3 闇と夢のあいだ


 フリッガがグライトに出てくるのは年に三、四回くらいだ。出かける用事があるとしてもだいたい国境あたりから呼び出されるだけだから、そういうとき彼女は首都など経由せず直行するし、帰りも直接戻る。

 だから彼女は今でもグライトに立てばまずその日差し、それから人間の多さに圧倒されるし、その次には必ず腹の底が重くなるような感覚を覚えるのだった。


 フリッガはため息をついた。理由は簡単だ。ここに立つと十五年前のことを思い出すからだ。普段は気にしないようにしているものの、何かにつけそれは彼女に暗い影を落とした。

 もうひとりの生存者の「気にするな」という言葉に甘えて全て忘れられるほど、その記憶が軽いものではないことは彼女が一番よく分かっている。だから彼女は彼と並ぶたび、真横にいることは許されない気がして一歩身を引いてしまうし、こうして人の多いところに来ると申し訳ない気持ちも感じる。

 そういう彼女に気づくとヴィダは、何も言わずに歩調を落として彼女と並んだりするのだが――それでもしばらくするといたちごっこだと気づいて、普段の歩調に戻り前を歩いていってしまう。そして彼女はそれに内心ほっとするのだ。

 いくらもういいと言われても、彼にすまなく感じ、自分を責めたくなるのは変わっていない。それどころか彼が自分を責めることなく普通に接するのを経験してきたことで、その思いは余計複雑になってすらいる。

 実際のところ、彼女にとって彼は何なのか、彼女自身にもよく分からないのだ。彼がどう思っているのかも分からない。とにかく何も、自信がなかった。


 悩みというほどはっきりと、常に彼女に頭を抱えさせているわけではない。彼女自身も生来単純なせいで、四六時中悶々とし続けるようなことはない。

 それでも彼のことや、あの黒い竜のこと、怖いと思わなかったこと。それどころかその冷たそうな鱗に、触れてみたいとすら思ってしまったこと。それで多くの人が命を絶たれたという記憶は、ことあるごとに彼女に、自分がここにあることが許されているのか疑問に思わせる程度の力を、今でも持ち続けていた。



 その肩身の狭い思いを今日も味わいながら、フリッガは今ひとりでグライト中心部の運河沿い、桟橋の前に立っている。その場所は彼女がヴィダと待ち合わせをするときに、特に指定がなければここで待つべしと暗黙の了解になっている場所だった。

 一緒に来たいと言った者がひとりいるのだが、彼女はそれを許さなかった。彼女についている四柱の竜の中で一番幼い見た目の彼は、フリッガが名付ける前に「うー」という、出所不明の名を自ら名乗った。猫の姿であれば、それはさほど違和感はない。

 とくに道草を食っていたわけでもないのだが、待ち合わせの場所に着いたときには結局昼をだいぶ回っていた。

 この時間はちょうど夕食の買い物の時間なのか、親子連れが目立った。その中に自分と同じ髪の色をした親子を見つけ、フリッガは意味もなく目で追った。母子が多い。自分は常に父と一緒だった。母のことは知らない。いついなくなったのかも覚えていなかった。


「悪い。遅くなった」

 後ろから聞き慣れた声がして彼女は振り返った。

 ふうんと呟きながらフリッガは珍しそうにヴィダを上から下まで眺めた。彼は眉間に皺を寄せながら「なんだよ」と聞いた。それにフリッガは頭を振りながら答えた。おかしいとか似合わないとか、そういう話ではないのだが。

「そういう格好してるの珍しいなと思って」

 仕事であるのはもちろん、女王に謁見するのだからいい加減な格好をして行くわけにはいかない。


 もともと防衛・戦闘を職務とする軍人の正装は、軍装をそのまま流用したものだ。士官のそれは兵卒の黒っぽいものと違い白と青を基調にしているもので、それでもかなり重々しく、また鮮やかであるがために人目も引く。

