満天の星空の下で

青空ひかり

満天の青空の下で



「……やっぱ生きてるって最高だなぁー。」



 俺は、太陽の温かな光を一身に浴びながらそう1人で呟いた。


 ——巨大樹と呼ばれる大きな木の根元にて。



 俺は、両手で頭を抱えながら大樹の根元に寝そべっていた。

 ここ最近、強敵との連戦で体も心も、もうボロボロになっている。なので、今日くらいはサボってもバチは当たらないだろう。


「……全くあいつら。いつも俺を苦労さ

 せやがって……。これじゃ命がいくつ

 あっても足りねーよ!」


 昨日も俺たちはキングドードーの討伐に向かい、青髪のバカのせいで危うく全員喰われるところだった。

 おまけに帰り道は、粘液まみれの女三人を連れて帰るはめになり、回りの連中は俺にゴミ屑を見るような視線を送ってくる。俺は何も悪くないといくのに……。


「……いや、もうあいつらのことを考える

 のはよそう。なんだか疲れてきた……」


 ——そうぼやき、俺はポカポカとした太陽の陽気に集中すべく目をつぶる。

 すると前髪を微かに揺らす暖かなそよ風、フワフワとした草原の感触、花々のほんのり甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 この場所は心身を休めるにはベストスポットのようだ。あいつらには絶対教えないでおこう……。


 だんだんと意識が深く沈みまどろんでいく。

 あぁ、ずっとこのままこうしていたい——

 薄れゆく意識の中で俺はそう思った……。




 ※※





「ねぇ、起きてよ!ねぇってば!早く起きな

 さい!このヒキニート!」


「……あと五分だけ寝かせてくれよ……」


「そう言ってあと‪一時‬間くらい寝る気でし

 ょ!その手は私には通じないんだから!」


 ——そう言ってそいつは俺の顔に大量の水をかけてきた。


「おい!いきなり何すんだよ。このバカ!」


「何よ、私の一級品の手品を披露すればす

 ぐに起きると思ってやってやったよの!」


「ふざけんな!窒息死するかと思ったぞ!」


 この見てくれだけはいいこいつは、宴会芸の女神で、うちのパーティーメンバーの一人だ。

 アークプリーストを生業としており、回復魔法、支援魔法を得意としている。

 神器だというピンク色の羽衣を羽織っているこいつは、大人しくしてれば美人だと言うのにとても残念な性格をしていた。

 何かとすぐに問題を起こし、いつも俺を苦しめる、うちのパーティー随一の問題児だ。

 そのルックスから差し引いても余裕でマイナス値を下回る。


「てか、あんた何でこんな所で寝てんのよ。

 あんたがいなかったせいで今日の討伐に行

 けなかったじゃない!お詫びに夕飯を奢っ

 てちょうだい!」


 そう言って、こいつは頬を膨らませた。


「……別にいいだろ。いつもお前らのせい

 で苦労してんだから、一日くらいゆっくり

 したって……。」


「他はともかくいつ、私が迷惑かけたのよ!

