群青、届かない夏
高嶺
第1話
あふれかえる夏に襲われて、目眩がした。
太陽に1番近いこの場所で、いつものように
フェンスに足をかける。
どうしようもなく弱い僕は、明日なんてくそくらえと空を蹴飛ばした。
僕のからだがフェンスを離れたその瞬間、
「空でも飛びたいの?」
...ああ、彼女はいつも僕の邪魔をする。
嘘みたいな話だ。
まるでドラマのように、破れたフェンスに僕の制服が引っかかった。
僕はため息をつく。
「離してくれないかな」
僕が不機嫌に呟くと、
「君に翼があるようには思えないけど」
彼女が不敵に微笑んだ。
屋上の端っこにぶらさがった僕を見下ろして彼女は目を細めた。
「なんだか愉快な眺めね」
「僕はかなり不愉快だよ」
ふと自分があまりに格好悪い状態であることに気づいて、僕は渋々屋上に手をかけた。
一方彼女といえば、その整った顔を美しく歪めてくすくすと笑っている。
「手、貸そうか?」
意地悪く、彼女が手を差し出した。
「そんな気も無いくせに」
僕は散々苦労した挙句、なんとも情けない
格好でフェンスの内側に転がりこんだ。
「誰も自殺を止めてくれだなんて頼んでない」
「あら、私何もしてないわよ?」
嘘つきめ、と心の中で悪態をつく。
昨日もおとといも僕の自殺は成功しなかった。今のように願ってもない奇跡が起きて、僕を死なせてくれないのだ。
彼女はいつだって僕の自殺未遂現場に現れてくすくすと笑う。
彼女は魔法使いかはたまた超能力者か。
どうであれ、彼女は僕の邪魔をするのだ。
「君のせいで僕はなかなか死ねないよ」
「私のおかげ、でしょ」
ああ言えばこう言う。
僕は彼女に口喧嘩で勝ったためしがない。
「君はどうして僕の邪魔ばかりするんだ」
「だって君に死んでほしくないもの」
好きな人にそう言われると揺らいでしまう僕は馬鹿野郎だ。
「次はどんな自殺をするの?あっ、首吊りなんてどう?」
彼女が僕をからかう時の声だ。
「どんな自殺だって止めてみせるわ」
「君はほんとに僕の邪魔ばかりする」
「ふふふ、どうしてか分かる?」
僕は彼女の長い髪に手を伸ばした。
「僕がいないと君の猫の世話をする人がいなくなっちゃうからね」
「ピンポーン!あの子、私に懐いてくれないもの」
僕の手が宙を切る。
伸ばした僕の手は届かなかった。
空に向かってくすくすと笑う彼女の横顔を見つめながら、僕は問う。
「じゃあ、どうして僕が自殺したいか」
なぜか僕は泣きそうになった。
苦しくて息ができない。
「分かる?」
急に大袈裟なほどの風が吹いて、彼女のスカートが巻き込まれた。
彼女がまた不敵な笑みを浮かべる。
「あら、どうして?」
あおられたスカートの下に彼女の白い脚が透けて見えた。
きっとこれは夏のせいだよ。
そうだと言ってくれ。
視界がぼやけていくのも構わずに僕は言う。
「君に会いにいくためだよ」
そうだ、僕の手は届かない。
1ヶ月前、交通事故で亡くなった彼女は
僕を死なせてくれない。
群青、届かない夏 高嶺 @takane731
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