「そんな珍しくもないけど。あんまジロジロ見んなよ」

 ヴィダは肩をすくめてからフリッガの数歩先を歩き始める。慣れた脚さばきの後ろで軽やかに翻る花紺青スマルトのマントの裾に目を落とし、彼女は後ろをついていった。砂の敷かれた道に残る官給軍靴の彼の足跡は、フリッガが履いている革のサンダルがつけるものより軽く一回りは大きかった。


 運河沿いを歩いていけば、もう一本の運河との合流地点を過ぎた中州に王宮が見える。そこへ通じる橋の先にある五角形をした建物は、軍の事務局と王宮の警備本部が同居した、この国の防衛系の事務の要だ。

 形から星室庁と呼ばれているそこの受付に一言告げると、すぐに取次ぎが現れた。

「サプレマ・フェンサリル卿」

 彼はヴィダには名の確認をしなかった。顔を見れば分かるからだ。フリッガは隣で澄ましているヴィダに目をやり、前を向き直して答えた。

「そうです。遅くなってすみません」

「陛下がお待ちです。こちらへ」

「はい」

 踏み出そうとした彼女は、隣がついてこないのに首を傾げた。

「お前は?」

「俺はあっち、陛下とはお前の次。拝謁自体は一緒にって話じゃなかったからな。関連事項だからつるんで来いとは言われたけど」

 そう言いながらヴィダは、後ろの星室庁の扉を親指で指した。


 ヴィダの立場が年齢にそぐわないものであることはフリッガも――普段があんな調子のため実感はなかったが――知っていた。ユーレ王立軍を構成する師団の長はその数になぞらえ、内部名称をゾディアックと呼ばれるある種の協議体をなしていたが、錚々そうそうたる面子の揃うそこで彼は唯一の二十代なのである。しかも士官として採用されてまだ三年しか経っていない。

 訓練生時代の評価が実務についてからの評価と併せて昇進に反映される制度はあるが、それだけで説明のつくものではなかった。内情を知っている者は少なかったし、彼自身も語ることはなかったものの、彼が訓練生だった頃のある出来事で、彼は当時の王女——今の女王デュートに、それなりの恩を売っている。少なくとも女王はそのように感じている。

 もっとも、いざ職務についてしばらく経てば、当初聞こえていた不平不満も沈静化したので、不公正な人事だとの批判も今は収まってはいた。彼本人はありがた迷惑という様子だったが、幸か不幸か能力は足りていた。彼の指揮下に入ると、有意に死傷者が減るのである。

 彼には彼の公人としての顔がある。彼の体は彼だけのものではない。もちろん、自分が振り回すことも許されない。

 フリッガは目を伏せてから、分かった、と答え足を踏み出した。



 玄関先でそうして別れたふたりの様子を、王宮の中心部にそびえる塔の中腹の窓から女性が遠目で見ていた。しばらくすると彼女の部屋には取次ぎに伴われたフリッガが入ってきたので、女性――デュートは取次ぎにねぎらいの言葉をかけ、フリッガを残して下がらせた。

 それを見送り、形通りの挨拶をしたフリッガに女王は緩く頷く。

 彼女はまだ二十代そこそこでフリッガとは同じ年齢だ。それでもその場の空気は堅苦しかった。自覚の程度の差はあれど、お互いその背に負うものは小さくはない。女王の方は、特に。

「社交辞令はなしでいいわね」

 デュートは笑った。


 ここは本来謁見をする場ではない。だが彼女は相手を選び、しばしばここで用を済ませた。彼女の私室だ。相手を下に見ているわけではない。

 相手のはらを探りたいとき、あるいは相手との距離を縮めたいとき。そういうときに彼女はここに人を呼びつける。


 デュートが語ったのは、だいたい次のようなことだった。

 まず、隣国アドラについて。国境近辺で小競り合いが絶えない事実はフリッガもヴィダから聞き知っていたし、何より自分が呼び出されることもあり実感も伴っていたので、フリッガはその話は半ば聞き飛ばした。

 だんだん「小競り合い」の規模が大きくなり、ときには死者も出ていることを彼女はその目で見て知っているが、それがどんな経緯によるものかも彼女にはあまり興味がない。たぶん、このあと出てくる頼みごとにも直接影響はないだろう。

