第25話 ちびエルフ襲撃される

 宴は和やかに進んでいた。

 ノムちゃんはいそいそと料理を運び、もうなんだかんだ1年半も続いている主婦業の成果を皆に披露した。料理は大変好評であった。

 まだ未成年であったため、アルコールの知識は当然なかったノムちゃんはその選択を誰に頼むべきか迷ったが、結局、一番親しい大人であるイスパノに頼んだ。偶然ではあるが、これは結果として素晴らしい人選だった。イスパノは底なしの酒豪で、しかもひどく口が奢っていたのだ。

 用意された酒は、ちょっとしたハウスパーティーの域を超えた銘酒ばかりであり、酒飲み連中は大喜びだった。


「なんだこれうめえ」

 アグスタは、当然非常に高価でもあるその酒を、ものすごいペースでぐびぐびと飲み干して行った。

 イスパノは「価値が分かってるのかしら」と思いながらそれを見ていたが、いかにもうまそうに飲むので、だんだん許し始めた。というか負けられない。

 ノムちゃんからブレダのマネジメントの相談も受けていたイスパノは、今回の騒ぎで、ブレダになんだかんだいろんな方面から多額のお金が入っていることを知っていた。おそらくこの中で、今一番金持ちなのはブレダかもしれない。

 そういうわけで、ノムちゃんからお酒の選択を任された時、遠慮はしないと決め、自分も存分にブレダの奢りを楽しむつもりでいたのだ。イスパノもピッチを上げ始める。

「おお、なんだねえさん。いける口だな!」

 対決するアグスタとイスパノを見ながら、ファルマンは「これが例のちいちゃなオーク戦士か」とか考えていた。

「ん?今お前、ちっちゃいって言ったか?」

 なんだなんだ、心も読めるのかよ。

「いや、何も言ってない。ブレダから聞いたが、貴方はずいぶんと早いらしいな」

「おう。悪いがエルフ剣士じゃ追い付けないぜ。何なら手合わせしてやってもいいぞ?ただし、有料だけどな」

 アグスタはご機嫌でげらげらと笑った。

「そのうち、機会があればな」

 ファルマンは、それを経費で落とす方法がないかと考え始めた。うん。まじめに是非一度手合わせしてみたいな。


「まあ、そんな。あのアドバイスがそんなにぃ?うれしいけど、なんか照れちゃうわね。もう!やだあ!」

 チャンスをつかめと言ったマリエッタの言葉が、その後の選択に大きく影響したことをブレダから聞いて、マリエッタは本当に照れながらブレダの肩をぺちぺちとたたいた。

「でも、本当にすごいチャンスをつかんだものね。そういうことなら、私も鼻が高いわ。うまくやったわね!」

「はい!」

 ブレダはにっこりと答えた。

「それにしても、聖都って初めて来たけど、いいところねえ。しっとりと落ち着いて。それに人口も多そうだし。こういうところに、シックな感じなお店を出すのもいいかもしれないわねえ」

 マリエッタは、給仕を一休みしてブレダの隣で食事をとっていたノムちゃんの袖を引っ張ると聞いた。

「ねえねえ、聖都のエルフにもマニアックな人っているのかしら」

 なんでそれを私に聞くのだ。というか、シックでもやっぱりマニアックなお店なのか。とノムちゃんは考えたが、そう聞かれるとマニアックなエルフには心当たりがありすぎた。

 進路相談所でブレダ争奪戦まで繰り広げたおっさんエルフ連中は、大半もうあきらめているのか顔を出して来ていないが、まだ二人ほどしつこく付きまとっているような気がする。