 むしろ私のお陰でパーティーが成り立って

 んだから少しは私に感謝なさいよ!」


「ふざけんなよぉぉぉぉぉ!お前がいつ役に

 立ったんだよ。ほとんど足しか引っ張って

 ねぇじゃねぇか!あんまりはったりかまし

 てっと、しばき倒すぞ!」


 俺はそいつの頬を両手で引っ張りながらそう言った。その後、今までの復讐と、不満をどんどんぶちまけていく。


「だいたい、お前のせいでどれだけ俺が苦労

 しているかまずは………」


「もう許してよ!私が悪かったわ!お願いだ

 から私のほっぺを引っ張らないでぇ!」


「こんなんで許せるか!こうなったらこの

 際、とことんやってやる。覚悟しろ!」



「……二人とも何やってるんですか?馬鹿

 なことしてないで早く帰りますよ。」


「そうだぞ。もうじき日が暮れる。早く戻ら

 ねば今日中に戻れなくなるぞ。」


「……何だ、お前らも来てたのか……」


 ——そう声をかけて来たこの二人もまたうちのパーティーメンバーだ。

 右側にいるこいつの職業はアークウィザードで、生まれつき魔力が高く、知能も高いなんたら族の出身らしい。

 その特徴としてその両目が紅く輝き、また名前がみんな変である。

 小柄で大きな帽子を被ったこいつとは最近、何だかんだでいい感じになり、お互いを少し意識しあっていると思う。

 この左側の金髪美女は職業、クルセイダー。女だというのに前衛職であり、その防御力においてアクセル周辺においては右に出るものはない。

 その圧倒的防御力は、最近手に入れたアダマンタイト製の鎧だけではなく、彼女自身の腹筋の硬さにも起因すると思う。

 しかし、防御力はともかく、まったく攻撃が当たらないという最悪の弱点も兼ね備えている。

 またこいつはいわゆるドMで何かと強い敵と戦いたがる傾向にあり、顔は可愛いのに本当に残念なやつだ。


「……あともう少しでこいつをしばけたの

 によ……。」


「馬鹿なこと言ってないで早く帰ります

 よ。もうすぐ日もくれますから。」

「……ん?もうそんな時間か。結構寝てた

 もんだな。」


 気づけば穏やかな陽気はどこかへ消え去り、空が橙色に染まっていた。こころなしか少し肌寒く感じる。


「……そういえば、どうして俺がここにい

 るってわかったんだ?」


 俺はふと疑問に思い誰ともなく尋ねた。


「あんたを見たっていう冒険者がいたのよ。

 夕方になっても帰ってこないからみんなが

 探しに行こうって。少しは感謝しなさいよ

 ね!」


「……そうだったのか。それは悪かった

 な。」


「さぁ、今日一日サボったことは水に流し

 てやるから、そろそろ帰るぞ……」


「そうですね。これは貸し一つということ

 で。帰ったらシュワシュワの一本くらい奢

 ってくださいよ?」


「お前は未成年だから飲ませないぞ。」


 空は次第に暗くなり、もうじき夜になるだろう。この大樹は俺たちの拠点から少し離れている場所に位置しており、またここ周辺には凶暴なモンスターなども生息しているので急いで帰った方がいいと思うのだが…………。


「……すまないが先に帰っててくれない

 か。そう遅くはならないから。」


「しかし、この周辺には危険なモンスターも

 少なくはない。お前一人を残していくのは

 いささか危険な気がするのだが……」


「大丈夫なんじゃないの?この人、逃げるの

 得意だし。いざとなればスキルを使って姿

 を隠せばいいしね。」


 俺を馬鹿にするようにそう言ってくる。よし、あとでその羽衣燃やしてやろう……。


「そうですね。逃げることに関して右に出る者はいませんからね。大丈夫でしょう。」


「……確かにそうだな。お前なら大丈夫だ

 ろう。では、私たちは先に帰るぞ。あまり

 遅くならないようにしろよ。」


「……あぁ、わかった。」


 納得されたのが少し癪だが先に帰ってくれるらしい。俺は皆が見えなくなるまでじっと森を見続けていた……。




 ※※





「……さて、みんなも、もう帰ったことだ

 し早く終わらせて俺も帰るか……。」


 そう俺は呟き、ジャージから手のひらサイズの箱を取り出して、中を開ける。

 中には小さな宝石のついた指輪が入っており、そのリングには彫り終えていない文字が刻まれている。

 俺はスキルを使い、そのリングに意匠を施していく。傷つけないように丁寧に、慎重に扱う。とても大事な物なので失敗しないように細心の注意を払った。


「……ふぅ。まぁこんなもんか。」


 ‪一時間ほどかけてやっとリングの外側の意匠が終わった。外側には、彼女の琴線に触れるようなカッコいい模様をつけた。

 彼女は爆裂魔法をこよなく愛しているので、爆裂魔法をイメージして彫ったつもりだ。ただそれだけでは物足りないので、自分の祖国に伝わる神話の怪物なんかも入れておいた。素人の割にはなかなか上手に出来たと思う。これを渡した彼女の顔を想像すると少しドキドキしてくる。‬



「よし、だいたい終わったか。後はリングの内側に文字を彫り込むだ……」


「何をそんなに熱心に作っているのです

 か?」


「うおぉ!お前、何でここにいるんだよ!」


 最終工程に差しかかろうという時に彼女は突然背後に現れた。後ろから深紅の大きな瞳で俺を覗き込んでくる。


「いや、大したものじゃ……。そんなこと

 より何でここにいるんだよ!先に帰ったん

 じゃないのか?」


 動揺を悟られまいと慌てて話を変えようとする。


「いえ、途中まで皆と一緒に帰っていたので

 すが、やっぱり心配で戻ってきてしまいま

 した。」


 もじもじと恥ずかしそうに顔を赤らめながらそう答えた。その仕草はやめてほしい。惚れてしまいそうになる。


「……そうだったのか。心配かけて悪かったな。俺ももう帰ることにする……あれ?

