんの下着なら僕も欲しい……いや、忘れてくれ。


「ロイさん……!」


 ち、違うんだ! 僕は決して下着ドロの肩を持つわけじゃない。そういう自衛策を心がけているのは素晴らしいことだと言いたかっただけなんだ。

 痛っ! 君もそう人の尻を蹴るなよ! 悪かったって!


「……まぁ、とにかく。私はつけた覚えないですけど、この部屋を前に借りた人がつけたんじゃないでしょうか?」


 …………それは少し考えにくいんだよコーリーさん。


「どういうことですか?」


 レオンの指示で調べてみたんだが、まずコーリーさんが住んでいるこのアパート、まだ築五年と比較的新しい。一階に二部屋、二階に二部屋の四部屋の小さなアパートで、101号室は空き家、102号室に大家のアルバートが一人で住んでいる。201号室がコーリーさんの部屋、202号室にはキャシーという女性が住んでいる。彼女は旦那が単身赴任しているらしいね。


「はい。そう言ってましたね。それが何か……?」


 コーリーさん。……驚くべきことだが、あなたがここに越してくるまで、このアパートに他の住人が入居していたことは一度もないんだ。僕は顔が広くてね、不動産屋にも知り合いが多いんだ。確かな筋からの情報で確実だ。実を言えば、このアパートは不動産業者間の物件登録リストには載っていないのさ。妙だと思わないか?


「えぇ!? 嘘!?」


 そもそも……あなたはどういう経緯でこのアパートに入居を決めたんですか?

 具体的にはどこの不動産屋に紹介してもらったとか教えていただけると助かります。


「入居の経緯……ですか? えぇと、実は不動産屋さんの紹介じゃないんです。当時住んでいたとこで、ある日ポストに入っていたチラシにこのアパートのことが載ってて。駅が近くにあって便も良いし、家賃も私の給料でも十分なくらいだったので、ここに決めたんです。チラシの連絡先は大家のアルバートさんでした。電話したら、いきなりだったせいか、すごく驚かれたのを覚えてます。最初はちょっと不安だったんですけど、とってもいい人だったので良かったです」


 なるほど…………どう思う、レオン。


『まぁそんなとこだろうと思っていたよ。彼女は奴らの計画のピースにされたわけだ』


 君の考えが僕にも読めてきたよ。コーリーさん、あなたはちょっとばかし厄介な事件に巻き込まれている可能性がある。


「えぇ!? 私、何もしてませんよぉ!」


 それはわかっている。だからこそ巻き込まれてしまったんだと思うけど……安心して欲しい。この僕とレオンがいる限り、君の平穏を約束されてるも同然だ。


 おっと電話だ…………はい…………はい…………準備が整ったんですね。こちらも大丈夫です…………はい…………では三十分後に…………はい……お願いします。


「準備……? 何かするんですかロイさん」


 ああ。警察署からチョビン警部が来てくれるそうだ。僕の方の根回しも問題ないし……。


「警察の方ですか? 一体何を?」


 何って……そりゃこれから事件を解決するのさ。謎はすべて解けたからね。


「ほんとですか!? じゃあ私がみたあの死体って見間違いじゃないんですよね?」


 まあまあコーリーさん、少し落ち着きましょう。あなたが気になるのもわかりますが、話は聞いてからのお楽しみということで一つ。

 僕にもおおよそこの事件の見当がついてきた。つまりはそういうことなんだろレオン?


「ん? これを私が読むんですか? 『まぁ、そういうことだな』……って! どういうことなのか説明してくださいよぉ!」



   ▼△▼



 さて、皆さんお集まりのようですね。言いたい事はそれぞれあるでしょうが、まずは私の話を聞いてもらいたい。皆さんにここに集まってもらったのは他でもない、僕たちの依頼人コーリー・テングスさんが見たという、消えたの謎の死体事件を解決するためです。


 ああ、申し遅れました。僕は《レオン・カイル探偵事務所》の探偵助手のロイ・リンゼイです。そこの椅子に座ってふんぞり反っている見苦しいのがレオン・カイルです。彼は事情があり、口下手なので、僕が代弁という形を取らせていただきます。


 ……ではまず、皆さん一人ずつ簡単に自己紹介しただけますか?


「コーリー・テングスです。この部屋に住んでます」


「キャシー・ロゼッタ。202号室に住んでいるわ。コーリーさんとは親しくさせてもらっているわ。今日は久しぶりに旦那が帰ってくるのよ。なるべく早くしてもらえないかしら」


「え!? 旦那さん帰ってくるんですか! 良かったですねキャシーさん!」


「ふふ。ありがとう」


 雑談はその辺にしておいていただきたい。次、アルバートさんお願いします。


「アルバート・ロッジ。大家をやらせてもらっとる。わしはなぜ呼び出されたかよくわからんのじゃが」


 ああ、大家さんが部屋の管理を任されているということで、呼ばせていただきました。


「私がアンネ・ネルソンで、隣のロングヘアの娘がレベッカ・ビスケ。私たちはコーリーの友人で、先日、この部屋でホームパーティをしたんだけど、まさかこんなことになっているなんて思いもしなかったわ。どうして話してくれなかったのよコーリー!」


「えぇ~! 私、話したけど二人とも聞いてなかったじゃない!」


「そうだっけ? レベッカ覚えてる?」


「ん~そんなこと言ってたような…………でも殺人事件なんて全然知らなかったわよ?」


「私だって、何が何だかわからないわよ!」


「……それで後は、俺か。まぁ服を見れば分かると思うが、警察署のチョビンだ。警部をやっている。そこのロイに頼まれて来たんだが……、おいロイ。ホントにヤツを殺した犯人がここに現れるのか?」


「えっ殺し!?」


 キャシーさん、そう驚かないで。警部に今日来てもらったのは、先日起きたクック・パーソン殺害事件の犯人を逮捕してもらうため。


「殺人事件の犯人!? ロイさん、私聞いてないですよ!」


「そうじゃ! わしらも殺されかねん! わしゃ帰らせてもらうぞい!」


 お待ちください。慌てる必要はありません。警部は少し早とちりして勘違いをしているだけですよ。


「なんだと、ロイ!」


「びっくりしたわ……。クック・パーソンって先日、この通りの沿線上で殺されたっていう人でしょ? そんな怖い人がやってくるだなんて思うと、考えただけで足がすくむわ」


 いやいや足をすくませる必要はないですよ、キャシーさん。

 ……何しろ、すでに犯人はこの場にいるのだから。


「……何ですって!?」


「そ、そんな……殺人事件の犯人が……! わしゃ、帰る! 帰るぞい!」


「ロイさん……犯人がこの場にいるってことはつまり……」


 まあまあ皆さん落ち着いてください。犯人も馬鹿じゃないですからね、よっぽどのことがなければ自白なんてしないでしょうし。この場で事を荒立てるような馬鹿な真似はしないと思いますよ。なんせ、チョビン警部がいる以上、そんなことをしたら現行犯逮捕ですからね。

