パパとクマのぬいぐるみは平和を守っている

紫季

パパとクマのぬいぐるみは平和を守っている


「殲滅準備」


私のその一言で手に持ったクマのぬいぐるみが起動、展開する。

クマのぬいぐるみは重厚な金属音を響かせながらその体を広げ、私の体にまとわりついてくる。


このぬいぐるみは娘の5歳の誕生日に買ってあげたものだ。

娘が10歳になる頃、私の住む地域では問題が起きていた。

異形の怪人の出現である。

彼らがなぜ現れだしたのかはわからない。だが彼らは人間に害をなす。


警察などの組織に対応をまかせることもできただろう。だが組織は私たち市民全ての味方なのであって、娘のボディーガードではない。

もし娘が怪人に襲われた時、誰が守るのか。

――――父である私しかいないだろう。


だから私は怪人と戦う力を求めた。

なに、クマのぬいぐるみだって最近流行りのスマート家電を積めば音声入力一つで身を守るスーツに早変わりだ。

私のDIYスーツ(ぬいぐるみ)を友人に見せた時「こいつ天才的に馬鹿じゃないのか」という目で見られたが、単に娘に忘れられたぬいぐるみにスマート家電を積んだだけである。馬鹿を見るような目で見られるいわれはない。


中学生になった娘にぬいぐるみを持つお父さんキモいと言われたことがあった。

ぬいぐるみをもって通勤する姿が近所で噂になり、妻に泣かれたこともあった。

それでも今まで私はひそかにクマのぬいぐるみを身にまとい、娘の校区周辺の怪人と戦ってきたのである。

全ては娘を守るために。


そして今日は娘の高校の卒業式。

娘は一足早く友人と学校に向かった。

今日が終われば娘は県外の大学に行くためここから旅立つことになる。

つまり私の役目も今日までということだ。

今後の地域の平和?そんなもの警察にでも任せておけばいい。私は娘を守るために怪人と戦っていたのだ。娘に危険が及ぶことがなくなれば私が怪人と戦う必要性はない。私は目的を違えない男なのだ。


だがそんな日に限って怪人が現れる。

しかも娘の卒業式に向かっている時だ。

娘は学校にいるのだから危害は及ばない。だから無視することもできた。

しかしこいつが暴れたせいで卒業式が中止になるかも、という可能性に至ってしまってはもう無視できなかった。


もうすぐ卒業式が始まる。

だから手加減はしない。全力で殲滅にかかる。



「――――5分で終わらせる」



ぬいぐるみの篭手で覆われた両の拳を胸元でつき合わせそうつぶやいた私は、最後の役目を5分で済ませるために奴に向かって踏み込んだ。




そして式が終わった。

私も無事に卒業式に参加することができ、今は校門前で友人と話す娘を遠めに見つめている。

ふと娘が私のところまでかけてくる。

どうも今から友人たちと打ち上げに出かけるらしく、先に帰っていていいとのこと。お昼一緒にご馳走を食べに行く予定だったのだがそれは夕食の予定になりそうだ。

娘は踵を返して友人の方へ戻っていく。

ふと、


「お父さん」


娘が笑顔で振り返る。


「今まで守ってくれてありがとう」


そういって彼女は友人の方へ駆けていったのだった。

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パパとクマのぬいぐるみは平和を守っている 紫季 @togabitosiki

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