 指輪がないぞ!どこにいったんだ!」


 手に持っていたはずの指輪が、さっき驚いた拍子に手からすり抜け、草むらに落ちたようだ。


「……どうかしたんですか?何が無くなっ

 たのですか?」


「いや、石のついたリングを落としてしまっ

 て……。」


「わかりました。私も探すの手伝います

 よ。」


 この指輪は、絶対に彼女より先に見つけなければならない。そうでなければ数ヶ月に渡る俺の計画が全て崩壊してしまう。

 でも、まぁ形も色も教えていないし、第一に俺のなけなしの金を叩いて買った指輪ではあるが、それでも宝石はかなり小さい。

 そう簡単には見つけられないだ……


「もしかしてこのカッコいい意匠の入った指

 輪のことですか?」


「……なに!?もう見つけたのか!」


「やはりこれだったのですね。それにしてもいい趣味していますね。私の琴線にとてもふれるデザインですよ、これ!」


 どうやら彼女がすでに見つけてくれたらしい。こいつにはそういうものを察知するレーダーでもついているのか……。


「……ん?これ内側に何か書かれてます

 ね。」


「やめろ!早く返せ!」


 慌てて指輪を取り上げようと手を伸ばすが、それを器用に避けてくる。


「ふふふ、甘いですね。こんなカッコいい指

 輪なら、書かれていることも物凄くカッコ

 いいはずです!!」


 そう言って、リングの内側に書かれている文字を読んでいく。


「さて、何が書かれているんでしょう?