 それにアルバートさん、帰るのは結構ですが、あなたに対する疑いが強まってしまうのは避けられません。僕たちは犯人はこの場にいると確信している以上、さっさと帰ろうとするのは、何やら後ろめたいものでもあるように感じてなりません。仮にあなたが犯人でないとして、この場にいる犯人があなたを放っておくとも限りません。もちろんこれはアルバートさんでなく、他の皆さんも同様ですけどね。


「ぐっ…………ならば大変不本意だが、残って話を聞くとしよう。そもそもロイといったな。あんた何を根拠にこの中に犯人がいるなどと言える? 口八丁のでたらめだったら、承知せんぞ! わしは軍に勤めていた経験もあって、あんたをこの場でひねっちまうくらいわけないんだ!」


 だから少し、落ち着いてくださいと言っているじゃないですか。


 皆さん、先日のクック・パーソン変死事件の方に興味がおありのようですが、一旦そちらの方は置いておくことにしましょう。僕たちはコーリーさんが見たという謎の男について調査をしていました。その調査によって、コーリーさんが見たという謎の男の死体――ここでは仮にXと呼ぶことにしましょう――は、クックの変死事件に何らかの形で関わっていた可能性が非常に高いと考えるに至りました。


 ここに集まっていた皆さんにはある一つの共通点があるのですが、何かわかるでしょうか?


「警部さんは違いますけれど……他の人はみんな私の知人ですね」


 そう。そしてもっと言うならば、クックの事件が起きてから、この201号室に足を踏み入れたのは私とレオン、警部を除く、あなたたち四人だけなのです。


「……本当だ。他に部屋に来た人って……ピザの配達……は最近頼んでなかったし」

「つまりあなたは私たち四人の誰かが、そのクックという男を殺した犯人だと考えているのね?」


 そうですね……キャシーさんの言うように殺した実行犯だと断定はできませんが、何らかの形で殺害に関与している可能性は極めて高いと考えています。


「ロイ。俺にはいまいち話が見えないんだがな、そのお嬢さん、コーリーさんつったな。彼女がヤツの変死にどう関わっている?」


 まぁそう焦らずに。……順を追って話すことにしましょうか。

 僕たちに依頼をしてきた彼女、コーリー・テングスさんは今日から三日前に、この部屋で見知らぬ男の死体を目撃しました。時刻は午後二時ころ。そうですねコーリーさん。


「はい。あの日は体調が悪くて、会社を早退したんです。うちに帰ったら鍵が開いてることに気がついて、妙に思いつつも玄関を開けると、男の人が死んでいたんです。私、もうびっくりしてパニックになっちゃって」


「待て待て待て! そんな事態になってたら、なぜ警察に連絡しないんだ? 場合によっては、あんた、死体遺棄の容疑をかけられないとも限らんのだぞ!?」


「わ、私は連絡しましたよ! でも……その死体が消えてしまって……」


「はぁっ!? そんなバカなことがあるか!?」


 まあまあ警部。彼女の心情も察してください。自分の目で見たはずの死体が、警察に連絡しているちょっとの間に消えてしまったんですから、そりゃパニックになるってもんです。それに、連絡を受けてやってきた警察も、彼女の証言をイタズラと決めつけてずさんな対応をしていたようですしね。

 だから……重要な証拠を見逃したんです。


「重要な証拠だと!?」


 まず一つ確認しておきますが、あの日、コーリーさんがパニックになって、隣に住むキャシーさんの部屋へ駆け込んだ。ただ事ではないと思ったキャシーさんは、彼女に警察に連絡するように言い、自分は部屋の状況を確かめるため、この部屋に来た。

 ……間違いありませんか?


「そうよ。コーリーちゃんがもう、見たこともないくらいパニックになっててね。私ももう何事かと思ってしまって! とにかく警察に連絡するように言って、自分で彼女の部屋を見に行ってみたら……」


 死体がなかったんですね?


「ええ。私もコーリーが嘘をつく娘だとは思えないけど、ないものはない。彼女は仕事の疲れかストレスで幻覚を見ているのかも……そう思って、病院へ行くように勧めたの」


 あなたの証言が正しいか、正しくないかは置いておいて、少なくともこの部屋に彼女の見知らぬ誰かがいた……それは間違いありません。


「そんな……私は見ていないわ! もし、仮に誰かがいたとしても物音で気がつくんじゃないかしら? このアパート、お世辞にも防音壁とは言えないし」


 ですが……我々はすでにその証拠を見つけています。

 警部、これを見てください。


「これは……髪の毛か? 少し茶色がかった黒、そして癖がない直毛……少なくともお嬢さんのものではないな」


 そうです。そして僕とレオンのものでもない。コーリーさんは金髪だし、レオンも金髪、僕の髪は若干赤みが差している。


「わしじゃないぞ。見ての通り、わしは白髪じゃ!」


「私はパーマかかってるし、私のじゃない」


 アンネさんとレベッカさんはどうでしょうか?