 そして本題である。そのアドラが近々本格的にユーレに派兵する。それは軍総司令クラヴィト・キュルビスが子飼いの間諜から入手した情報であるという。確実性の確認は十分とはいえなかったが、現段階で「確実」と裏が取れるほどアドラも馬鹿ではない。

 ならば先手を打っておくに越したことはない。そこでユーレの議会は、同国の侵攻が始まる前に先んじて周辺諸国からの協力体制を固め牽制を得るため、内陸の大国ファルケに本部を置く大陸連合協議院――建前上はこの大陸の国全てが加盟する国際議会――に、アドラに対する牽制、場合によっては応援・調停を頼む使節を派遣することに決めた。

 情報を得てから議決に至るまでは速かった。まさに「あっという間」だった。


「我々はその使節として、あなたが最適だと考えました」

「私がですか……」

 視線を下げたままフリッガは呟いた。

「ええ。今のアドラを通り抜けてその隣のファルケに至るには、機動性と隠密性の高い少人数編成であるほうがよいということなの。なおかつ、事態の切迫性を示すためには代わりの効く人材では駄目。それであなたが能力的にも立場的にも、もっとも適任ではないかということになった」

 その言い方は、その決定がデュート自身の意見を差し置いたものであることを明らかにしていたが、フリッガはそんなことにはまったく気がつかなかった。

 身じろぎもしない彼女を見、女王はため息をついてから続けた。

「もちろんあなたが宗教者であって、我々と距離を置きたいと考えていることは存じています。無理にとお願いすることもできないとは思っています。議決が思いもよらず速かったので多少前倒しになっていますから、よく考えてちょうだい」

 フリッガは、了解の意思表示の代わりに頭をぺこりと下げた。そのままデュートを見ることもなく背を向けたフリッガに、女王は追うように声をかけた。

「ちょっと待って」

 突然の呼び止めに、フリッガは少し時間を置いてから向き直った。

「はい」

「同行者がいますね」

「コンベルサティオ卿ですか」

 滅多に呼ぶことのないヴィダの姓であるが、こういう場所で相応しい呼び名が何か程度の弁えはフリッガにもある。

「ええ。あなたの後に話したいことがあったので待っているよう伝えたのだけど、私に急用ができてしまったので、やっぱり日を改めてもらうことにしたのよ。本人も今頃知っているでしょうけれど」

「話したいこと?」

 女王が直々に話すのならば、それは軍人としてではなくナイトとしての彼への用件だ。聞き直したフリッガにデュートは肯定の言葉を返したが、そのあと彼女が続けたのは用件の内容ではなかった。

「さっきはふたりで一緒に来たのね。どこかで待ち合わせを?」

「ええまあ。もともと知り合いですし」

 何より現地集合にすれば王宮でひとりで待つことになるから、そんなのは気が重かったし――ただ、それを言うべきでないことはフリッガにも分かったから、言わなかった。


 それにしても、一緒に来るよう言ったのは王宮側だと思っていたのだが、女王本人の指示ではなかったのだろうか。そこへきてさらに急用など。

 段取りの悪さがなんとなく気になったものの、女王の言葉に中断されて、フリッガはそれ以上考えなかった。

「そうなのね。では、ご足労願ったのにごめんなさいねと伝えて」

 デュートはそう言って、少し目を伏せて笑った。その笑顔は少し寂しげなものだったが、フリッガにはその理由はよく分からなかった。

 彼女はもう一度会釈をして退室した。



「結構早かったんだな」とは言うものの、彼の用はもっと早く済んでいたようで、玄関先で今しがたまで立ち話をしていた同僚を見送り、ヴィダは背伸びをするとその背を反らしながらフリッガの後ろに目をやった。誰もいない。

「うん」

 言葉少なのフリッガを訝しみながら、彼は話を続けた。

「さっきまたゼーレから連絡があったよ。相変わらず毎回いきなりだから参る」

 そう言う彼は実際はまったく参った顔をしていなかったので、フリッガは口には出さなかったものの、帰ったらゼーレに「もっとやれ」と言ってやることに決め、それから内容を尋ねた。