 なになに、『愛している。愛しのめ—』……え?……」


 その文章はまだ完成していなかったが、それでも彼女にはその文字だけで十分にその意味が伝わっていた。


「……これはいったいなんなんですか?」


 今までに見たことがないほどに顔を赤面させ小さな声で問いかけてきた。その深紅の大きな瞳で真っ直ぐに俺をじっと見つめながら。


「……いや、これはだな、その……」


 歯切りが悪く一瞬どう誤魔化そうか考えていたが、彼女の真剣な瞳を見て、日頃はニートだのクズだのと言われている俺であったが、


 ——ここで俺は一生に一度の大勝負に出ることにした。


「……なぁ、お前と始めて会った日のこと

 覚えているか?」


「えっ?えぇ、もちろん覚えてますよ?」


 いきなり話が変わったにも関わらず、黙って俺の話を聞こうとしてくれる。


「……あれはほんと酷かったよな。お前の

 実力を見ようと、キングドードーの討伐に

 行ったはいいがまさか爆裂魔法しか使え

 ず、その上一発しか打てないだなんて。

 結局はみんなカエルの粘液まみれで帰るこ

 とになったな……」


「ふふふ、そんなこともありましたね。あの

 時はパーティを追い出されると思って焦り

 ましたよ。」


 そう言って手を口元にあてて小さく笑う。その何でもない行動すら今は愛おしく感じる。


「……お前に付き合って毎日爆裂魔法を城

 にぶち込んだりもしたな。日に日に威力が

 上がっていく爆裂魔法をみてるとすげぇ気

 分よかったよ……」


「あれはもう最高でしたね!一度始めたらや

 められませんよ!ですがそれと同じくらい

 帰り道にあなたにおんぶされている時間が

 とても心地よくて、幸せでし……」


 その時突然強い風が吹き、彼女の言葉は空の彼方へ流れてゆく。


「……ごめん、風で聞こえなかった。もう

 一度言ってくれないか?」


「……結構恥ずかしかったのに。もう言い

 ません!」


 顔をプィっ横にそむけそう言った。どうやら怒らせてしまったようだ。


「悪かったって!何でも言うこと聞くからこ

 っちを向いてくれ……」


「むむ、今、何でもと言いましたね?では、

 目を瞑ってください……」


「……おい、何をするつもりなんだ?」


 そう言いながらも言われた通りに目を瞑る。途端に視界が真っ暗になり、そよ風が吹く音しか頭に響かない。

 こいつはいったい何をするつもりなんだ?また前のように落書きとかは、勘弁してほしいところだが………

 ——突然、唇に何か柔らかいものが触れる。それは数秒経って名残惜しそうにそっと離れてゆく。ゆっくりと目を開けると目の前に彼女の顔があった。

 お互いの体はスプーン二つ重ねたように密着し、彼女の甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 その大きく愛らしい紅い瞳はじっと俺だけをただ見つめている。


「……一度しか言わないのでしっかりと聞

 いてください。」


「……あぁ、わかった。」


 彼女は一度目を瞑り、大きく深呼吸をすると再び俺を見据える。

 その視線に答えるように俺もまた正面から受け止める。



「なんだかんだ言ってみんなを引っ張ってく

 れる貴方が好きです。無邪気に笑うあなた

 が好きです。ちょっとずる賢いあなたも好

 きです。今の私があるのはあの時、あなた

 が私をパーティーに入れてくれたからで

 す。あの時の感動は忘れられません。とて

 も感謝しています。そしてあなたのことを

 愛しています……」


 ——その言葉を聞いた途端に目から何か熱いものが流れ出てくる。

 止めようにも止められない。何故こんなにも溢れ出してくるのかもわからない。


「えっ!?どうしたのですか?まさか迷惑だ

 ったでしょか?」


 俺の顔を覗き込みどうしようかと慌てふためいている。それを見ると愛らしくて、もどかしか、嬉しくて、なんだか笑えてくる。


「今度は笑っているのですか?いったいどう

 したら……」


 もう少しこの状況を楽しみたいがそれはやめておこう。俺も彼女の気持ちに答えるべく覚悟を決めた——


「……いや、自分が情けなかったり、嬉し

 かったり色んな感情がごちゃ混ぜでな。脅

 かせて悪かった。」


「もぅ!驚かさないでくださいよ………それ

 と返事は今じゃなくてもいいので出来るだ

 け早くお願いします………」


 あんなに情熱的な告白をしておいて返事は後でもいいらしい。

 大胆なのか奥手なのかよくわからないが改めて顔を見るとさっきの自分の台詞を思い返しているのか耳まで赤くなっている。

 だが、ここで彼女を逃すわけにはいかない。なんせ、俺はクズマさんだからな。


「いや、今聞いてくれ。今じゃないと言えそ

 うな気がしない。それに俺から言おう思っ

 てたのに先を越されたのも悔しいしな。」


「それってどういう……」


「俺はな、お前をパーティーに引き入れた時

 は面倒なやつが一人増えたなって思って

 た。」


「……それはちょっとへこみますね。」



「でもな、お前と一緒に冒険したり、温泉

 に行ったり、紅魔の里行ったりして気づい

 たお前に惹かれていた。お前から目が離せ

 なくなっていた。俺は今のパーティーの皆

 と会えて良かったと思う。お前と出会えて

 本当によかった。俺はお前を世界で一番、

 愛しているぞ!」



 ヤバい、世界で一番なんて言っちゃった。

 これはもう黒歴史確定だろう。


 めっちゃ恥ずかしいんですけどぉぉぉ!!


 自分でも顔が真っ赤になっているのが自覚できる。


「……本当に嬉しいです……こんな日が

 来るのをどんなに夢見たことか……」


「……そんなの俺も一緒だ……」


 そう言って彼女もその紅い瞳を潤ませる。

 再び熱いものが込み上げそうになり、必死に堪える。


「ふふふ、世界で一番ですか。大きく出まし

 たね。でも、私の愛の方が上ですよ!」


「……なわけねぇーだろ。このロリっ子!

