5 スペクト:黒い鋼の都
0 suirann // #3c0-So/Bt
アドラは王制を敷いていない。
なのにまだこの都市は王都と呼ばれる。
かつてここを国の中心に据え、
足がかりとして領土を増やしていった教主を、
この国の者は今でも「王」と呼ぶ。
一度たりとも王であったことのないそいつは、
死してなおこの国に君臨している。三柱の竜を通じて。
人間の生死は、あまりにも小さなものだ。
人は生まれ、育ち、形を失くしてもなお生き続ける。
死のない竜とは違う形で。
会ったときからずっと、子どものままでいたようなその人が、
望むと望むまいと情報をぶち込まれて、
なかば無理やり形を変えていく様子を見ているのは、
興味深くもあり、脅威を感じもする。
こうして人間は変容する。
ただの炭素、水素、酸素、その他もろもろの化合物のかたまりから、
情報として共有され、歴史として受け継がれる何かに。
そのさまはまるでさながら羽化のようだ。
不安定なこのキャリアは、それならば、さなぎだ。
そう遠くないうちに、このキャリアは、
初めから全て嘘だったことに気がつくのだろう。
嘘はつかないといった、その最初から、
ほとんど何もかもが嘘であったことに、いずれ、気がつく。
そしてどうするのだろう、と考える。
それが「そのとき」なのだろう、とも思う。
人と結べば形を得る竜にとって、
人と結ぶ目的など、どちらかに決まっている。
生まれ、育ち、そして死ぬ。
そのサイクルから一度弾き飛ばされた竜が、
そこにまた戻りたいと思うのは、
かつて生き物であった以上自然なことだ、
だから主を捕まえたのだと、そう答えた。
答えながら、それも嘘だと思っていた。
同じ質問に返す真摯な答えを考えて、
そしてようやく出した、そんなシンプルな答えを、
伝えられないままになっていたのは、
そしてそれが嘘に変わったのは、もうずっと、昔のことだ。
何もかもを偽る。そう決めてきた。
それが最善の方法だと、そう結論づけた。
だから、そこから先は、何もかもが嘘でなければならない。
見せた全てが、偽物でなければならない。
今更それが真実に戻ることなど、あるはずがない。
いや、
あってはならない。
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