二人に流れ星を

M.A.L.T.E.R

第1話

ある町の長屋に散歩が趣味な十七、八の青年がいた。

名を田町博史という。

その日も散歩をしていた。すると前に来たときは見かけない建物を見つけた。


どうやら茶屋が新しく出来たらしかった。新しいからか小さい店はほとんど満席に近かった。

普段ならスルーするところだが、一つのものが博史の足を止めさせた。

それは、「わらび餅」と書かれたのぼりであった。彼は食べ物に対して特段、好き嫌いは無いのだがわらび餅だけは別格だった。


のぼりにわらび餅と書くぐらいなのだから美味しいに違いないと思い、博史はこの店に入ってみることにした。

わらび餅とお茶を頼み、どんな味かワクワクしながら待っていた。


しばらくして、

「お待たせしました~」

と言う声に振り向いた博史はその声の主と目を合わせた瞬間に固まってしまった。

年は十四、五だろうか。黒いお盆と対称的な白い髪には桜の花が描かれる着物がよく似合う。最近流行っているらしい、袴に編み上げブーツもまるで彼女のためにあるかのようだった。


「どうぞ」

わらび餅とお茶と置くその声はたいして大きくもないのに、何よりも大きく頭の中を駆け巡った。

博忠は彼女に「ありがとう」と言おうとしたが、すでにそこは彼女の姿は無かった。


博史はわらび餅を口にしたが、彼女の端正な顔が頭の中を駆け巡るばかりで味など全くわからなかった。


食べ終わると、博史はわざわざお盆と皿を返しに行った。当然、彼女の顔を見るためである。

「えっ、あ、ありがとう、ございます……」

驚きと感謝の意が入り交じった表情すらも博史にとってはいとおしく思えた。



以来、博史は彼女の「どうぞ」を聞くために仕事のない休日を待ち望んだ。

そして、あの茶屋に行くたびに「彼女と話してみたい」という気持ちはどんどん強くなっていった。

しかし彼女はここの店員なので、中々話す機会がない。声をかけようとするとそこにはいないのだ。


だが、その機会はすぐに訪れた。


博史はいつもの通りわらび餅を待っていた。

何度も来ているせいでどのくらいで出来上がるか熟知していた。

そろそろ来るな……と見た先に現れた彼女は

「お待たせしまし……あっ」

通りに転がっていた石につまずいてしまった。

とっさに博史は彼女を受け止めた。


「大丈夫?」

「あっ、ありがとうございます……。」

彼女の体は見かけ通り華奢だった。

だが、少女が真正面で転んだために二人は抱き合う形になってしまった。そのため、お互いの熱を感じとると、二人はパッとその手を放した。


「ご、ごめんなさいっ!」

「いや、いいよ。気にしないで……えっと……」

そこまで言って、ハッと博史は気づいた。散々、この店に来て彼女と会っているのに、彼女の名前を知らないのだ。

「……あのさ、よければ名前を教えてくれないかな?」

だからそう尋ねた。


少女の方も、休日には必ず来てくれるこの青年の名前を知らなかった。何故来てくれるのかはわからなかったが、雨の日もわざわざ来てくれる彼と話してみたいと思っていたのだ。