 そんな小さな体に俺以上の愛が収まるわけ

 ねーだろ。俺の愛の方が絶対大きいね。」


「今、言ってはいけないことを言いました

 ね。私の愛の大きさがいかほどのものな爆

 裂魔法で表現してあげましょう!」


「……やっぱりお前の愛の方が上のよう

 だ。頼むから呪文を唱えないでくれ。」


 彼女が呪文を唱えようとするのを見て慌てて止める。ふと、彼女がまだ右手に指輪を握りしめているのに気づき、それを受け取る。


「……実はこの指輪はお前に渡そうと思っ

 て俺が作ってたんだ。あともう少しで完成

 するからまた後で渡すよ。」


「こんなカッコいい指輪を私のために作って

 くれたのですか?一生大切にします。」


 こちらの世界では婚約の際に指輪を渡すという習慣はないらしいが、やはり、プロポーズをするなら指輪は欠かせないと思い、数ヶ月前から作成に勤しんでいたのだ。


「……結婚ですか。ふふふ、なんだか実感

 が湧きませんね。」


「みんな何て言うんだろうな……」


「きっとみんな祝福してくれますよ!」


「……そうだな。」


 俺たちが結婚するって報告したらみんなどんな顔するだろうな………

 そんなことを考えながら、ふと彼女に視線を向けると彼女はこちらをじっーと見つめいた。心なしかまた顔が赤くなっている。


「……なんだ?どうかしたのか?」


「……いえ、そのもう一度さっきのをした

 いと思いまして……」


 恥ずかしそうに身をよじりながらそう言った。


「……まさかさっきの木っ恥ずかしい告白

 のことか?流石にもう一度はちょっとな。」


「……ち、ちがうわい!!」


 そう言って彼女は視線をそらす。


「じゃあなんなんだよ。」


「……その……キスをもう一度……」


 途端にさっきの不意打ちのキスが脳裏によぎった。


「……いや、でも人目をあるし……」


「人間なんて何処にもいませんよ。……あ

 そこに二人いるようですが、この距離なら

 問題ないでしょう。」


 はぐらかそうしたが今回はダメのようだ。俺は覚悟を決めようと集中する。


「さっきはわたしからしたのですから、次は

 そちらからお願いしますね!」


「冗談だろ?そんなの童貞の俺には難易度が

 高いと思うんだが……」


 俺の言葉など意にも返さず、すでに彼女は目

 を瞑っていた。その顔には期待や不安、緊張などが見て取れる。


「……わかった。じゃあいくぞ……」


「……はい。」


 彼女の綺麗で、柔らかそうな唇に目を奪われる。そして、だんだん彼女の唇に顔を近づけ——


「……んっ。」


 彼女から甘い吐息が漏れる。彼女の唇は本当に柔らかく、なめらかで、しっとりとしていた。不思議な感覚が体を襲う。

 まるで体が宙に浮くような感じだ。体が熱くなっていく。

 最初のキスよりも長く、長く、唇を触れ合わせる。そして今回も名残惜しげに唇をどちらともなく離していく。


「……もう一度、お願いしてもいいです

 か?」


 彼女の目はどこかトロンとしている。まるで遠く見ているように。その恍惚とした表情が誘惑的で、魅力的で、そして美しくて……

 返事もなしに自分の欲望に赴くままに彼女を草原に押し倒し、口の中をむさぼるようにキスをする。舌を絡めようすると彼女も小さい舌を頑張って絡ませてくる。

 粘液と粘液が絡みあい彼女の味を直に感じる。彼女がさっきよりもずっと近くに感じる。頭がぼっーとしていく。体がどんどん熱くなってゆく——


「……もう一度……もう一度……」


 いつまでそうしていたかわからなかった。

 口の端からよだれが垂れているにも関わらず拭おうとはしなかった。

 その時間すらも惜しく感じられた。口の中はすでに彼女の味でいっぱいになっていた。そして心も満たされていった。


「……なぁ、俺、もう我慢できない。ここでしたいんだが……ダメか?」


 俺はついに我慢できなくなり、彼女に聞いていた。すると彼女は、


「……まったく、あなたって人は……初めてがまさか野外なるとは思いもよりませんでした。」


「……やっぱりだめだよな?」


「いえ、だめではありませんよ?あなたと一

 つになれるのであれば場所なんて関係あり

 ませんよ。それに……私はあなたのものですよ?」


