祭りの夜
東雲 葵
第1話
遠い昔に聞いた祭囃子。母に手をひかれて回った、赤い提灯の飾られた境内に並ぶ夜店。懐かしさとともにどこか物悲しさを覚えるその光景。今もはっきりと思い出せる。
職場からもぎ取った夏休みを利用して、私は実家に帰省していた。帰省して初日の夜、忘れたわけではなかったけれど、久々にその祭りの夢を見た。長い長い時間が経ってしまい忘れかけていた光景を、鮮明に思い出せるようになるくらいにははっきりとした夢だった。
夢を見て鮮明に思い出していたから、母に思い出話をするようにその時の話をしてみることにした。だが、母からの返事はそんな場所に行った記憶はないというものだった。
近所の神社の祭りで飾るのは赤い提灯だけではなく色とりどりの提灯が並ぶらし、なにより私の記憶にあるような何軒も夜店が並ぶほどの広さがないのだ。
その話を聞いて慌てて私も神社へ行ったので、母の話は嘘ではないことは分かった。では、今まで母とともに廻っていたと思っていた祭りの記憶、私の記憶に残るあの光景は一体何だったのだろうか。
ぼんやりと庭を眺めながら、母に用意してもらった西瓜を齧る。夏の暑さで火照った体に、冷やされた西瓜の甘みが染み渡るようだ。それと同時に、今までなぜそのことに気づかなかったのかという疑問が首を擡げてくる。
なぜ、ずっと母に問わなかったのか。なぜ、ずっと近所の神社だと思い込んでいたのか。
浮かんだ疑問には自分なりに答えることが出来る。母に問わなかったのは今更話す必要もないと思っていたからだ。近所の神社だと思い込んでいたのも、このへんで祭りが催される神社などそこしかないから。
だが、なぜそう思い込んでいたのに今になってそれを確認したか、ということだけは答えを見つけ出せなかった。
「あー……キツネやタヌキにでも化かされたんかなぁ……」
「あんれま、ひなちゃんどうしたんね?」
ぽつりと零した言葉を、祖母に聞かれていたらしく声をかけられた。だらけきって縁側に寝ころんでいたものだから、あわてて体を起して声を掛けられた方へと顔を向けた。そこには麦茶を持ってにこにこした表情で立っている祖母がいた。
よっこいせ、と小さく言いながら祖母は私の隣に座った。祖母は私の分の麦茶を西瓜の乗っていたトレイに乗せれば、自分の分の麦茶を一口飲んで空を見上げた。
「化かされたとかいうてたけど、なんかあったのかい?」
祖母につられるように空を見上げて、まだ落ち切らない日差しの強さに目が眩みそうで手で目元に影を作る。
「んー……昔、幼稚園よりも前なのかなぁ……おかあちゃんと一緒にお祭りに行ったことがあったんよ。でも、この辺の神社じゃないみたいで……。
ううん……それどころか、おかあちゃんと一緒でもなかったみたいでね……その時のお祭りは、何だったんだろうなぁって」
どう説明していいかわからず、とりとめのない言葉で説明をしていたら、祖母はぽんぽんと私の頭をなでてくれた。さすがに信じてはくれないよなぁ、と思ってがっくりと肩を落とす。庭の木に止まった蝉が、ミンミンジージーと騒がしく喚き立てていた。
「そりゃたぶん、あやかしのお祭りだったんだろうねぇ。お祭りは夜で、赤提灯のたくさん並んでいたんだろう?」
信じてはくれないだろうと思っていたところに掛けられた言葉に思わず目を丸くした。祖母はこっちを向いて、そうだろう、と言いたげににっこりと笑っていた。祖母の言ったお祭りの様子はまさに私の記憶の中にあるそれだった。
驚きのあまりに言葉が出てこなかったが、私は祖母の言葉を肯定するように何度も首を縦に振って見せた。
「そうかそうか、ひなちゃんも呼ばれちゃったんだねぇ……。おばあちゃんの孫だからかしらね」
呼ばれては良くないもの、のように言う祖母の表情は言葉に反して楽しげで、きっと悪いものではないのだろうと少しだけ安心できた。祖母はその祭りがどういうものであるのかの説明はしてくれなかったが、私の思い出話をうんうんと聞いてくれた。母と共有できなかった思い出が、思わぬところで繋がって話すことができて嬉しかったからだろう。
気がつけば日は傾き、蝉の鳴き声も心なしか大人しくなってきていた。
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