「私はくせ毛だし」


「あたしの髪はそもそもこんなに長くないし、黒くないもの」


 そうですね。アンネさんほどのくせ毛ならすぐに分かるし、レベッカさんの髪はもっと明るい色をしている。

 つまり、この髪の毛はこの場にいる誰のものでもない。


「どうせお嬢さんの知り合いの髪の毛じゃろう。髪なんて落ちても気づかんしな」


 しかし、それはあり得ないのですアルバートさん。

 最初に確認したとおり、この場にいる四人と僕たち二人を除いて、少なくともこの一週間はこの部屋に入ってきた人間はいないのです。


「しかし、一週間以上前に落ちた髪の毛ということもありえるんじゃないか?」


 確かにチョビン警部の言うとおりですね、僕もその可能性は考えていましたが、レオンの実験の結果からそれはほぼあり得ないという結論に達しました。


「実験? レオンさんは何をしたんですか?」


「…………いや、この人なんで何もしゃべらないのよ?」


 ああ、すみませんレベッカさん。彼は無口でして。


 レオンは大学院で化学を専攻していまして、簡易的なDNA検査ができるんですよ。

 あくまで簡易的な検査ですので、後々警察の方にもう一度検査してもらう必要がありますけど、レオンの検査によれば、この髪の毛のDNAは先日殺されたクック・パーソンのDNAと一致していました。


「クックのDNAと一致していた!? なら、ヤツは殺される前にこの部屋に来ていたというのか!? ……つまり、コーリー・テングス、あんたはヤツの恋人か何かで……」


「し、知りませんよ私!」


「そんなはずないわ! コーリーは彼氏いない歴=年齢なのよ!」


 なるほど。それは非常に有益な情報をありがとうございますアンネさん。


「ちょっとアンネ、何言ってるの! レベッカも笑ってないで助けてよ!」


「おいロイ! この女、組織の関係者なのか!?」


 落ち着いてください警部。彼女がクックの関係者である可能性は低いと思いますよ。何しろ接点が皆無ですからね。


「……なら、この髪の毛はどう説明する気だロイ」


 状況を踏まえて考えるのなら……彼女が見たという謎の男X。彼がここに来る以前にクック・パーソンと接触し、そのとき付着した髪の毛がこの部屋で落下したと考えます。

 それ以外の証拠をほとんど残さず消えたことから、Xは相当なプロだと窺えます。でも自分のものではない髪の毛にまでは気が回らなかったのでしょうね。


「バカな……その話が本当なら、そのXとやらはクックを殺した犯人という可能性も出てくる」


 そうなりますね。


「そうなりますね……じゃない! なぜ、もっと早く俺に話さなかったんだ!」


 だって警部いっつも忙しい病じゃないですか。なんか、かわいそうだと思って。


「お前、絶対俺のこと馬鹿にしてるだろ……。フン。とにかく、俺にとってもこのお嬢さんが見たXという男の行方を知る必要が出てきたわけだな」


「ちょっと待って! Xがいる方向で話が進んでいるけど、そもそも私はXを見ていないのよ! それに隣で何か音がする様子もなかったし」


 ああ。それについては一つの仮定をすればすぐに解決しますよ。

 つまり……キャシーさん、あなたとXは共犯者だった。あるいは……コーリーさんの証言がすべて出鱈目で、どういうわけかクック・パーソンの髪の毛だけが彼女の部屋に落ちていた。そう考えれば話の辻褄は合います。


「私が共犯って……そんなわけないでしょう! なんのために私がそんなことをするのよ!? 大体、私が共犯で黙っていたとしても下の階にいた大家さんだって物音が聞こえたはずよ? 大家さん、あの日何か気がついたかしら?」


「先に言ったように、わしは上でそんなことが起きていたなどと知らんかった!」


 まぁそう言うでしょう。確かに上でドタバタと物音がしたら、下の階にいた人は気づきますもんね。逆に考えれば、何も知らないふりをすることもできる。

 単刀直入に言ってしまいましょう。私とレオンはキャシーさん……あなたとアルバートさん、そして謎の男Xはグルである、と考えています。


「あなた……本気で言っているの?」


 本気も本気。大マジですよ。

 それを裏付ける証拠を僕は持っていますからね。


「私はあなたたち二人を名誉毀損で訴えるわよ。慰謝料の準備をしておくことね!」


 どうぞご自由に。しかし、それもこの事件が終わってからの話です。

 まず話の前提であった見知らぬ男の死体X。Xは死んでいるとコーリーさんは言っていましたが、具体的にはどのような状況だったのでしょう? 皆さんに詳しく説明していただけますか?


「はい。ドアを開けて真っ先に目に飛び込んできたのは、テーブルの下に横たわる見知らぬ男の人です」


 その男はどのような状態になっているか思い出せますか?


「正直……私自身パニックになってましたのであまり詳しいところは何とも……」


 鬱むせに倒れていましたか? 仰向けに倒れていましたか?


「確か……鬱むせだったと思います」


 あなたは僕たちに事件のことを初めて話した時、血だらけの男という言葉を使っていましたが、床に血は滴っていたんでしょうか?


「血……ですか? 床は見ませんでしたけど、服とか赤くなっていて……」


 なるほど……やはりレオンの考えが真実味を帯びてきましたね。


「どういうことですか?」


 レオンは最初からあなたが見たという男、Xが死体だとは考えていませんでした。

 Xはあなたが来たことを察知してとっさに死人のフリをして、隙を突いて自分の足でこの部屋から出て行った。レオンはそう考えました。


「待て待て。突飛すぎる推理だが、お前さん達ならいつものことだな。そこは構わん。だが解せぬ点がある。まず、その男の目的が不明だ。それにXとやらが死んだフリをしていたとして、コーリー・テングスが部屋を空けていたのは警察に連絡をするために隣人の部屋へ行っていた間……せいぜい五分かそこらだろう? その短時間で、自分がいた痕跡をほぼ完全に無くし、姿をくらませるなんて並の芸当じゃ無いぞ。

 それこそ……かつての《YUZZ》のような神がかり的な技術を持ったプロの盗人でなければ不可能だ」


 ……そのまさかだったら?


「ロイ……お前、まさかXは《YUZZ》のメンバーだとでもいうのか?」


 そうですね。……そもそも受刑者が刑務所から出所する時期は一般に公開されませんから。街で偶然出会うかもしれないクック・パーソンを殺害するために周到準備をして、さらに計画通り偶然クックに出くわして殺害に至る……少し考えにくいと思います。

 それよりは……同時期に出所したであろう《YUZZ》のメンバーが何らかの因縁でクックを殺した……そう見るのが自然じゃ無いでしょうか?


「……まぁ、警察でも残りのメンバーであるルシウスとクリスに話を聞くつもりだったからな。だが、ヤツらの足取りはまだつかめていない。ロイ、レオン……お前らには何か手がかりがあるのか?」


 その点において、コーリーさんの証言が重要になってきます。


 話を戻しましょう。


 鬱むせで倒れていた男は、服に血のようなものがついていた。

 人間がとっさに死んだフリをするなら仰向けより、鬱むせの方が都合が良い。胃の運動による腹の動きを多少誤魔化すことができますからね。

 さらに、服についていたという血ですが、何かの塗料ではないかと推測します。血は滴っておらず服についていた。それは血が乾くだけの時間が経っていたということです。もしそうならば、コーリーさんが部屋に入ったとき少なくとも何らかの異臭が鼻をついたはず。文字通り血なまぐさい臭いが、ね。それが彼女の証言から出てこなかったということは、そのような異臭を感じなかったと考えられます。

 そうなると……服の血はダミーで、男は死んでいないために死臭も漂わなかった。

 人間の死体って結構ひどい臭いがするもんなんですよ。


「ロイさんはどうして死体の臭いまで知っているんですか?」


 大学のゼミで解剖の勉強をしたことがあってね。まぁその話は今はいいか。

 コーリーさん、僕が話したような異臭の記憶はありますか?