「なんの?」

「さあ、『今日は帰ってくんな』って」

「そういう言い方するの絶対あいつだよ」

 間違いなく翠嵐である。

「だろうな。あいつら何すんの」

「俺に聞かないでよ」

 フリッガは眉を寄せていたが、すぐに「ま、いっか」と呟いて頭を掻き、それにヴィダは半ばあきれ顔で本当にいいのか確認した。しかしフリッガは「いい」と返した。


 彼女と竜たちとの間には、考えていることが共有されてしまうがゆえの不可抗力による信頼関係がある。とはいえ彼らにもフリッガにもお互いに知られたくないことはあるはずで、漏れてしまう部分は仕方ないものの、来るなと言われればそこには入っていかない。

 もしそういうことをすれば、そして信頼関係を損ねれば。それを考えるとフリッガには理由を聞く気にも、抵抗する気にもなれなかった。竜と主の関係は一方的に破棄できる、とても脆いものだ。彼女は大きなため息をついて口を開いた。

「そしたら、どうしようかな。明日帰るまで、どっか来客用の部屋空いてれば」

 王宮の広く高い天井を見上げ、そこに吊り下がって光を振りまくシャンデリアにフリッガはげんなりした顔をした。

「……寝られる気がしない」

「さすがに全部屋こんなのじゃないだろ」

「できれば地味な部屋がいい。一番地味な部屋。そんで狭くて暗いのがいい。穴蔵みたいなやつ」

 両手を前に掲げ、狭く狭くと手で示すフリッガにヴィダは呆れた顔で答えた。

「ここに限ってそんな部屋あるかよ。シューレの寮の物置か、イ爺んとこでも行け」

 泊めてって頼もうか? と苦笑した彼に、彼女は頭を振った。


 イ爺というのは退役後、シューレで武術指南をしていた老人で、ヴィダも彼に師事している。今生きている中では最高齢のナイトだ。

 その称号はこの国で単に騎乗する軍人を意味する「騎士」とは違う。国王が信頼する軍人軍属だけに直々に与えるそれはある種の栄誉であるとともに、各々がこの国の非常防衛機関として機能するよう要求されていることを表すものでもある。ある人がナイトであるか否かは簡単に分かる。この国では珍しい、ミドルネームがあるからだ。例えばヴィダに与えられた「シュッツ守護」。


 さてそのイ爺。年を重ねた今もその腕は健在で、現在は王宮に常駐し女王側近のひとりとして護衛に回っている。本来はチェンバレン卿――イザーク=ジーガ勝者・チェンバレンという立派な名前があるのだが、我が子か孫かのような相手にその名を呼ばれるのはどこかこそばゆいようで、彼は久々に顔を出したかつての教え子にも「そんな大仰な呼び方はせんでいい」と呼び方を直すほどだった。

「どっかその辺にいるはずだけど」

「え、いいよ。さすがに泊めてもらわないし」

「じゃあジェノバに聞く?」

 それも彼の知り合いの名なのだろうが、フリッガはその名を聞いたことがなかった。しかし彼女にその説明はせず、ヴィダは広い王宮のホールを見回してからひとつの廊下を選び歩き始めた。ここの位置関係はよく分からないからと後ろをついていくにとどめていたフリッガは、途中から感じ始めた視線の主が柱の影から姿を現したのを見てヴィダの裾を引っ張った。

「あれ……あの人」

 ヴィダが振り返ると同時に、その老人はにまと笑った。


「ようイ爺、相変わらず元気だな」

 ヴィダは右手をゆるりと上げて、のんきな挨拶をした。

 元気だったかと聞かずともだいたいこの老人は元気だからこんな挨拶になる。彼に指導を受けたシューレ生はほとんどがこうだ。老人が近づいてくる。フリッガはぺこりと頭を下げた。