なので、目の前の青年に

「名前を教えてくれないかな?」

と、問われた時は嬉しかった。


「私の名前は雪菜。桜野雪菜って言います。」

「そうなんだ。僕の名前は田町博史って言うんだ。よろしくね。」

二人は自分の名前を言うと、急に恥ずかしくなったのか二人とも頬を真っ赤にしていた。


雪菜は博史の隣り合わせに座り、お互いの事について話しあった。

どうやら雪菜はここの店主の娘であるらしかった。また、わらび餅を作っているのも雪菜だそうだ。


そうこうしているうちに、十分ほどが過ぎ、

「あの……、そろそろ戻らなきゃいけないので……」

「そっか。じゃあ僕はもう帰ろうかな」

「本当に今日はごめんなさい。せっかく来てくれたのに台無しにしちゃって……」

「だから、気にしないでって。むしろ転んじゃったからこそ話も出来たんだしさ」

「そう言ってくれるとありがたいです……」

「じゃあね。また今度、おいしいわらび餅をよろしくね?」

「はい……」


手を振りながら去っていく博史の姿を見て、雪菜はまた話をしたいと思うようになった。


それからというものの、二人は休日のたびに茶屋の椅子に座り十分ほど話すというのを繰り返した。


やがて十分では足りないと思うようになり開店前や閉店後に話す事も多くなっていった。


その日は新聞で流星群が見れるという予報が出ていた。

そのため、博史は前に星が見たいと言ってたなと思い、町外れの丘に連れていけないかと考えた。


なので、開店前の茶屋に行き、のぼりを出すのを手伝いながら雪菜に尋ねた。

「ねえ、雪菜。流れ星って見てみたくない?」

「えっ…………見てみたいですけど……。」

「じゃあ、お店が終わった後にとっておきの場所に連れてってあげるよ」

「ホントですか!?」

「うん。だから楽しみにしててね?」

「はいっ!」


そして日も暮れかけ、閉店時刻が迫った頃、博史は空に雲が無いことを確認して家を飛び出した。


店に着いたのは閉店時刻ギリギリだった。

のぼりを片付け、しばらくするといつもの花柄の着物ではなく無数の星が描かれた浴衣を着ていた。

「どうしたの? それ」

「えっと……、博史さんが流れ星を見せてくれると言っていたので、こっちの方がいいかなと思って。それに、まるで……デート、みたいだなって……」

「…………」

確かにそうであった。そんなに大層なものではないが、二人で流れ星を見に行くというのもデートの一つだろう。

そう気づくと、二人は顔を赤らめてうつむいてしまった。


「じゃあ……行こっか」

「はい」

横を歩く彼女をチラリと見ると、彼女の綺麗な白い髪は紺碧の浴衣によってまるで天の川のように見えた。


丘を登りきると、ちょうど太陽が沈む頃だった。

「あっ、一番星!」

そう指さす彼女はすごく楽しそうに笑っていた。

暗くなっていく空に目が慣れてくると、次々に二番星、三番星が見つかっていく。

雪菜が数え疲れた頃には満天の星空が広がっていた。

「わああ…………。すごい……」

そう漏らす彼女の瞳は星空に負けないぐらい輝いていた。


しばらくすると予報通り流れ星が一本、二本……と通り過ぎていった。

だが、博史は流れ星よりも、「キレイ……」と言う雪菜の方に釘付けになっていた。


雪菜は無数の流星を見た帰り道に

「あの、流れ星を捕まえてみたい……」

と漏らしてしまった。というのも、それを聞いた博史が

「わかった。捕まえてきてみせるよ」

と言ってしまったからだ。


博史は言ってしまってから、我にかえった。しかし、

「あははっ、いくら博史さんでも捕まえられないですよぅ~」

という彼女に

「いや、できる。」

と謎の意地を張ってしまったから大変だ。


博史は家に帰って後悔したが、後悔、先に立たず。そして、男に二言はないの通り、流れ星を捕まえる方法を考えた。

一週間考えたが、当然見つかるわけがない。

しかし夕方になってある案が思いついた。


それは、花火を流星に見立てるというものだ。


苦し紛れの案かもしれないが仕方がない。前に、彼女が言った「祭りや花火を見たことがない」という言葉を信じるしかなかった。


空き瓶にそこら辺を飛んでいた蛍をぶちこみ懐に入れた。少々荒っぽいが、暗闇の中なら近づいて見ないとわからないだろう。


夜闇がかかりかけている茶屋の前には周りをキョロキョロしている雪菜が立っていた。そして、博史を見るなり、

「あっ、博史さん……。朝来てくれなかったからもう会えないのかと思ってました……」

「ごめん。でもね、見つけたよ流星を捕まえる方法!」

「えっ!?」

「じゃあ、行こうか」

博史はそう言って彼女の手を握って駆け出した。


「はあはあ……。いきなりどうしたんですか? というか流星を捕まえる方法って?」

「ごめんごめん。まあ、見ててよ」

「?」


祭りの空気には茶屋が最も盛況な時の活気は足元にも及ばないだろう。

はぐれないように手を握ると、雪菜は博史の手を握りかえした。手の中には夏でも真っ白な手からは想像できないぬくもりに満ちていた。


花火は祭りが行われるここから川をはさんだ反対側の丘から上がる。その丘はこの前に流星群を見た丘でもある。


博史は花火がよく見える所に立ち、頭の真後ろを丘の頂上をピッタリ合わせる。

そして、一発目が上がる五分前に

「ねえ、雪菜。ちょっとこっち見て。」

「?」

こちらを向いて小首をかしげる彼女の姿を見ると、これからすることに罪悪感を覚えた。


しかし振り向かせた手前、ここでやめるわけにもいかない。

博史は覚悟を決め、懐から蛍の入った空き瓶を取り出し言った。

「雪菜。今から流れ星を見せるよ。」

「………………」

雪菜は何も言うことがなかった。なぜなら、

雪菜の方にも罪悪感があったからだ。軽はずみで言ってしまったあの言葉が、博史に「捕まえてみせる」と言わせてしまったのだから。

しかし、本当に捕まえてくるとは思わず目を丸くするしかなかった。


そんな事は夢にも思わなかった博史にとって、これは一世一代の賭けだった。

そして、博史は目を閉じ耳を研ぎ澄ます。


ヒュ……


その音と共に博史は思いっきり瓶の蓋を開けた。すると、蛍はどこかに逃げていった。

正直、博史は目を開ける事ができなかった。彼女の期待外れのものを見る目を見たくなかったのだった。


しかし、それは杞憂だった。

雪菜の目は生まれて初めて見る花火の尾に釘付けになっていたからだ。


限界まで打ち上がった花火は夜空に光と音を残してはじけた。


博史は雪菜に頬にキスされて目を開けた。そして、彼女と目が合うと

「ありがとっ」

と満面の笑顔を浮かべた。


それから二人は花火を最後まで観て、焼きそばを食べたり金魚すくいをして楽しんだ。


博史と雪菜は花火大会も祭りも終わり静けさを取り戻した丘に立っていた。

そして博史は顔を赤らめながら言った。

「ずっと前から好きでした。付き合ってください」

すると雪菜は微笑んで答えた。

「はい。喜んで……」



抱き合う二人の横を二本の流星が寄り添うように駆けていった。

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二人に流れ星を M.A.L.T.E.R @20020920

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