「特に変な臭いはしなかった思います」


 ……Xは生きていた。Xにとってコーリーさんの帰宅は予期せぬ出来事で、窮地を脱するためとっさにXは死体のフリをした。直接彼女を殺したり、どこかに幽閉することも考えたでしょうが、それをしなかった。ここからXはやむにやまれぬ事情で、一刻も早くこの場を脱出する必要があり、かつ騒ぎを大きくしたくなかったと考えられる。

 そこで死んだフリをするという選択肢をとるのはいささかリスキーにも思えますけどね。


 案の定Xを死体と勘違いしたコーリーさんはパニックになって部屋を出て行った。


 それで何らかのトラブルがあったと理解した共犯者であるキャシーさんは、警察への連絡を口実に、コーリーさんを自分の部屋にとどめ、その間に自分はXを脱出させるためにこの部屋へ向かい、窓からXを逃がした。

 そして何食わぬ顔で自分の部屋へ戻り、死体など無かったとコーリーさんに告げる。

 これで消えた死体Xのトリックが完成です。


「こいつの推理によると、キャシーとアルバートの二人は犯行の協力者って事になるな。そこのところどうなんだお二人さん? 言い訳があるってんなら聞こうじゃねぇか」


「まさか警察までこんなインチキな探偵の肩を持つとは、世も末だね。大体あんたら証拠はあるのかい? 私がそこの小娘が言うまやかしの男をこの部屋から逃がしたっていう証拠が!」


 ずいぶんと焦っていらっしゃるようですねキャシーさん。証拠が見たいというのならいいでしょう。皆さん、ベランダの方へ集まってもらえますか?


「フン。これが終わったらあんたらが破産するまで慰謝料ふんだくってやる。あんた達のせいで私の名誉は海よりも深く傷ついたからね! ……ベランダに何があるっていうのさ?」


 僕のルーペを使ってよく見てみてください。ベランダの欄干に縦に擦れたような痕があるのが分かりますか?


「あるけど……別にこんな傷普通じゃない。コーリーが何か引っかけてつけたんじゃないの?」


 キャシーさんはずっと隣に住んでいたんですよね。隣のベランダに洗濯物が干してあるのを見たことがありますか?


「……いいえ。引っ越しの時に下着ドロとか気をつけた方が良いって私が……はっ!?」


 そう。コーリーさんは普段、ベランダに洗濯物を干さず、部屋干しにするのが習慣になっていた。このベランダ……とくに欄干は日常的にほぼ触れる機会が無い。

 コーリーさんがこのような傷をつけたとは考えにくいのです。


「そうでなくとも……前の住人とか……」


 それがあり得ないことは、長年アパートに住んでいたあなたなら分かりそうなもんですけどねぇ……。このアパートはずいぶん不審な経営でして……出来てからの五年間、この部屋の借主はコーリーさんを除いて他にいないのですよ。そうですよね、アルバートさん?


「……確かにその男の言う通り……201号室はコーリーさん以前に借りた人はおらぬ。……じゃが、なぜ、お前がそこまで知っている。どうやって調べた?」


 ……それについてはお答えできかねます。ただ、僕はいろんな業界に顔が広いので、不動産業界も言わずもがな、とだけ答えておきましょう。


「人をバカにしおって……」


 僕の調査によれば、このアパートはずいぶん不可思議な経営をされている。後でアルバートさんに問い詰めようと思っていましたが、まぁいいでしょう。


 アルバートさん。僕は事前にこのアパートについて下調べしてみたのですが、中々情報が見つからず苦労しました。不動産屋で聞いてみても、入居者募集広告はどこにも見当たらないし、不動産屋もこのアパートのことをよく知らない様子だった。よくよく調べてみれば……このアパートは不動産会社の間で利用される物件カタログに情報提供していませんね。なぜでしょう?


「それは……仲介料を捉えるのが尺でな。入居者の募集も大家であるわしが自分でやることにした。そうすれば儲けはまるまるわしの所に入ってくるからな」


 ふむ……ところが、それはおかしいと思うのですよ。確かに、空き室になっている101号室の外窓には入居者募集のビラが貼ってあります……が、記載されている番号は全くのダミー。自分でかけてみて確認したので間違いはありません。


「そんなはずは……電話代を払い忘れていたのかもしれん」


 あくまで言い逃れするつもりのようですね。……いいでしょう。

 このアパート。五年前に建ってから、一ヶ月前にコーリーさんが入居するまで、201号室はずっと空き家になっていましたよね。101号室は約一年前まで同様にずっと空き家だった。


「私が入るまでずっと……って嘘!? 確かに101号室は私が入居するときは空いてましたけど……」


 101号室の住人はコーリーさんが入居する直前に引っ越しを済ませてしまったようですね。……その時期は不思議なことにクックの事件の三日前……。ああこれはちょっと超法規的手段で調べたので悪しからず。


 一方で、大家のアルバートさんは102号室に、キャシーさんは202号室に、アパートが経ってすぐから住み続けている。大家のアルバートさんはいいとして、一般的な賃貸契約は2~3年をめどに更新するのがならわしなのですが、キャシーさんはそのような手続きもなくずっと部屋を借りているようだ。これ……ちょっとどころか、かなりおかしいと思うんですが……。


「どうして探偵風情がそんなことまで知っているの!? 超法規的手段って! ちょっとそこのオヤジ! そうあんた! さっさとこの男逮捕しなさいよ!」


「……まぁ手段は褒められた物では無いが……」


「そうじゃ。探偵とかいってるが、完全に人のプライバシーを侵しているんじゃ無いのか、あんた!?」


 ……多かれ少なかれ探偵はそんなものですよ。探偵なんて仕事をしていると嫌でも、普通の人以上に他人のことを気にしてしまうものです。僕の悪い癖ってヤツですかね。ま、今の時代、ネットに繋がったパソコンがあれば大抵のことは調べられますから。何しろ僕の相棒はその手の技術に詳しいので。


「あんた警察なんでしょ! こいつら明らかに違法な捜査をしているのよ!?」


「……警察なら署に帰って説教たれるとこだがな。こいつらは探偵なんだ。警察じゃ無い。……残念なことにな」


「貴様、警察としてこの暴挙を放っておくというのか!?」


 ……付け加えて、このアパートの工事計画が始まった直後、窃盗グループ《YUZZ》は逮捕され、またアルバートさんとキャシーさんがアパートに入居した時期がおおよそ《YUZZ》が出所する時期と一致するんですよね。……お二人とも、妙だと思いませんか?