 そんな冗談を言い、クスクスと笑う。


 そこで俺の理性が崩壊し、彼女に飛びかかろうとした。まるで野生の猿のように、


「ウキキキキィィィィィ!!!」


 そして今二匹の体が一つになろうとし……




 ※※





「おっしゃぁぁぁぁ!!やっと捕まえたぞこ

 のクソ猿がぁぁ!!散々苦労かけさせやが

 て!アクセルに戻ったら、競売でお前ら売

 りさばいて金に換えてやらぁぁ!!!」


「待ってください!カズマ!私達の所持品を取り返すのが先ですよ!とっととこいつらの身ぐるみ剥いでやりましょう!」


 めぐみんがまるで盗賊のようなことを言って猿二匹を網で捕まえていた。

 一匹は俺の唯一の故郷からの持ち物であるジャージを着ている。どうしたらこんなゲスな顔になるんだ?

 もう1匹はめぐみんのハットにマント、さらには大事な杖までも装備している。こいつも誰に似たのかロリコンのような顔を……

 いや、ロリコンのような顔ってなんだ?


「カズマさん!カズマさーん!そっちの猿達

 はもう捕まえたー?」


「おう!すでに二匹とも捕縛済みだー!そっ

 ちの方はどうなんだー?」


「私達も猿二匹捕獲したわよー!まだ私の羽

 衣もダクネスの鎧もまだ無事だったわー!」


 森の方から猿を二匹を捕らえてアクアとダクネスがこちらへ歩いて来る。捕らえられた網の中を見るとまだ装備をつけていたのでホッとした。


「……よし、とりあえずは全員の装備は無

 事だったな!」


「私の羽衣も無事でよかったわ!」


「ねぇねぇ、カズマ、ようやく杖も戻ってき

 たことですしここで一発、爆裂魔法かまし

 てやってもいいですか?」


「駄目に決まってんだろ。そんなことしたら

 森中燃えてまた賠償請求やらなんやら、さ

 れるかもしれないだろ!」


「……いや、カズマ、私の装備には一部傷

 が入っているのだが……」


「……あぁ?そんなの唾でもつけて自分で

 直しておけ!」


「……んっ!……さすがはカズマだ。ど

 んな時でも全く容赦がない。日頃から私の

 体を舐め回すように見ているだけはある

 な……」


「おい!誤解を招くような言い方をするな!

 てか、お前らもそんな目で見るんじゃね

 ーよ!」


「そんなことよりも早く身ぐるみを剥ぎまし

 ょうよ!カズマさん!」


「……おぅ、確かにそうだな。」


 いったんアクアの魔法で暴れる猿達を眠らせ各々の装備を取り返すと俺は猿達に盗賊系すきる『バインド』を使い拘束する。


「そういえばさっき何か指輪のようなものを拾ったのだが……。内側に【愛しのめありー】と書かれているぞ。多分、冒険者の落し物かなんかだろう……」


 ダクネスが小さなリングを手にして言った。


「……むぅ、なかなかいいセンスをしていますね。私の琴線がビンビンと刺激されてますよ!!ねぇ、ダクネス?私にそれを譲って貰えませんか?」


「……ねぇ、めぐみん!それは私が貰うんだから!それを売って酒場のツケを返すんだから!」


 そう言ってめぐみんとアクアが取っ組み合いを始める。なかなかに珍しい光景だったが話が進まないので喧嘩を止めた。ちなみにその指輪が俺が適当に理由をつけて貰うことになった。


「……む、それよりもカズマ、この猿達はどうしますか?もし自然に返すのであれば、このきゅんぞうを家で飼ってもいいですか?」


 少し不服そうながらも一番小柄な猿を指差して、めぐみんは俺にそう頼んできた。


「……駄目に決まってんだろ。また持ち物

 を取られるかもしれないだろ!てか、きゅ

 んぞうってなんだよ。」


「この子がこの中で一番可愛いのできゅんぞ

 うです。……そうですか、それは残念で

 す。では、可哀想なので早く森に返してあ

 げましょう!」


「むむ、競売に……まぁいいか。」


 ——この俺達を散々苦しめたこの猿の名は、通称『スティールモンキー』


 この大樹周辺に生息しており、この猿の特徴は名前の通り盗賊系スキルの『スティール』を使用できるということだ。

 また、始まりの街、アクセルがここから一番近いので、必然的に新人冒険者が多くここら周辺を探索するのだが、そんな新米冒険者を狙って持ち物を盗むという問題が頻発している。

