緑陰
真夏の太陽の下、幌付きの馬車が一台草原を走っていた。馬の手綱を引いていたロキュスは弱まる気配のない日差しに顔をしかめる。
人間よりも頑丈な体を持つものの、体温変化に気をつかうリザードマンのロキュスにとって暑い中馬車を走らせ続けるのはきついことだ。馬も疲労を感じているらしく歩みが遅く、どこかに涼める場所はないかと辺りを見回した。
少し先に日差しを避けられそうな森を見つけたロキュスは荷台にいる旅の仲間に声をかける。今の時間は熟睡しているミラは無言。残りの二人のうち片方は元気いっぱい、もう片方は聞いているのかいないのか分からないような返事が返ってくる。
いつものこととロキュスは特に気にせず、暑さで突っ込む元気もおきず森の近くへ馬車を止めた。
次にロキュスがとった行動は、疲労困憊の馬を日陰に移動させること。水を飲ませようと荷台から水が入ったタルをおろしたロキュスは水の量が心もとないことに気がついた。
青々と茂った木々を見て、おそらくこの辺りに川がある。そう判断したロキュスは荷台の中で毛布をかぶって熟睡しているミラに声をかけ、川を探しに出かけていった。
ロキュスに声をかけられたヒポグリフのミラは眠気眼をこすりながらなんとか荷台からはいでる。眠くて仕方ないのだが、ロキュスが不在の状態で人間であるリューベレンとディーレを放置するのが危険なことぐらいは理解している。
それでも体は重い。眠いものは眠い。
荷台からはいでて、木の根元まで移動したはいいものの、ミラはそこで力尽きた。ミラにしてはたいへん頑張った方である。
そんな仲間の健闘を応援するわけでもなく、なんとなく眺めていたリューベレンとディーレは顔を見合わせると、とりあえず荷台から降りた。
その場にロキュスがいれば、お前らは大人しく荷台の奥に隠れていろ! と怒鳴っただろうが、残念ながらロキュスはおらず、リューベレンとディーレはたいへん自由奔放で危機感の薄い人間であった。
この世界には様々な種族が暮らしている。姿も違えば文化も違う。となれば衝突も多く、ある時、全種族を巻き込んだ大戦争が起こった。その戦争を生き残った種族たちは二度と同じような悲劇が起こらないようルールを決めた。
その一つがテリトリー区分。仲の悪い種が出会って揉めたり、領土を取り合って争わないよう、領土をあらかじめ決めてしまったのである。
こうして世界は平和に、豊かになったわけだが、なに一つ問題がないわけではない。
その一つが無法地帯。名前の通り、どの種のテリトリーでもないために法がなく、あらゆる非道や残虐行為が野放しにされている地域である。
無法地帯内では積荷を奪われても自己責任。肉食種に捕まり食べられたとしても自己責任。
無法地帯を旅することは危険と隣合わせ。そのため相当な覚悟と準備を必要とする。特に全種族の中で最弱と言われる人間は。
しかし、どの時代にも好奇心旺盛なバカというものは存在するものだ。ここにもわざわざ安全なテリトリーを出て無法地帯を旅する人間が二人いる。護衛に同行しているリザードマンが姿を消し、もう一人の護衛であるヒポグリフも木の根を枕にすやすやと眠っているのに平然と木陰で涼んでいる人間が。
それがディーレとリューベレンである。
木の幹に背を預けたディーレは吹き抜ける風を感じ、雲が流れるさまをぼんやりと眺めている。
肉食種と遭遇したら頭からバリバリ食べられるという危機感はまるで感じられない。その隣で、暇といいながら適当に生えていた花をブチブチ抜いているリューベレンにも欠片もない。
「ロキュスはどこまでいったんだろうな」
意味もなく花や草を引っこ抜くことに飽きたリューベレンは草の上に寝っ転がってそんなことをいう。
この場にロキュスがいたら「危機感を持て!!」と叫んだだろうが、残念ながらロキュスはいない。
だからリューベレンの愚行をとめる者もいない。
「ロキュスはリューベレンと違って大人だから、すぐに戻ってくるよ」
「私だったら戻って来ないといいたいのか」
「途中で面白そうなもの見つけたらどうする?」
「見に行く!」
間髪入れずに答えたリューベレンにディーレは肩をすくめた。
「仕方ないだろう。テリトリーの外は未知の連続だ。いろんなものを見たくなってしまうのは人間の性!」
「人間というかリューベレンの性ね、俺を巻き込まないで」
そうディーレは答えつつ、ぼんやりと空を眺め続けている。静かなディーレの横顔を見て、リューベレンは感嘆の声をあげた。
「ディーレはすごいな。よくも黙ってじっとしていられるものだ」
「俺からすると、そうも落ち着かなくいられるリューベレンがすごいけどね」
ディーレはそういいながらも空から視線をそらさない。寝転がったリューベレンもつられるように空を見上げて、二人の間にのんびりとした空気が流れた。
何度もいうがここは無法地帯。人間の二人が肉食種に出会ったら今晩のご飯になるのは確定事項である。
しかし、二人には一切の焦りは感じられない。すこしぐらい感じてくれと今はいないロキュスの叫びが聞こえてきそうなほどに感じない。
「ロキュス、帰ってこないね」
「帰ってこないな」
ミラの規則正しい寝息が聞こえる。休憩中の馬は好き勝手に草を食み、リューベレンとディーレがいる場所には心地の良い風が吹き抜ける。
ディーレは青い空と流れる雲をしばし見上げて、
「昼寝しようか」
下手すると永遠に起きれなくなる提案をした。
「それはいいな!」
そしてリューベレンは迷いなくその提案に乗った。
かくして、ロキュスが川を見つけて帰ってくると、すやすやと無防備に眠る人間二人の姿があった。その近くでのんきに眠る護衛の姿も。
その光景をみたロキュスは「またかお前ら!!」と珍しくもない怒鳴り声を響かせる。
恐ろしいことに、これが日常であった。
異種仲介屋 黒月水羽 @kurotuki012
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