「ただの偶然でしょ」


 偶然にしても話が出来すぎてる。少なくとも僕とレオンはそう思いますね。

 しかし、こう考えてみれば納得がいく。

 そう……例えば、キャシーさんとアルバートさんは二人とも《YUZZ》のメンバーである。そう仮定すれば、すべてに納得のいく説明が出来る。


「あんた妄想も大概にするんだな! 第一、あんたの話には具体的証拠がないじゃないか! この部屋に誰かが侵入したことについては頷けるが、わしが窃盗団の一員じゃと? はっ……笑わせる。バカも休み休み言え」


「この爺さんの言うことも一理ある。俺は奴らの人相を知っているが、そもそもにして二人とも容姿も違うし、名前も違う。さすがに突飛な暴論と考えざるを得ないぞ」


 チョビン警部という方が犯人の手にまんまと引っかかるとは思いませんでしたよ。

 いいですか? 相手はプロの窃盗団ですよ? 《YUZZ》といえば世界中を騒がせた、まさにプロ中のプロと言って良い。その彼らが何の対策もせずに一般社会に溶け込んでること自体ありえない。

 偽名に変装は当たり前だと思いませんか?


「まさかお前、事に及んでこの二人こそ、俺達警察が必死に探していた《YUZZ》のメンバーだとでも言うつもりか?」


 そうですよ。ていうか状況から考えてそう考えないと色々と不都合が出てきます。

 ただ、ここでキャシーさんの身ぐるみを剥ぐのはセクハラになりますからね。すぐに彼女の変装を証明できないのが残念ですが……。


「うっさいこの変態! 私が変装してるだって!? バカも休み休み言いなさいよ!? おい、コーリー! あんた一年以上私の隣に住んでたわね。ただの一度でも私のメイクが変わったことがある?」


「い……いいえ……ありません、けど……」


「そら見なさい! 証人だって現れたわよ、変態探偵!」


 ……墓穴を掘るとはまさにこのこと。

 いずれ尻尾を出すとは思いましたが、上手くいきましたね。


「何のこと? ヘラヘラしてんじゃないわよ!」


 まだ気づいていないようですね。あなたはコーリーさんと知り合って約一年経つのに、一度もメイクを変えていないと言った。


 ……これ異常じゃありませんかねぇ。


 女性だったら色々なメイクを試したくなるものだと思うし、そこまで身なりに気を遣わない女性だったなら、毎日きっかり同じメイクということが逆に不気味に思えてきます。

 しかも会社などの公的な場ならいざしらず、自分の住むアパートでの話ですよ?

 基本的に最も気が抜ける場所でまったくメイクが変わらない……何か末恐ろしいものを感じてなりませんねぇ。


 そこのところどうなのでしょうか。女性の意見も伺ってよろしいでしょうかアンネさん、レベッカさん。


「そうねぇ……会社では基本的に同じメイクだけど……たまにリップ変えたりするわね」


「私も大体アンネと同じね。コンビニ行くときとかすっぴんだし」


 どうもありがとう。女性二人もこのように言っていますが、キャシーさん何か言いたいことはありますか?


「だ、大体、そこの小娘が私の顔をよく見てなかったとか、そういう話じゃないの? 興味ない人間の顔なんてしっかり見ないものね。どうなのよ、コーリー!」


「え、えっと……確かにまじまじと見ていたわけでは無いので……」


「そら見なさい! 憶測でものを言うなんて最低よ!」


 ……そうですか。なら最後にとっておきを。


 キャシーさん、ずっと黙っていましたが、僕あなたのようなAカップの女性は目に映るだけで吐き気を催してしまう体質なんですよ。だからいい加減に自白してくれませんか? さもないと……うっ……おえっぷ。


「つくづく失礼なヤツね! だいたい、アンタなんで私の胸のサイズまで知ってるのよ、気持ち悪い! 警部さん早くこいつ逮捕してくれないかしら? ……? ……ねぇ皆どうして黙っているの? 私、何か変なこと言った?」


 …………フッフフフフフフ。いやいやお見事。まさにレオンの作戦通りだ!


「作戦? 何を言ってるの?」


 皆さん不思議に思ってますよ。キャシーさん、あなた自分で自分のことをAカップと認めてましたが、どう見てもあなたの胸Aカップには見えない……ですよねチョビン警部?


「う……なぜ俺に振る。……まぁAには見えないな」


 もういい加減白旗を揚げたらどうでしょう。動揺してつい素の自分が出てしまったんですよねキャシーさん……いや、本当の名はクリス・マクリーン。


「……フハハハハハ。フハッハハハハハ! やるじゃないのさボーヤ。よくこのあたしが《YUZZ》のクリスとわかったわね!」


 その台詞三流悪役っぽいからやめといた方が良いですよ。

 クリスさん、あなたたちはかつての強奪資金でこのアパートを建てた。その目的は盗んだ資金を隠しておくため。違いますか?