 かくゆう俺達も昨日、モンスター討伐を終え、気が抜けていた帰り道に襲われ貴重な装備やら武器をあらかた奪われてしまった。

 そんなわけで今日の早朝から必死にこの四匹を探し回り、とうとう今、捕まえたというわけだ。


「この猿はスティールした持ち物をだけじゃ

 なくその持ち主の感情や性格もトレースで

 きるらしいぞ!他にも何か盗んだらそれ

 を装備している間は、その持ち主と体毛が

 同じなるとかなんとか……」



 そんな補足説明をダクネスが丁寧にしてくれた。


「……知らない奴の気持ちなんか知ったっ

 てなんの役にも立たないだろうにな。」


「いや、これは先天性の能力だから文句を言

 ってもどうしようもない……だが、想い

 人の気持ちをトレースして知りたいってい

 う連中が結構いるようで、この猿はなかな

 かの値段で取引されているらしいぞ。」


「……やっぱこいつら、競売に出すか」


「そんなの駄目です!私たちが捕まえた二匹

 はどうやら夫婦みたいですよ。夫婦揃って

 競売だなんて可哀想です!」


 めぐみんがそう珍しく、強く説得して来る。あぁ、これは折れないタイプのやつだ。下手したら爆裂魔法もうちかねないな。


「わかったよ。じゃあこいつら逃してとっと

 と帰ろうぜ!」


「ねぇねぇ、カズマ、カズマ!この夫婦のオ

 スの方、なんだかカズマに似てない?この

 微妙に間抜け面でクズそうな顔はカズマそ

 のものよ!」


「……よし、今後一切、お前には金を貸さ

 ない。なんせ俺はクズだからな?」


「じょ、冗談ですよ、カズマ様!謝るから今

 日の酒場代だけでも貸してちょうだい!」


 こんなんだから水の女神だと言っても誰も信用してくれないのだ。もう少し、エリス様を見習えよな。


「……む?こっちのメスの方はめぐみんに

 似ているな。どこか幼い感じが抜けていな

 いような……」


「私はもう立派な大人ですよ!ダクネスとあ

 えども今の発言は看過できませんね。」


 無い胸を張ってめぐみんが抗議する。


「いや、そういうつもりではないんだがな。

 この猿達が盗品の持ち主の感情をトレース

 するのならカズマとめぐみんはその……

 夫婦に……」


「そんなわけねーだろ。こんなロリコン、俺

 の対象範囲内じ……」


「深淵なる闇よ、我が魔力に共鳴し……」


「いや、めぐみん、俺が悪かったから詠唱を

 やめてくれないか?」


 俺の言葉を聞き、すぐさま詠唱を行うめぐみんを見て、慌てて謝るがすでに遅かった。


「……ふふふ、今更遅いですよ!

 我が爆裂魔法にまったはないです!穿て!

 エクスプロージョン!!」



 ドォォォォォォォォォンという振動とともに森の中心に大きな穴を開き、そこから火が広がっていく。その拍子に捕縛していた猿達は散り散りに逃げて行く。


「馬鹿野郎!何、本当に打ってんだよ!」


「‪……はぁ、十二時‬間ぶりの爆裂魔法は気持よかったです!」


「そんなこと聞いてねーよ!おい、火が広がってんぞ!どうにか火を消す方法はないのか!?」


「私にいい案があるぞ!私が火の中に飛び込

 むというのは……」


 ダクネスが目を輝かせながら自殺行為を提案してくる。


「あぁぁ!お前は黙ってろ、変態!アクア、

 お前、腐っても水の女神だろ?どうにかで

 きないのか?」


「私はれっきとした水の女神ですけど!この

 程度の火災なら広範囲の降水魔法でなんと

 かなると思うんだけど……」


 歯切れが悪くアクアがそう答える。


「何か問題でもあるのか?」


「……実は私、この魔法苦手で成功確率が

 五十パーセントなのよね!失敗するとこの

 前見たいな大洪水になっちゃうかも……」


 アクアはそんなとんでもないことを言い出す。俺は両手で頭を抱えて、うずくまるしかなかった。


「あぁぁ!もうおしまいだ!こいつの五十パ

 ーはゼロパーとほぼ変わんねーじゃねー

 かよ!」


「‪今日の夕飯‬を奢ってくれるんなら八十パー

 セントまで底上げ出来ますけど?」


 ニヤニヤしなが俺の足元を見てくる。

 こいつ、あとでしばいてやろう。


「とにかく、できるのなら早くやってくれ!

