第4話 そのままで

「先生・・・」

「う・・・」

「先生・・・」

「・・・ん・・・」


目を開ける・・・

「良かった・・・気がつかれました」

見慣れた顔が、覗き込んでくる。

「・・・森原くん・・・」

覗き込んできた女性の名前をあげる。

「よかった・・・もう、二週間も意識不明だったんですよ・・・」

「・・・二週間・・・も・・・」

事情がよく飲み込めないでいた・・・


まだ意識が、朦朧としている・・・

「今、先生を呼んできますね・・・」

森原くんが、あわてて飛び出していった・・・


「ここは・・・」

病院であることには、間違いない。

でも、まだわからない・・・

なぜ、ここにいるのか・・・

思いだそうとすると、頭が痛くなる・・・

何も考えなければいいのだが、つい考えてしまう・・・


今は、一体いつなのか・・・

それすら、分からない・・・


しばらくすると、森原くんがお医者さんを連れてきた。

「藤本さん、大丈夫ですか?気分はどうですか?」

「あまり・・・よくないです・・・

僕は一体どうしたんですか・・・」


「列車の中で、倒れているところを発見されたんです。」

「列車の・・・」

「ええ、休暇を取って海に行くって・・・」

お医者さんは、話を続ける。


「私、スタジオのみんなにも、連絡してきます」

森原くんが、部屋を飛び出していった。

「藤本さん、あなたはみんなに尊敬なされているようですな。

ものすごい人格者だ」

「えっ」

「藤本さんが、意識不明だった間、スタジオのみなさんが、

交代で、看病してくれてたんですよ。つきっきりで・・・」


「そうですか・・・」

僕は、窓の外を見た・・・

「先生・・・しばらく、ひとりにしてくれませんか・・・」

「しかし・・・」

「お願いします・・・」

「わかりました。何かあったら呼んでください」

お医者さんは、出て行った。


僕の名前は、藤本裕也、仕事はイラストレーター、

それは、思いだせた。

でも、他が思いだせない・・・


「たしか、とても懐かしい夢を見ていた気がするが・・・」

ベットわきのテーブルに目をやると、ひとりの女の子の写真があった。

「この子・・・川内さん・・・」

「先生、その方に会いにいってたんですよ」

後から、森原くんの声がした。


「この人に・・・」

「ええ、初恋の人に会いに行くって・・・」

「もう、ずいぶんになるんですね・・・その方が亡くなられてから・・・」


そうだ・・・

思いだしてきた・・・

彼女、川内奈美さんは、僕が会った夏の後、不慮の事故で亡くなった。

なかなか気持ちの整理がつかず、お通夜や葬儀はもちろん、お墓参りにも行かなかった。

いや、行けなかった・・・


だが、ようやく気持ちの整理がついたので、会いに行くことにした。

僕は、最近気持ちがしずんでいた。

もう限界を感じ、筆を折ろうかと思っていた・・・


「川内さんは、それを引き留めに来てくれたのか・・・」


しばらくすると、見知ったスタジオのみんなが集まってきて、

次々に心配の言葉をかけてくれた。


「もう、大丈夫だよ」

笑顔で答える。


そうだ・・・僕は彼女と約束したんだ。

描き続けると・・・

それが彼女、川内さんに対する一番の恩返しとなる。


その夜、夢を見た。

1人の女の子の夢を・・・

どうやら高校生のようだが、顔は見えない・・・

でも。声は聞き覚えがある。


その子は最後にこう言って、姿を消した。

「あなたは、あなたのままでいて・・・」

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夢の記憶 勝利だギューちゃん @tetsumusuhaarisu

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