「……さぁてね」


 資金を持て余した《YUZZ》には安全な隠し場所が必要だった。しかし《YUZZ》は世界的犯罪者として有名になりすぎている。

 いつ捕まるかも分からない。そこであなたたちは一計を講じることにした。


 その計画は……自分たちが捕まることを見越した上で、このアパートのどこかに資金を隠しておく。信頼できる仲間がアパートに入居者を入れないことで、傍目には気づかない安全な金庫が完成するというわけです。


「……そうさ。私たちは各国から指名手配されていたからね。いくら私たちだってスーパーマンじゃ無い。いつかは捕まる。そしたら今まで苦労して集めた金がパーだ。計画はおおよそアンタが考えた通りだよ」


 アルバートさんも認めてくれますね。あなたは《YUZZ》の協力者としてこのアパートの管理を任されていた。


「……クリスが認めたなら、わしも認めよう。わしは三人が刑務所に入っている間、アパートの管理人としての仕事をしながら、金を守っておった」


 そうなるとXの正体は残りのメンバーである……ルシウス・パットナムということになりますね。


「……そうよ。あなた相手に隠してもしょうがなさそうね。そこの女の子が見た男の正体はルシウス。計画の最中、不覚にも彼女に見つかり、私が窓から逃がすことにしたのよ。ルシウスはとっさに死体のフリをし、彼女は見事に騙された。思惑通り進むはずだったのに……!」


 それは残念でしたね。

 しかし、あなたたちの話には一向にあの男の姿が出てきませんね。そう、リーダーであるクック・パーソンはあなたたちが殺したんですよね? 犯人はおそらく……ルシウス。


「……そうよ。でもどうしてわかったの?」


 まず……コーリーさんの部屋に金か宝石……犯人にとって重要な物が隠されていたことは推測できました。そうでなければXは危険を冒して彼女の部屋に忍び込んだりしませんからね。


 しかし妙な点もあります。クリスさんの証言を信じれば、あなたたちの計画ではこのアパートに金を隠しておけば安全なはず。入居しているのは協力者であるアルバートさんとクリスさん、おそらくルシウスとクックもそれぞれ部屋を借り普通の住人として生活していたはずです。そうしている限り、怪しまれることもありませんからね。アパートに大金が隠してあることを知っているのはあなたたちだけなのですから。


 そんな中、あなたたちの中で何かトラブルが起きたのではないですか?


「……そう。あなたの言う通り、およそ二年の間私たちは平穏に暮らしていた。その頃クックが101号室に住み、ルシウスは私の部屋で暮らしていたわ。金の隠し場所である201号室は公正さを示すために、誰も住まないことで決着がついた。


 ……平穏は長くは続かなかった。クックがチームを抜けると言い出したのよ。


 私たちは彼をリーダーに成り立っていたから、もちろん引き留めた。だけど……あいつは盗んだ金を孤児院に寄付するとか、頭のおかしいことを言い出し始めてね。

 せっかく苦労して盗んだ金をそんな……ドブに捨てるような真似はバカのすることよ!

 激しい口論になって、クックは勝手に荷物をまとめて部屋を出て行ったわ。


 ところがその後すぐこの女がやって来たのよ。


 私たちは焦った! この女は一体何者なのか? どこにも情報公開していないこのアパートにどうやって入居したのか? 私もルシウスも身に覚えの無い話で、とにかく正体を隠して接するしか無かった。よりにもよってこの女は金が隠してある201号室に来たからね」


 ……そういえば、コーリーさんはどういう経緯でこのアパートに入居したんでしたっけ?


「前に住んでいたところのポストに、このアパートのチラシが入っていて、それで……」


「私とルシウスも後になって気がついた。すべてはクックの思惑だったの。あいつは大家のアルバートを騙して、金のある部屋にコーリーを入居させ、明るみに出すつもりでいたのでしょうね。アルバートは協力者ではあるけど、私たちと積極的に関わりを持っているわけでは無かったから、そこを狙われた。

 クックの思惑通り、まんまとこの女がやって来たってわけ。

 そうなると大変よ。まず金をどこか別の場所へ移さなきゃ行けない。見ず知らずの他人が部屋に隠された大金に気づきでもしたら、あとは芋づる式にすべてが明るみに出てしまう恐れがあったからね。

 しかし、すぐに別の場所へ移動するのが難しいほどの大金……。私とルシウスは策を練った。一週間程この女のことを調べてみると、財布を落っことすわ、鍵をかけ忘れるわ、まぁトロくさい。だから私たちはこの女に友好的な気の良い隣人を演じることにした。


 そうして警戒心を解きながら接する内に、彼女の行動パターンも把握した。


 毎日決まった時間に会社に出かけ、決まった時間に帰ってくる。いつが仕事でいつが休みなのか……彼女はいつ部屋を留守にするのか……すべて毎日の行動を通して把握した。

 そして半年たったころから、少しずつ……少しずつ……彼女の留守をついて金の移動を始めた。実行役はルシウス。私とアルバートは見張りにまわったわ。この女の鈍くささはクックにとっても誤算だったでしょうね。

 計画は順調だった。……ところが一ヶ月前、アクシデントが起きた。 

 チームを抜けて出て行ったはずのクックが突然戻ってきたの」


「クックの奴はお前ら二人と今後の方向性を巡って、喧嘩別れのような別れ方をしたんだったな」


「ええ……クックは豪胆にも私とルシウスを強請ってきたわ。金を処分し、このアパートを引き払え。さもないと全てを明るみに出してぶっつぶしてやる。そんなような脅しをね。

 もう一度ゼロからお前らとやり直したい……そんなことを言っていたわね。

 私もルシウスもその場では彼の話に承諾して、金の処分を約束した。


 ……もちろん嘘よ。そんなことするわけないじゃない。


 だがクックはかつての仲間の演技を信じた。私たちは初めから彼を殺す予定だった。

 秘密を知るものを生かしておく訳にはいかない。たとえかつての同志だとしても。


 そしてあの夜……私はあの場所にクックの奴を呼び出して、隠れていたルシウスが奴を襲って殺した。死体を隠すことも考えたけど、それはしなかった。私たちはこれまでの生活の中で別の名前の人間として生きていたから、警察にマークされる恐れは無かったし、クックの死体を残しておくことで警察の目がそっちに向くと思ったから。

 どうせコーリーも計画の中で殺すつもりだったし、捜査の目を向けられないようにクックを最期まで利用させてもらったわ。その意味では奴は最期まで私たちに尽くしてくれたってことかしら。うふふ」


「貴様……狂っているっ!」


 ……僕もあなたには言いたいことが山程あるが、それは警察署で聞けばいい。

 あなたは……いえ、あなた方が逮捕されることは確定事項だ。

 大人しくお縄につけ! なんてセリフは言いませんがね……クリスさん、あなたたちにもはや道はありませんよ。


「……言ってくれるじゃない、探偵さん」


 その後のあなたたちの行動は容易に推理できます。

 邪魔者のクックを葬ったクリスさんとルシウスさんは、アパートにこれ以上長居する意味も無い。さっさと金の移動をすませてとんずらしてしまいたい……。

 そう思ってあなたたちは計画を早めた。


 ところが誤算があった。それはコーリーさんの予定外の帰宅。

 長い間彼女の行動を観察していたあなた方だったからこそ、彼女が会社を早退する事態が予想できなかった。それ以降は先ほど僕が話したとおり……ですよね?