 飯でも何でも奢ってやるから!」


 それを聞くとアクアはニヤリと笑い、詠唱の準備に入る。


「その言葉、絶対忘れないでよね!じゃあ、

 行くわよ!ゴッドプリスビテイション!」


 アクアの広範囲魔法により、空に雨雲が発生し、まるでスコールのような雨が森全体に降りそそぐ。次第に火は勢いを失い、瞬く間に森の火は沈静化された。


「よくやったぞ。アクア!お前もたまには役

 に立つんだな!」


「何言ってんの。いつも私のお陰でパーティ

 ーが機能してるんでしょ!そんなことより

 ちゃんとご飯奢りなさいよね!」


「………あぁ、わかってるよ」


「そんなことよりカズマ、アクア!空を見て

 ください!星がすごいですよ!」


 めぐみんが目を爛々と輝かせながら空を見上げて見上げていた。

 俺達も空を仰ぎ見るとそこには満天の星空が横たわっていた。輝きも異なっており、色もまた赤や青、黄色や緑と様々な彩りのある星々が宙に浮いている。

 驚いたことに、日本で言うところの「天の川」のような星雲まで観ることができた。


「……これは……すごいな……」


「ほんとに綺麗だな。私もこんなに綺麗な星

 空を見たのは初めてだ……」


 ダクネスも感嘆しているかのようにそう呟いた。おそらく火事によって熱せられた空気中の水分がアクアの魔法によりかき集められ、火を沈静化し終えたと同時に尽きたのだと思われる。

 なので、あと数分もすればまたぶ厚い雲の層ができ、この満天の星空を見ることは出来なくなるだろう。


「……さて、もう遅いことだしそろそろ帰

 るか。」


 俺はめぐみんを背中に背負い、歩き出す。

 アクアとダクネスもそれに続く。アクセルまでは多少遠いので、着く頃にはもう深夜を回っているだろう。

 夜は危険なモンスターの活動時間でもあるので帰りが早いに越したことはない。


「ねぇねぇカズマ!見てくださいよ!ほんと

 に空が綺麗ですね……」


「足元危ないから上なんて見れねーよ。それ

 にさっき目に焼き付けたから大丈夫だ。」


「それにしてもさっきのお猿さん達、アクア

 とダクネスも言ってましたけど、私も似て

 るなーって、思いました。」


「……あの夫婦猿のことか?俺はそんなに

 似てるとは思わなかったけどな。」


「ダクネスがあのお猿さんは感情もトーレス

 出来ると言ってましたよね。……もしか

 してカズマは私のことが好きだったりしま

 すか?」


 めぐみんが俺の瞳を覗き込みながら、いたずらっぽくそんなことを聞いてくる。

 おんぶしているので、めぐみんの体温が直に伝わってきて少しドキドキする。こればかりは何度やっても慣れない。


「………その……だからさっき言ったろ?

 めぐみんはまだ子供だって…….」


 緊張して少し噛んでしまった。かなり恥ずかしい。


「私はカズマのこと好きですよ?」


 その時、辺り一面に突然強い風が吹き、めぐみんの声がかき消される。


「……ん?めぐみん、今なんていったん

 だ?」


「……いえいえ、何でもありませんよ」


 立ち止まって聞いて見るが、めぐみんは、にっこりと微笑みながらそう答えただけだった。


「おーい!二人とも早く行くわよー!」


 いつのまにか先を越していたアクアが俺達に声をかける。


「……おう!今行くぞー。」


 俺は二人に追いつくべくまた歩きだした。




 ——やはり、カズマはまだ私のことをそういう目では見てくれませんか……

 ですが、いつの日かカズマを振り向かせてみせますよ。

 ふふふ、それまではこの背中に身を預けるのも悪くはありませんね………




 満天の星空の下でめぐみんは固く誓った。








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満天の星空の下で 青空ひかり @rain0352

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