「あー、いるかもしれませんねえ。ほら、あそこの人とか……」

 ノムちゃんは、なぜだかぽつんと離れて周りを眺めながら酒を飲んでいるリオレを指さした。

「お!あの殿方が……ちょっと失礼して、営業かけてくるわね!」

 マリエッタは呪文を唱え、例のロリロリオーラを身にまとうと、てけてけとリオレに向かって走って行った。

「ふふん」とノムちゃんは計画通りの展開に鼻で笑った。

「ノムちゃん……」ブレダは苦笑いした。


 しばらくして。

 ファルマンも宴から抜け出して、官舎の周囲を確認しているようだった。

 そこに、マリエッタの業務用かわいい攻撃から這う這うの体で脱出してきたリオレがやってきた。

「ひどい目にあった」

「なーんで。かわいいじゃねえかあの子」

「ああ、いや、なんか苦手で。なんならいつでも譲るよ?」

「ははは」

「それよりどう?」

「うん、やはり妙に静かだな」

 数日前から官舎の周りにずっとあったあの妙な気配は消え去っていた。

 結局その目的をつかむことはできていなかったが、急にいなくなると言うのも妙だった。嫌な予感がする。

「警備が厳重であきらめたのかな?」

「ならいいがなあ」

 その時、ファルマンはいくらなんでも静かすぎることに気が付いた。そうだ、警備の連中もいるはずなのにその気配もない……。

「あー、なんだかわからないけど、うまい酒も飲ましてもらったし、仕方ねえか。無料サービスにしちゃ数が多すぎるみたいだが」

 ファルマンとリオレはその声に振り向いた。アグスタがこちらに歩いて来ている。あれだけ飲んだのに足取りはしっかりとしており、いつとってきたのか腰に佩刀している。

「ん?気が付いていないのか。うまく気配を消しちゃいるが、すっかり囲まれてるぞ。20……30かな?いやもっといるか」

 ファルマンとリオレもようやくその常とは違う厳重に押し殺した殺気に気が付いた。先方も気が付かれたことを察知したらしく、辺りの殺気がみるみるみなぎっていく。

「いかん!」

 リオレが防御魔法を展開した直後、庭に向かって矢が無数に飛来した。大半は叩き落したが、何本かが机に突き刺さり、悲鳴が上がった。

 アグスタは舌なめずりでもしかねないものすごい笑みを浮かべて、抜刀すると暗闇に向けて突撃していった。

「くっそ!」

 ファルマンも自分の剣を取りに走り出す。


「怖い怖い怖い怖い」

 ノムちゃんはブレダを抱きかかえ、机の下に潜り込むと恐怖に震えた。

 ええと、こういうときどうするんだっけ?ああ、そうだ、恐怖を受け入れて、そして考えるんだった!

「つうかさ、お前、この状況でブレダを護って戦えんの?」と恐怖さんが軽い調子で話しかけてきた。いや、それは無理。治癒魔法しか知らないし。無理です。

「んじゃ考えるまでもねえじゃないか。とっとと逃げろよ」

 そりゃそうだ。

「こっちに!」

 イスパノが官舎のドアを開けて誘導していた。

「行くよ!ノムちゃん!」

 攻撃が途切れたのを確認し、ブレダがノムちゃんを引っ張って走り出す。

「ひいいい」

 イスパノは全員が官舎内に入ったのを確認すると、自分も入ってドアを閉め、官舎の壁に防御魔法を展開した。矢が何本か飛んできたが、はじかれて地面に落ちる。

「ブレダちゃんたちは確保したわ!軽傷者はいるけど、全員無事よ!」

 イスパノからの魔法通信を受けたファルマンは、剣を抜いてアグスタを追いながら返信した。

「おっつけ、警備の増援が気が付いて来るだろうから、それまでしっかり立て籠っててくれ。こっちは俺らで何とかする!」

「了解!気を付けてね!」

「舐めた真似してくれるねえ」

 リオレは防御魔法を解くと、指を組んでぽきぽきと鳴らし始めた。

「聖都一ともいわれる大魔導士、リオレ様を怒らせるとはいい度胸だ」

 素早く強力な索敵術式を展開し、敵の所在を確認する。

「うわ、50以上はいるよ。これは本気の攻撃だね。ああ、アグスタちゃんがどんどん減らしてる!」

「んだとぉ!」

「南北に別れよう。北の方が多いからファルマンはアグスタちゃんと合流して北を。僕は南に行く」

「わかった!」


 ファルマンがアグスタに追いつくと、そこにはすでに倒された黒装束のくせ者が5~6体は転がっていた。虫の息で「ヤラ=レヤク……」と神に祈ると、やがて消滅していく。

「ニンジャ族か……」

 とすると、これは魔王軍の暗殺部隊に間違いない。証拠は残らないだろうが。

「なんだって今更ブレダを……」

 ニンジャたちはアグスタと一対一で戦う愚を悟り、抜刀して多人数で取り囲み、一斉にとびかかろうとしていた。

 アグスタは剣を肩に担いだまま、相変わらず薄笑いを浮かべて周囲に展開していくニンジャ族を睨んでいた。

「いかん!」

 ファルマンは助太刀に入ろうとしたが、一歩遅れた。ニンジャどもの必殺の一撃が完璧に同じタイミングでアグスタに襲い掛かる。が、それは空を切り、地面を穿っただけだった。