「……そうね。この小娘……引っ越してきてからずっと行動を見ていたけれど、元気だけが取り柄のような女だった。一度たりとも寝込む姿なんかみせないし、機械のように時間通りに行動する。だからこそ立てた計画だったのに……運が悪かったとしか言えないわ」


 …………。それでルシウスさんは今どこに?


「私が答えてあげる義理は無いわ」


「貴様! この期に及んで仲間をかばうつもりか!」


 まぁまぁ警部。彼女の言うことも一理ある。大体、彼女に聞かずとも、ルシウスさんの場所は分かっていましたが。


「……! それは本当かロイ! どこだ!? ヤツはどこにいる!?」


 ……警部も少しは自分で考えてみたらどうでしょう?


「いいからさっさと教えろ! ここで凶悪犯を取り逃がすわけにはいかない!」


 はいはい、そうですか……。

 ルシウスさんなら最初から、ほら……そこにいるじゃないですか。


「そこ……ってお前、なんでアルバートを指さす? 俺はルシウスがどこにいるのかを!」


 警部も鈍いですね……。だから、アルバートさんこそがルシウスさん、その人なんですよ。おっと、クリスさん、そんな悔しそうな顔をしても遅いですよ。


「何をバカなことをこの小僧は! わしは確かにこいつらに協力こそしたものの、それは弱みを握られてだな……」


 嘘はいい加減結構です。この解決編の単調さにいい加減読者も飽き飽きしていることでしょう。


「ど、読者? ロイさん一体何のことでしょうか?」


 ……まぁそれについては黙秘するとして。

 はじめからこのアパートの大家、アルバートという人物は不可解極まりない人物です。

 かの有名な盗賊団YUZZと知りながら、なぜ彼らに協力するのか。

 一体、彼らとどのような繋がりが?


 ……考えれば、考えるほどに妙だと思いませんか?


 しかしです。……最初からアルバートなどいない。そう考えると実にすっきりした事実が見えてくる。大家のアルバートは盗賊団YUZZメンバーのルシウス・パットナムが変装した姿である……まぁ、レオンが考えたんですけどね。今まではあえてあなたの演技に騙されているフリをしていましたが、もういいでしょう。


「……面白いことを考えるな、小僧ども。だが、わしがルシウスだという証拠はあるのか?」


 まず一点。

 大家がルシウスだとすると、実に都合が良いんですよ。仮に協力者の人間がいた場合、秘密を握る人間が多くなりますからね。《YUZZ》は完全犯罪を至上とする盗賊団。自然人間関係には慎重になりますし、まして赤の他人を協力者として引き入れようとするでしょうか? 一時的に協力関係になったとしても、邪魔になったら始末するはずですよ。

 殺されたクック・パーソンのように、ね。


 続いて、二点目。

 アルバートさんが協力したのは、アパートの立ち上げと運営。

 こう言っては何ですが、いてもいなくてもどうでもいいような役回りです。

 何しろこのアパートの入居情報は公開されてませんし、部屋の管理などする必要も無いですから。そんなアパートに管理人がいると言うこと自体不自然なんですよ。


 三つ。

 アルバートさんとルシウスが同一人物でないと仮定すると、あなたたちの計画自体おかしいものになる。考えてもみてください。あなた方の計画では、コーリーさんの留守を狙って、部屋に隠した金を移動する手はずになっていましたが、それだって、クリスさんが見張りにまわるとしても二人でやった方が早い。

 アルバートさんは当時、コーリーさんが起こした騒ぎを警察が来るまで知らなかったと言ってましたが、それは本来はありえないことですよ。なぜなら、協力者なら、騒ぎが起きないよう最善を尽くすはずだからです。クリスとルシウスが逮捕されれば、自分も捕まるのが目に見えてますからね。

 ところがアルバートさんはコーリーさんの帰宅に気がつかず、警察を呼ぶ騒ぎになってしまった……。おかしいですよねぇ?


 以上のことから論理的に考えて、アルバートとルシウスは同一人物であるという結論に至りました。ま、全部レオンが考えたことなんですけど。


「…………ご名答。なら、俺の変装も見破っているってわけだろう?」


「ちょ、あんた何を!」


「うるせぇよクリス。今更言い逃れも見苦しいだろ」


「な……老人の顔が……お、お前はルシウス! ずっとマスクを被っていたのか!?」


 警部……あまり格が落ちるようなセリフをはかない方が良いですよ。

 それにしても……ルシウスさん、あなたはやはり変装の天才だ。これほど精巧に作られたマスク……めったにお目にかかれる物じゃ無い。

 その才能……何か他に活かせたと思うんですけれど……。


「今となっては後の祭り、ってな。ほら、そこの警部さん。さっさと俺らを連れていくんだな」


「……ルシウス・パットナム。クリス・マクリーン。住居不法侵入およびクック・パーソン殺害の容疑で逮捕する」


「あ~あぁ……また刑務所に逆戻りかぁ。ま、俺としてはつかの間のシャバを楽しめたからよしとするか。飽きたら脱獄すれば良いし」


「貴様、なめた口をほざくな!」


「はいは~い」


「クソッ! どうしてこんなことに! 私の計画は完璧だったはずなのに!」


「まさかこんな展開になるとは思っても見なかった。ま、お前らに関する案件はいつも予想外のことばかりだがな、レオン、ロイ」


「最期に一つだけ聞かせてくれよ。ロイって言ったな。あんたのやたら顔が怖い相棒はなんで一言も話さないんだ? 聞けば、アンタの推理はほとんど全部相棒が考えたっていうじゃねぇか」


 ああ、レオンですね。彼はシャイなんですよ。ただひたすらに。


「ちっ。はぐらかしやがって。まぁいいさ今回は俺らの完敗だ。……だが、次もこう上手くいくとは限らねぇぜ」


 次があれば、の話ですけどね。


「この小僧……生意気を言いやがって」



   ▼△▼



 ――それからルシウスとクリスはチョビン警部に連れられ、パトカーに乗って去った。

 コーリーさんの二人の友人もただただ驚きの連続だったようで、疲れた顔で帰っていった。


「ロイさん、レオンさん。今日はありがとうございました。自分の部屋があんなことになっていたなんて私、ちっとも知らなくて」


 いいんですよ。コーリーさん。依頼人の謎を解決するのが僕たち《レオン・カイル探偵事務所》の仕事ですからね。

 だが、レオン。一つだけ分からないんだが……殺されたクック・パーソンはどうしてアパートに送る人物としてコーリーさんを選んだんだ? クックと彼女に特別、接点があったようには思えないんだが。

 ……ホント、速筆だよね君は。


『街で偶然会ったときに、騙しやすいとでも思ったんじゃないか? ヤツが死んでしまった今、確実なことは分からないがな。 良識のあるの人間はポストに入っていた、怪しいダイレクトメールに連絡したりしない。下調べしたり、興味なかったらすぐゴミ箱に捨てるしな。ま、いいカモにされたってことだろ』……って君、よくそんなズケズケとひどいこと言えるな!


