第6話 お姫様と花売りの少女
昔々あるところに、とてもおっとりしたお姫様がいました。
お姫様は小さな頃から王様と女王様から大いに愛され、友人にも恵まれて、すくすくと育ちました。
そんなお姫様には、夢がありました。
「いつか、私を心から愛してくれる王子様に出会えるかしら。」
それがお姫様の口癖でした。
そんなある日、お姫様は自分と同じ年頃の花売りの少女と出会いました。
「…お母さん、さっきから何描いてるの?」
「あ、要。今ね、絵本描いてるの。」
「ふーん。…お母さん、昔から絵描くの好きだもんね。どんな話?」
「お姫様と花売りの話だよ。」
「題名は?」
「“お姫様と花売りの話”。」
「まんまじゃないか!」
「じゃあ、“お姫様と花売りの少女”?」
「うーん…。まぁ、それなら…っていうか花売り女の子なんだね。」
「そうだよー。だってこれ、私と佳夜の話だもの。」
「えっ、そうなんだ。そういえば、二人の馴れ初めって聞いたことなかったな…。」
「聞かれたことなかったからねー。」
「そういうとこ、お母さんと僕似てるよね。」
「そうね。伊達に13年一緒に暮らしてないわね。」
「そうれはそうと、二人はどうやって出会ったの?」
「うふふっ、それはねー。」
それは、お姫様が18になった年のことでした。
花の香りのあふれる、ちいさいけど、きれいな花屋。
目の前には、ライトを受けて輝くオレンジのガーベラ。
「さてと…。」
ママの誕生日に贈る花を探しに来たはいいけど、誕生日っていったいどんな花を贈るのが良いんだろう?
いつも花はパパに任せっきりだったし、パパはいつも赤いバラを送っていたから、参考にならないしな…。
「うーん…」
つい溜息が漏れる。
「どうしましたか、お客さん?」
「あっ、はい!」
振り向くと、笑顔、オレンジのガーベラのように輝く、素敵な笑顔。
「えーっと、マ…母の誕生日に、花を贈りたいんですけど…。」
いけない、ママっていうところだった。
ハーフだからといって、大学生にもなってママ呼びは恥ずかしい…。
「ま?…お誕生日用の花ですね。わかりました。お母様のお誕生日などわかったりしますか?」
「誕生日は…確か、5月6日だったと思います。」
「5月6日だと…。」
そう言って店員さんは、ポケットからメモ帳らしきものを取り出し、なにやら探し物を始めた。
「えーっと、あ、クチナシとか良いんじゃないですかね?」
「クチナシ…ですか?」
「はい、ほらこれ、見てください。」
店員さんの手渡してきたメモ帳を見ると、丁寧な文字でこう書いてあった。
『5月6日の誕生花
・オダマキ
・シャガ
・ストック
・クチナシ
クチナシの花言葉
幸福者、優雅、清浄、清潔、とてもうれしい』
「なるほど…。確かに、誕生日に贈る花としては良いですね。クチナシって、どんな花なんですか?」
「少し待っていてください。」
店員さんは小走りで店の奥の方に駆けて行き、少しすると白いよく開いたバラのような花を抱えながら戻ってきた。
「お待たせしました。こちらがクチナシになります。」
「わぁ、良い匂い…。」
「でしょう?香水に使われることもあるんですよ。」
「良いですね、クチナシ。私、これにします。」
「かしこまりました、他に何か見たいものなどありますか?」
また、笑顔。オレンジのガーベラみたいな笑顔。そうだ。
「あっ、すみません。ガーベラの花言葉って、わかりますか?」
「ガーベラ、ですか?…ガーベラは色によって花言葉の変わる花ですから…何色ですか?」
「オレンジ色です。」
「オレンジ色なら…あったあった。」
「えーと、日本のものだと“神秘”、“我慢強さ”、“冒険心”とかですね。」
「日本のものだと…?」
「あぁ、花言葉って国によって違いがあったりするんですよ。例えば、オレンジのガーベラの場合は“You are my sunshine”…”あなたは私の太陽“とかですかね。」
「あなたは私の太陽…。」
「はい、西洋の花言葉らしいですよ。なんだか、ロマンチックですよね。」
「ですね…。あの、オレンジのガーベラも一本いただいて良いですか?」
「かしこまりました。こちらもプレゼント用ですか?」
「いえ、これは自分用です。」
「了解しました。以上でよろしいですか?」
「はい、これで大丈夫です。」
「では、4点で1890円になります。」
「はーい。」
「1890円ちょうどお預かりいたします。…こちら、レシートと商品になります。ありがとうございましたー。」
「いえ、こちらこそいろいろ教えてくださって、ありがとうございました。」
「いえいえ、どういたしまして。また来てくださいね。」
「はい!」
桜の花が散り、青々しい葉が爽やかな5月。
大学に入って1ヶ月も経つ今日この頃、大抵の人はもう出会いを済ませてしまっている今日この頃。しかし。
「あれ…店員さん…?」
「あぁっ、お客さん!」
まさかこんなところで思いも寄らない出会いがあるとは。
「同じ…大学だったんですね。店員さん…。」
「店員さん、じゃなくて、霧島佳夜…2年、です。」
「私は陸野陽色、1年です。先輩だったんですね。」
「そうですね…。先輩、ですね一応。まぁ、これからも店共々よろしくお願いします。バイトだけど。」
「アルバイトなんですか!すごい…。私、アルバイトやったことないんです。かっこいいですね!」
「はは…。ちょっといろいろあって、学費と生活費を自分で払わなきゃいけないんで…。」
「へっ⁈たっ、大変ですね⁈」
「いや、全部自業自得なんで…良いんですけど…。」
「けど?」
「ちょっと…今住んでる家が取り壊されそうになってて…。」
「だいぶ、ピンチです。」
霧島さんのお家事情 時計ウサギ @tokei-rabbit
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