第2話
日もすっかり落ちて夜の帳が下りるころ、私は実家に残してもらっている自分の部屋でごろりと横になっていた。普段のフローリングの床と違い、畳の匂いにどこかホッとする。天井からつるされた昔ながらの丸い形の蛍光灯を眺めながらぼんやりと今日の祖母との話を思い返してみた。
祖母と話をして私の記憶にあるのは『あやかしのお祭り』というものだったということが分かったが、だとすれば一体何がきっかけでそこに行ったのだろうか。祖母からは呼ばれる条件のようなものは教えてもらえなかった。というよりも、祖母自身も呼ばれる条件はわかっていなかったのだろう。
きっかけが分からなくとも、祭りで何をしたのかを詳細に思い出してみれば何か分かるかもしれない。
そう考えれば目を閉じてもう一度、その祭りの時の光景を思い出していってみる。
顔は思い出せないが私の手を引いていた人の後ろ姿は髪が長く、幼いころの母のイメージと重なる。そして、その人に手を引かれて最初に赤い鳥居を潜ったはずだ。鳥居を抜けた先にはいくつも吊るされた赤い提灯に、道いっぱいに並ぶ夜店。空はとても暗く星がよく見えていた気がする。
最初にお参りをしよう、と奥の社まで手を引かれて行ってお賽銭を投げた気がする。そのあとで、どこに行きたいかを優しい声で聞かれた。手を引かれながらくじ引きや輪投げ、射的なんかの夜店を見て回った。
だが、最終的に私が惹かれたのは、お面屋だった。小さな私はその店にあった狐の面を指差してねだって……。
「そうだ、狐の面!」
弾かれたように体を起して、押し入れの中にないかと探してみる。三年前に一人暮らしを始める時に、引越しにあたって纏めて置いて行った荷物の中に入っていることは考えづらい。なにより、その時に狐の面を見た記憶はなかった。記憶にないから探さない、というのもどうかと思うが私の直感がそこにはないと告げている。
だとすれば、どこにあるのか。考えられるとすれば、ボロボロになったの幼いころに遊んでいたおもちゃをまとめた段ボール箱の中だろうか。正直、その段ボールの箱を取り出すのは少し気が引ける。見るからに埃の積もった上部、取っ手にできるように空いた穴の部分は脆くなって破れそうになっている。取り出す最中に敗れて大惨事になる未来が見えないこともない状態だ。
だからと言って、取り出さないわけにはいかない。もしかしたらこの箱の中にはその祭りの手がかりが入っているかもしれないのだから。意を決して押入れの奥まで腕を伸ばして箱をつかむ。
「げっほ、ごほっ!うわ、思った通り埃っぽ……」
引っ張ろうとした途端外からふわりと風が吹いてきて私の顔面に埃を舞いあげる。埃を浴びて盛大に咳込んだ後、一度部屋に引き返し口元にハンカチを当てて再度挑戦する。
さすがに奥に入れっぱなしにしておいて箱が痛んでいたのか、引きずり出す途中で何度か崩壊の危機があった。それでも何とか引きずり出した段ボールは埃まみれで思わず絶句してしまった。
軽く埃を払って段ボールを開けてみる。中には人形やぬいぐるみ、他には幼い頃流行りだった魔法少女のステッキなど昔遊んでいた玩具たちが現れた。
懐かしみながらおもちゃを一つずつ取り出している最中、それは現れた。段ボール箱の底が見えてくる頃にちらりと見えた、尖った耳の形の何か。直感でそれが狐の面だと感じた。
「あった……!」
ようやく見つけたことの喜びが大きかったのか思わず力任せに引っ張ってしまったが、特に何かに引っかかることもなく取り出せた。底のほうにあった割には汚れも傷みもなく、綺麗な形を保っている。
白い面に赤い隈取りの、典型的な狐のお面。ただ、長い事見ていなかったそれがひどく懐かしく思えてぎゅうっとそれを胸に押しつけるように抱きしめた。材質のせいだろうか、抱きしめたそのお面はほんのりと人肌に近い温度に変わっていた。
不意に、あの祭りのイメージが頭に浮かぶ。笛や太鼓の楽しげな祭囃子、狐の面を手に赤い鳥居の下に立つ自分の姿。一瞬のことだったがそのイメージはあまりに鮮明で、確信に近いものがあった。
「……祭りが、近いんだ」
私の帰省も、突然思い出して母に問いかけた理由も、祖母とその話をすることになったのも、きっと偶然ではない。私はあの祭りに再び呼ばれたのだ、と感じていた。きっと、もう一度あの祭りに行かなければならないのだろう。
ちりん、と近くで鈴の音が聞こえた、気がした。
祭りの夜 東雲 葵 @aoi_shinonome
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