「!」

 ニンジャたちがあわてて見回して標的を再発見するよりも早く、彼らは次々とアグスタの凶刃に叩き切られていった。

「ぐああ!……ヤラ=レヤク!」

「ほう、確かにとんでもなく早いな……」

 ファルマンは舌を巻いた。

「おっと!」

 ファルマンはアグスタを死角から弓で狙う一団に気が付き、強化魔法を自分にかけると、跳躍した。

「ヤラ=レヤク……」

 アグスタは背後でファルマンがニンジャ族どもを一刀両断に切り伏せたのに気が付き、口笛を吹いて見せた。

「おっさんもやるねえ!」

「おっさんいうな!」

 と、辺りに新手の気配が次々と現れ始めた。アグスタとファルマンは背中を合わせて立ち、それに向かって剣を構えた。

「いい腕だ。へそくりはたいてでも手合わせをお願いしたくなってきたぜ」

「いつでも歓迎するよ。そうだ、お前さんがこれを無事切り抜けられたら少し割引してやろう」

「ふん!見てろよ!」

 二人はほぼ同時にニンジャ族にむかって飛び掛かって行った。


「うーん、どうも市街地ってのは苦手なんだよなあ」

 官舎街をニンジャを引き連れて走りまわりながら、リオレは困っていた。リオレは自分で言う通り、魔導士としてはエルフ軍の中でもかなり上位に入る腕を持っていたが、得意とする攻撃魔法のほとんどは戦場用の強力なもので、こんなところで使えるようなものではなかった。

 立ち並ぶ官舎の中には近衛師団の士官たちの家族がまだ逃げ遅れているかもしれない。この騒ぎで、部屋の中で震えているであろう彼ら、彼女らを官舎ごと吹き飛ばすわけにはいかなかった。

 ニンジャたちは走るリオレを追って並走しているようだったが、どう料理するかアイデアが浮かばない。

「あ!そうだ!」

 リオレは進路相談所でブレダに披露した魔法を思い出した。あの手なら……。ぶつぶつと呪文を唱える。唱えたになった。

 と、それまで律義に追っかけてきていたニンジャたちの動きに異変を感じ、リオレは立ち止まった。

「ん?」

 そっと見ると、ニンジャたちは立ち止まって何かをしている。というか、見えない何かと戦っているようだ。

「いったいなにが……」

 空間に魔法の気配を感じ、リオレはその源を追った。

 マリエッタがいた。彼女は空中に魔法の塊のようなものを生み出し、それに向けて手を動かしている。その手の動きに合わせて、ニンジャどもがダンスを踊るかのように見えない敵との戦いを妙にそろった動きで行っていた。

「君、魔導士だったのか!」

「昔ちょっとねえ。これでも人間族じゃ有名だったのよ?幻惑のマリエッタとかいって」

「確かに見事な幻惑魔法だ」

「呪符じゃエルフさんたちみたいな派手な攻撃魔法は使えないからね。いろいろ工夫したのよ」

 マリエッタに操られて、ニンジャたちは通りに全員出てきていた。

「んで、悪いんだけどさ。幻惑だけじゃとどめさせないから、早く何とかしてよ」

「ん?ああ!そうだな」

 リオレも腕を振るった。すると先ほどから呼び出し続けていた無数の火の玉がニンジャたちの上にふわふわと漂ってきた。

「ほい!」

 リオレが腕を振り下ろすと、火の玉は流星雨のように勢いよく降り注ぎ、ニンジャたちの体を貫いた。

「ヤラ=レヤク……」

 ニンジャたちは口々にそうつぶやくと、皆地面に倒れ、消滅していった。

「はい、おしまい!」

 マリエッタは魔法をとくと、パンパンと手をはたいて見せた。

 リオレはそんなマリエッタをしばらく見ていたが、やがて口を開いた。

「君さ、僕のところでもういちど修業してみない?」

「あら!」

「これは……パトロンゲットかしら?!」とマリエッタは心の中でガッツポーズを取った。


 リオレとマリエッタがブレダの官舎に戻ってみると、駆けつけた近衛師団の兵士がすでに完全に周囲を固めていた。

「お疲れ様。大丈夫だった?」

 イスパノが出迎えに来た。

「楽勝だったよ。強い味方もいたからね」

「あら」

 マリエッタはイスパノににっこりと営業用スマイルを見せた。

 官舎の中に入ると、ノムちゃんが負傷したエルフ技術者に治癒魔法をかけていた。

「OK、それでいいわ。一人前とはいわないけど、あなたもいっぱしの治魔師ね」

 珍しくイスパノに褒められたノムちゃんだったが、今はそれを喜ぶ気にはまだなれなかった。

「ひええ、びっくりした」

「料理もめちゃめちゃだよ。ノムちゃん」

 庭を覗いていたブレダが言った。

 確かに、少しでも防御になるかとイスパノが官舎に入る前に蹴倒した机に載っていた料理は、皿ごと地面に落ち、ぐちゃぐちゃになっていたが、ノムちゃんはすっかり呆れた。そんなこと言う状況かしらこれ。

