『先』 台本風

露草 はつよ

第1話『先』 台本風

 季節は春。

 桜は満開を過ぎ、少しずつ散ってゆく頃だった。


「なぁ、おきなよ」


 そう声をかけるのは、一輪の桜の花だった。


「何かね」


 答えるのは桜の木。


「どうしてオラ達は散らねばならない?」


「……ふむ、なぜだか知りたいかね?」


「あぁ、もちろんだ」


「それはな、未来さきを作るためよ」


未来さきを作る?」


「そうだ。意味がわかるかね?」


「全然わからん」


「そうか。そうさなぁ……。ぬしは散ったらどうなると思っておる?」


「まぁ、死ぬだろうよ」


「そうだ。じゃあ、その先は考えたことはあるかね?」


「その先? 翁よ、先なんぞないだろう? 死んだらそこでおしまいだ」


「いんや。そんな事はない」


「そうなのか?」


「あぁ、そうだ」


「翁よ、どうしてそう言える?」


「見てきたからだ」


「ほう? じゃあ、どうなるって言うんだ?」


「主らは、散ったら地面へと落ちる。その後に土へと還ってゆく。その土は主らの身を栄養に豊かになる。そしてこの地が潤うんだ」


「へぇ。でもそれじゃあ、オラ達は翁、あんたにただ食われるだけじゃないのかい?」


「いんや、違う」


「どう違うって言うんだい?」


「この私もいつかは朽ち果てるからさ」


「ほう、翁もか」


「そうだ。そして私も未来さきを助ける主らと一つになる」


「ほう、そうなのか」


「そうだ。私たちが朽ちれば土が豊かになり、その土は新たな命を育て、その命はやがて他の命を育てる。それがこの世のことわりだ」


「そうなのか」


「そうだ。かく言う私も、生まれ落ちたときから他の命に育てられておる」


「ほう、翁もか」


「そうだ。お主もそうだ」


「おぉ、そうだったのか」


「そうだ。主らの意思は散ったら潰えるかもしれんが、主らの命は未来さきへと繋がれてゆく。私も自分の時が来るまで主らの見守るだけよ」


「そうか、それが聞けてよかった。じゃあ、オラはそろそろいくよ」


「あぁ、またいつかまみえよう」


 そう短く言葉を交わすと、一輪の桜の花は枝から離れ土へと還った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『先』 台本風 露草 はつよ @Tresh

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