「そちらは」

「ん? ああ例の。これイ爺」

 適当極まりない紹介を受けたフリッガはイザークに、こんにちは、と改めて挨拶をした。

 何がどう「例の」なのかは分からないが、それは自分のことなのだろう。別に悪い気はしなかった。フリッガの格好をまじまじと眺めてから老人が顔を上げた。

「サプレマかね……」

 なるほど、と彼は呟きヴィダにちらりと目をやった。

「それで?」

「いや、ほんとね。言うとおりだったよ」

 笑い合う彼らの話題にフリッガは皆目見当がつかなかったが、それに気がついたのかどうか、ヴィダは気を取り直すように、そんで、と続けた。

「ジェノバ知らない?」

「奴は今日は非番ではなかったかな」

「ああ、そう。ざぁんねん」

「奴に何か用か」

 ジェノバはヴィダの旧来の友人で、年齢はほとんど同じだがシューレ入所は彼より少し遅かった。今は家業の薬屋は妹が継いでいるものの両親は健在で、なぜわざわざ軍務を志したのかと尋ねると彼は決まって澄ました顔で「別に」と答えるのだ。

 その彼は今は王宮警護官の任に就いている。自ら望んで試験を受け、そして通過した。だから彼に聞けば来客が多いか少ないか程度の情報は(もちろん許された相手にだけ——彼の名誉のために)簡単に引き出すことができた。来客が少なければ部屋も空いているだろうとの判断だったのだが、非番では仕方がない。ヴィダは頭を掻いた。

「いや、大した用じゃないから爺さんでもいい」

「でもいいとは失礼な」

 しかし老人は怒った様子も見せなかった。一歩退いてそれを眺めていたフリッガは、少し悩んでから遠慮がちに割り込んだ。

「あのう……ここじゃなくていいよ。どっか外で部屋探すから。すみません。お手数を」


 部屋、と繰り返した老人はそこで、フリッガが先を続けるのを阻むようにヴィダから用件を奪うように聞き出し、それから彼女を半ば強制的に別の部屋へ連れていった。

 踏み込んだ途端フリッガは肩を落とした。空いている来客用の部屋は全てそんな調子であるらしい。上を歩くのも気を遣うような、毛足の長い絨毯が敷かれている。大きな窓にはまっているのは、庶民には手の届かない歪みのないガラスだ。さすがにシャンデリアはなかったが、その他の家財だけでも十分きらびやかだった。

 もぐらの巣を所望していたフリッガが安心して寝られる場所では到底ない。彼女は結局老人の好意には丁重に感謝するだけにし、いいの? と尋ねるヴィダを引きずるようにして王宮を後にした。



「そんで、どうすんのお前」

「どっか適当に探すよ。もうだいぶ暗いし案内して」

 ここに来たのは実のところ夕方も近い時間で、それから二時間弱がたつ。日が落ちた直後の赤紫の空に家々から立ち上る煙が筋を作る。夕食の支度の時間なのだろう。

 ところが残念ながらこの近くとなると、簡単に部屋が取れるような宿はなかった。王宮内で一部屋割かれるような立場ではなくても、そこそこ貴賓扱いされるような客が侍従分として数部屋まとめて予約を入れてしまうからだ。

 女王の急な「所用」の来客もあるのだろうし、何よりそもそも絶対数が少ない。王宮すぐそばの城下町グライトは、ぎっしりと生活感に溢れ返った町なのである。


「案内ね。俺はそういうのあんまり詳しくないんだけどな」

「地元民でしょ。遊び回ってれば知ってるんじゃないの」

「お前ほんとになかなか失礼な子だね……」

 自分は自宅が近所だから宿など必要ないのだと彼はため息をついたが、遊び回っているかどうかについては否定も肯定もしなかった。

 とにかくヴィダは周囲を見回し、思案した。一番手っ取り早いのは自分の家を提供することで、彼女がそれに何も考えず構わないと返事をする確信もあった。ただそれは彼自身の気が引けた――それはもう、あらゆる意味で。

 よし、と彼はもう一度ため息をついた。

「めしを。めしを食おう。話はそれからだ」


 空の薄明かりが背後から濃紫に変わり、町の明かりが増えていく。それを見回し、フリッガは素直に頷いた。

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