「ほんとに度胸ついたねえ……ブレダちゃん」

 そこに、ファルマンから魔法通信が入った。

『あらかた片付いた。残りは撤退していく。首都防衛隊に引き継いで一度戻るぞ』

「こっちももう大丈夫そうよ。じゃあ戻ってきたらブレダちゃんをもっと安全なところに移送しましょう」とイスパノが返信する。

『了解した。それから、アグスタが酒はまだあるかと聞いているが』

「どうかしら」

 庭を確認すると、地面に落ちた酒瓶は割れてはいないように見えた。

「大丈夫そうだけど、今度改めて奢るからゆっくり飲み明かしましょうと伝えて」

『了解』

「で、やっぱり魔王軍なの?」

「まちがいないだろうね。証拠は何も残ってないみたいだけど」

 イスパノの問いにリオレは答えた。死体はみな武器もろとも消え去り、遺留品といえば矢だけだったが、リオレが確認してみたところ、それはどこででも買える人間族のメーカー品だった。抜かりはないようだ。

 あとでエルフ国の捜査部門もほかに証拠がないか徹底的に捜すだろうが、おそらく何も出ないだろう。

「なんで襲撃なんか……」

「わからない。考えられる理由としては、レースに勝てる自信がなくなって、ブレダちゃんを傷つけて中止にすることでも狙った……とか?」

「そんな理由でこんなことされちゃたまらないわね。正々堂々とやりなさいよ」

「まあ魔族だからねえ。でも、レースまでブレダちゃんにはもっと護衛をつける必要はありそうだ」



 ニンジャ族の襲撃が失敗に終わったことは、成り行きを視察していた魔王軍の情報組織を通じて、すぐにアルガスに報告された。

 あのニンジャ族の首領は、この作戦で念願かなってヤラ=レヤクの浄土に召されたらしく、しばらくして、初めて聞く声でニンジャ族のほうからも遠距離魔法通信が届いた。

『おめおめ生きて帰ることになり申し訳ありません。今一度機会を頂ければ、今度こそは必ず……』

 必ず犬死するとでもいうのかな。とアルガスは考えたが口には出さなかった。

「いや、いい。速やかに聖都から撤退しろ。いいか、一切の証拠をのこすな」

『御意』

 魔法通信を切ると、アルガスは舌打ちして、渋面で考え込んだ。

「しかし、まあ想定通りだ」

 ニンジャ族に派手な襲撃を命じたのは、考えがあってのことだった。あわよくばブレダを傷つけることも期待されていたが、それが主目的ならこれほどダイナミックな作戦は行わない。

 ここまであっさり片づけられるとは考えもしていなかったが、ニンジャ族はその役割を果たしたと言っていいだろう。犬死ではない。

はうまくやってくれればいいのだが……」



 ブレダの愛機セイバーは、最終調整とレース会場への運搬準備のため、その時、研究所に運び込まれていた。

 ブレダ邸襲撃のニュースは研究所にも届き、その規模の大きさが知らされると大騒ぎとなった。機体警備にあたっていた兵士にも、ブレダの官舎に増援として向かうよう命令が発せられ、彼らは大慌てで走り去っていった。もっともそのころには「ちっちゃい―ず」らの活躍で、ほとんど片づけられてしまっていたのだが。

 研究所内は騒然としていたが、そういうわけで、一瞬、機体周辺には誰もいなくなった。

 この機会をうかがっていた一つの影が、周囲を確認しながら機体に近づいて行った。整備のため、機体のカバーは一部取り外されており、エンジンがむき出しとなっていた。整備士たちはブレダのパーティーに御呼ばれされ、こっそり抜け出していたので辺りには誰もいない。

 その影は、ポケットから小さな箱を出してふたを開けた。内部には禍々しい輝きを放つ球体オーブが収められている。


 小声で呪文が唱えられると、オーブからちいちゃな黒い塊が浮かび上がり、やがてセイバーのエンジン内部にすうっと吸い込まれていった。

 と、こちらに近づいて来る人の気配を感じて、そいつはあわてて箱のふたを閉め、エンジンから離れ、物陰に隠れた。

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ちびエルフがんばる! いす芋 @Couchtuber

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