「いえ……いいんです。レオンさんの言うことは最もですから。今後は、怪しげな誘い文句には乗らないようにします!」


 はは……それはうん。いい心がけだと思うよ。


「それで……あの……お金の方はどうすれば? 今まで考えてなかったですけど、お二人のお力を見ると、やっぱり高額なんですよね……。私、まだ給料そんなに多くないし、お支払いは少し待っていただけるとありがたいのですが……。二人ともどうしたんですか、顔を見合わせて」


(おいレオン、それはさすがに強引じゃないか? 彼女にも彼女の事情ってもんがある。いくら報酬の代わりとはいえそれは……。え? お前はどうなんだって? そりゃあ、そうなれば僕だって嬉しいさ。四六時中君の相手しなくてすむし。

 痛っ! 人のすねを蹴るなよ、もう!)


「あの~ロイさん? レオンさん?」


 おっとすまない。コーリーさん。ちょっと報酬金について二人で相談しててね。

 よければ今度僕とお茶に行かないかい?


「は、はい!?」


 痛っ! 背中を叩くこと無いだろレオン! ジョークだよジョーク。

 えー……オホン。まず報酬金のことは考えなくて良いです。はい。レオンの狂気のボランティアということで一つご納得いただければ。


「い、いいんですか!?」


 それと……コーリーさん、つかぬことを伺いますが、あなたはこれからどうされるおつもりで?

 このアパートは警察の捜査が入るでしょうし、住み続けるのは難しいでしょうし。


「それも困ってるんですよね。近くにまた良い物件が見つかれば良いんですけど」


 物は相談なんですけど……僕、非常に格安な物件を知ってるんですよ。

 なんと家賃はタダ! まぁシェアハウスみたいな感じなんですけど。ただ……住み込みで働いてもらう必要があって……。


「タダですか! すごい! 教えてくださってありがとうございますロイさん!今の仕事は近いうちにやめようと思っていたし、願ったり叶ったりです!……それでその物件はどちらに?」


 えーと……ロースト・ピグ二号室って言うんですけどね。


「なんか聞いたことあるような……って、それお二人の事務所じゃないですか!」


 いやぁ、実は僕たちの事務所、事務仕事をしてくれる人がいなくて、コーリーさんが働いてくれると非常に助かるんですよ。……目の保養的にも。……おっとジョークですよ。

「……私、なんかでいいんですか? 私、今回の事件、自分では何一つ気づいていなかったし……事務とはいえ探偵事務所で仕事するなんて……レオンさん?」


『そんなことを気に病む必要は無い。そもそもの話になってしまうが、君が事務所に来てくれなければ、俺達はこの事件の存在も知らなかった。そう言う意味では、謎を提示してくれたコーリーさんがMVPということになる。

 君は、警察に馬鹿にされたにもかかわらず、謎を解決するため、自らの足で動いた。その気持ちが探偵にとって一番大事な素質だと俺は思う。……まぁ君は探偵では無いけど』


 レオン……最後の一文が無ければカッコよかったのに。君ってやつは。


『……追記。それと、このちゃらついた男と四六時中一緒にいるのはもううんざりだ。

 コーリーさんがいてくれれば、事務所は明るくなるし、俺としても仕事がしやすい。

 来ていただけないだろうか?』


 ふーん……シャイボーイ的にも、コーリーさんは優秀な人材のようだ。僕からも改めてお願いする。コーリー・テングスさん。ウチの事務所に来てくれませんか?


「……ほんとに、私でもいいんですか……?」


 もちろんです! むしろ、コーリーさんだから、お願いするんですよ。


「……ふふ。こんな私で良ければ、よろしくお願いします」


 やった! ホントに! ホントに良いんですね!

 やったぁ! これで目つきの悪い男に睨まれ続けなくて済む! やったぁ!

 痛ったいなぁもう! 君、何、当たり前のように腹パンしてるの? 暴行だからね、それ! もーコーリーさんも笑ってるし!


 なんか僕ばかり損した役回りなんですけど~!



   ▼△▼



 もしもあなたに不可解な謎があるのなら、そこへ行ってみるといい。

 ――レンテリアーヌ通り三番街の路地裏にたたずむ古風な下宿場ロースト・ピグ。

 その二階の二号室。そこには今日もまた不思議な謎を持った依頼人がやってくる。

ドアをノックすると、美人の明るい声と共に扉が開く。

「ようこそ《レオン・カイル探偵事務所》へ!」


























おまけ  新人事務員の歓迎会




 いやぁ今日は歓迎会だね。改めまして歓迎するよコーリーさん。

 ようこそ《レオン・カイル探偵事務所》へ!


「ふふっ。ありがとうございます……って! 部屋きったな! どうしたらこうなるんですか!? 前に私来たとき、もうちょい綺麗でしたよ!?」


 ああ……あの時はおかみさんに怒られて掃除した直後だったからね。事件の後は大体こうなるよ……主にレオンのせいで。


「レオンさん! もう少しなんとかならないんですか!? 豚小屋でももっと綺麗ですよ!」


『善処する』


 豚小屋か、コーリーさんも中々手厳しいね。まぁ……当面は掃除がコーリーさんの仕事になりそうだね。……というわけで僕はコレで!


「あっ! ロイさん、何逃げてるんですか! もーっ! 歓迎会なんて嘘だったんですね!……なんですかレオンさん?」


『これが俺達なりの歓迎さ』






 その日以降、レオンとロイはコーリーに頭が上がらなくなったそうだが、何があったのかは定かでは無い。

 まさに真実は闇の中、である。


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ロースト・ピグ2号室 秀田ごんぞう @syuta_gonzo

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