ついてる男

桜牙

1話

 ボロいアパートの一室。

 そこに目つきが悪く無精ひげを生やし髪の毛がぼさぼさの男が生活している。

 性格はおおざっぱでおっとりとしてあまり物事を深く考えない。

 そんな彼には特徴がある。それは子供はもちろんの事、猫や犬といった小動物、カブトムシやクワガタなどの昆虫類など、自分より小さな生物にはなぜか好かれる事だ。

 

 エアコンがないので窓を開けて暑さに耐えて過ごしていると、外から突然小さな緑の物体が飛び込んできた。急な出来事に困惑してとにかく追い出そうとする。しかし、不規則な動きについて行けず、なかなか追い出せない。


 しばらく攻防を続けたが結局追い出せない。疲れたので休憩することにした。冷蔵庫に向かい慣れた手つきでお茶を取りコップに注ぐ。


 壁にもたれて座りお茶を飲む。

 目の前に見える自分の膝。そこに見慣れないものが止まっていた。

 多分そうだろうと思っていた。こうして間近で止まってる姿を見ると、それが何かがすぐに分かる。

 カナブン――コガネムシとも呼ばれ金運を運んでくると云われる昆虫。

その大きさは親指ぐらい。そこに足が生えていて全身を緑の鎧が覆っている。その鎧は光沢があり不規則に光を反射していた。

 

 膝が少し痛い。逃さないように潰さないようにゆっくりと捕まえる。逃してあげようと手を外に出し開くも部屋の中に飛んで行く。

 貧乏なこの生活を見かねた神様が使わせたのかな? だから逃げようとしないのかな? そう思うと急に可愛らしく思えて来た。

 何かいいことが起こりそうな予感。そう思い出掛ける事にした。

 

 何の目的もなくだらだら歩く。少しすると大量の汗が出てきた。失敗したかな。そう思いながら額の汗をハンカチで拭う。少し先に自動販売機が見えてきた。そこで飲み物だけ買って今日は帰ろう。そう思い速度を上げる。

 自動販売機の中からコーラを選ぶ。暑い日は炭酸に限る。

 ルーレットが回転する。一つまた一つと止まっていく。

 ここまでは揃っている。あと一つ、最後の一つが揃えば――

 大袈裟な効果音がなり自販機のボタンが再び点灯した。

 小さくガッツポーズをとり、先ほどとは違う炭酸飲料を買う。

 この時にカナブンを飼う事に決めた。虫かごを買い。ついでに店員にカナブンの飼い方も聞いた。


 その日の夜。寝ようと横になると虫かごの中のカナブンが見えた。

「今日はありがとう」

 感謝の言葉をかけ、そのまま寝ることにした。


 暗くなった部屋で寝ている男を寂しそうに見下ろす人影があった。 


 数日後。小さな同居人との生活にも慣れ、運も少し巡ってきた。だからといって生活レベルが変わるほどではなかった。


 今日のお昼も代り映えしない。冷蔵庫に残ったちくわ。それをフライパンで少し焼き砂糖と醤油で味付けし少し焦がした物。それと久しぶりの炊きたての白ごはん。どちらもいい香りがして食欲をそそる。しかし、質素なものには変わりない。

 まずは少しお茶を飲む。いつもとは違いゆっくりと噛みしめるように食事をする。しかし、量はそれほどなく、あっという間に食べ終わった。

 

 洗い物をそのままにしておくのは、急な来客にだらしない印象を与えかねない。なので、いつも食べたらすぐ洗うようにしている。


 洗い物をし終わった後。体力の消耗を抑えるために何もせず、畳の上で寝ころぶ。

「あーあ、空からお金降ってこねえかな」

 財布の中を確認しながらそんなことをぼやく。

 何度見ても硬貨が数枚しかは入っていない。お札を入れる方にも入っていない。だがそちらには先日先輩に貰った宝くじが入っていた。


「どうせ当たってないだろう」

 そう思うも起き上がり携帯電話を取り出す。当選サイトに接続しゆっくりと一等から順に見ていく。

 唾を飲み込む音。目を止めて息をのむ。何度も何度も目で追い一つ一つ数字を確認する。


「おおお、まじか10万円も当たってやがる。最近ついてるよな。自販機であたったし、お釣りを多く渡されたり、千円札も拾ったりしたもんな」

 宝くじを両手に持ちながら獲物を捕まえたどこかの部族のように踊りながら叫んでいた。

「うるさいぞ!」

 隣の住人が壁を叩いて来た。

「すみません、調子に乗りすぎました」

 小さな声でつぶやく。

「もしかして、これもお前のおかげなのか?」

 虫かごを持ちこれでもかと言うほど顔を近づけて騒ぐ。

「うるさいぞ!」

 また怒らせてしまった。

「ありがとう。コガネムシ様」

 カナブンに感謝の言葉をかける。


「ちっ」という舌打ちが聞こえた気がしたので辺りを見回す。もちろん誰もいなかった。


 その日の夜。興奮してなかなか寝付けなかったが、ようやく男は眠っていた。

 その側の暗闇の中。おかっぱ頭にそれほど派手ではない着物の女の子が立っている。

 どうやら住み着いていた座敷わらしらしい。


 よく見ると前髪でよく確認出来ないがおでこには血管が浮き出ていて、肩を震わせ胸の前で拳を握っていた。

 寝ている男に近づきその顔を力任せに踏みつける。

 それで怒りが収ったのか満足そうな顔をして去って行った。


 男が朝起きて鏡を見ると、テレビで紹介される変わった柄の動物の様に、顔には小さな足跡が残っていた。

 

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ついてる男 桜牙 @red_baster

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