火花を刹那散らせ

以星 大悟(旧・咖喱家)

火花を刹那散らせ

 ここは地元ではそれなりに知られている。

 それなりに上質な肉を提供する三つの食べ放題プランと昼にはランチのある焼肉チェーン店。

 今この店には性格の異なり過ぎる三人が網を挟んで睨み合っていた。


 気分次第、自分次第、誰よりも甘やかされて育ち相手の事は隅に置く自分第一主義の男。

 清次。


 天上天下唯我独尊、しかして根っこは努力家で割と周りを気にするが本質は自己中心的な男。

 清三郎。


 長く中二病を患い現在は無事寛解、そもそも秀才な兄達に対抗して無理に奇妙奇抜な行動をしていただけの中身は平凡かつ凡庸な男。

 清志。

 

 今この三人は水と油な関係でありながら焼き肉店で網を囲んでいる。


「まあ、まずは飲み物とあとは、軽く豚ロースとか頼もうか」

 

 三人の中で没個性の清志は普通に飲み物を頼み軽く肉を頼もうとする。

 とりあえず焼きつつ何を頼むか決める、普通の一手だった。


「壺付けカルビ、塩と味噌とあと韓国風」

「ちょっおま!」


 そんな一手を無視して清次、初っ端からヘビー級を頼む。

 メニューには2,3人前と書いてあり一気に三種類の注文、普通は相談してから頼むメニューだが清次はそんなことは気にしない。


「おい!僕はキムチ系は苦手なんだぞ!それに頼むならまずは相談しろ!」

「ほっとけ、めんどくせーから、それより俺は特製ソーセージを二つな」

「ええい、仕方がない……取り合えず頼んだ以上は食べ切れよ!」

「分かってる」


 清三郎は自分勝手な清次を完全に無視する事に決め、清志はそんな清三郎を見習って清次の独断専行を無視する事にする。

 注文したメニューが届きいざ焼き始めようとした瞬間だった。

 清次、壺付けカルビ―三種類をまとめて一気に網の上に投下する。


「清次!?てめぇ!こらぁあああ!!」

「何だよ…」

「何だよ…じゃねえよボケコラ!何味の濃いのを網の全体に置いてんだよ!後から焼く事も考えろ!」

「いいじゃん、タレ付けなくて済むんだから」


 さらに清次の蛮行は続く。

 壺付けカルビと一緒に運ばれて来たキャベツを食べずにテーブルの隅に置く。

 生野菜を食べる気は無い様だった。


「お前!残し過ぎは別料金なんだぞ、付け合わせの野菜も込みなんだぞ!」

「焼けたら一緒に食べるよ、邪魔だから寄せただけだ」

「本当だろうな!本当だろうな!!」

「……」

「答えろ!」


 清次は清から目を逸らす。

 当然、食べる気は無い。

 野菜が嫌いだからだ。

 幼い頃から弟の清志に苦手な物を押し付け、母がそれを黙認するどころか押し付けられて食べられなかった清志を叱る姿を見続けた清次は、嫌な事は清志に押し付けるのが当然となっている。

 つまり野菜は清志行きだった。


「おい、それよりソーセージ焼けたぞ」

「ああ、ありがとう清さ……ちょっと待て、自分で食べる為に二皿頼んだんだよな?」

「いや、お前ソーセージ好きだろ?」

「……頼むから、頼む前に一言くれ」


 清志は崩れる様に座り直す。

 獅子身中の虫が居たの今、思い出したからだ。

 

 清三郎。

 一見すると清次より常識のある男に見えるが本質は清次よりの自己中。

 自分第一主義ではないが何かと一言が足りず、一言が多い男だった。


「って、おい!肉が焦げ始めたぞ早く食えよ清次!」

「いや、皆で食べようよ」

「ふざけんなよ!ああもうクソ!」

 

 このままだと焼いている肉が真っ黒に焦げると判断した清志は仕方がなく壺付けカルビを食べる、苦手なキムチ風味もソフトドリンクで流し込み何とか食べ切る。


「清次、自分で食べる分だけ頼め……」

「もう一回壺付け頼んでも……」

「てめぇを壺付けにしてやろうか?」


 清志、さすがに一睨み。

 家族に溺愛されているからと調子に乗っている清次も本能的に自分と体の構造が全く異なる弟の持つ圧倒的な強さを前に速攻で芋を引く。

 枯れ木の様な自分と熊の様な巨躯の弟。

 怒らせればどうなるか、清次は容易に想像できた。


「なあ、清志ってホルモン好きだよね?」

「まあ普通に食うが」

「ホルモン三つ」

「……僕、込みなのか?」

「そうだが?」

「キャンセル!注文をキャンセル!!」


 清志は叫ぶがもう時すでに遅く。

 あっと言う間にホルモンは運ばれて来た。

 

「ぐぎぎぎぎぎ」

「何だよ、俺はちゃんと自分の分は食うぞ」


 清三郎、基本的に自己中である。

 迷惑な善意は平常運転、そして何より俺が兄だからという思考で動くので清志は何かとこの兄に振り回されている。

 というより、清志は基本的に兄達に振り回されていた。

 そして気付けば下っ端根性が染み付き、表で作業するより裏方に回るのが得意な性分になっていた。


 だからこの状況だった。


「壺付け焼けたぞ」

「何時の間に頼んだ!」

「いや、ホルモン頼んだ時に……」

「全部自分で食えよ」

「清三郎とホルモン食べるなら俺のも食べろよ」

「……」


 隅に追いやられている手つかずの野菜達を見て清志は覚悟を決める。

 こいつらが頼む前に、先手を打って注文を修正するか中止させねば。

 膨大な追加料理金が請求される。

 食べ放題プランぴったりのお金しか持って来ていない三人。

 少しでも予算を超えれば詰み。


 目を瞑り清志は思う。


(こいつらは火花の様だ。 一瞬よりも早く散る火花の様に刹那の間に注文して行く、そしてこのままだと確実に食べ残しで追加料金が発生する……)


 目を見開いた清志は自分の膝を二回、太腿の裏を二回叩き流れる様な動作で両方の頬を叩く。

 陸上部時代に見つけたどんな状況でも自分に活を入れるルーティン。

 

 その瞳は今までにない闘志が宿っていた。

 常在全力、一試合完全燃焼、鉄人と謡われた男の目だった。

 

(散らせてやる、火花の様なこいつらを!さあ、火花を刹那散らせ!!)

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